井上尚弥の「次の相手」傍若無人カシメロの意外な素顔 | FRIDAYデジタル

井上尚弥の「次の相手」傍若無人カシメロの意外な素顔

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15日のリゴンドーとの試合で勝利をおさめたカシメロ。「世紀の凡戦」と言われる一方、これまでとは違った戦いを見せた一戦でもあった(写真・AFLO)
15日のリゴンドーとの試合で勝利をおさめたカシメロ。「世紀の凡戦」と言われる一方、これまでとは違った戦いを見せた一戦でもあった(写真・AFLO)

8月14日、WBOバンタム級チャンピオンのジョン・リール・カシメロが、2-1の判定勝ちでギジェルモ・リゴンドーを下し、防衛に成功した。以前からWBA・IBF王者、井上尚弥への執拗な挑発を続けるカシメロだが、この日も試合直後のインタビューで井上の名を叫びながら、中指を立てた。

解説者として同ファイトの衛星中継を目にしていた井上は、数日後に公式Insragramで「リスペクトと常識のないサルは俺が叩きのめす」と書き込んだ。

近い将来、両者の対戦が実現しそうだ。

米国西部時間の7月21日午前11時より、カシメロvs.リゴンドー戦に向けたZoom会見が開かれた。その席でカシメロは、「この試合に勝利した後、WBC王者のノニト・ドネア、井上尚弥と2つのビッグマッチに繋げたい。とはいえ、2人共、俺にビビッていて戦いたくないみたいだな」と語った。オンライン会見中にスマホを弄り、人を喰った調子だった。

同会見中、私は挙手し、井上尚弥に対して挑発的な発言をし続けているが、特別な感情があるのか? と訊ねると、カシメロは不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「あいつと戦いたいんだよ。絶対に噛み合うと思う。俺にとっては楽な相手だ」

しかし、リゴンドー戦のリングパフォーマンスを見る限り、この男からは真面目な印象を受ける。挑戦者、リゴンドーは己の描いたシナリオ通りにカシメロを捌いた。会場のファンからはブーイングが浴びせられたが、リゴンドーのディフェンスは完璧と表現して良いものだった。

カシメロは試合開始のゴングから終了まで、空振りを繰り返しながら、ひたすら前進した。パンチを振るっても振るっても、相手を捕らえられない。イメージ通りに試合を運べない。練習してきたことが出せないーーーそんなストレスを抱えながらも、愚直に攻め続け、勝利を捥ぎ取った。

試合終了のゴングが鳴り、採点結果の集計が行われていた折、私は記者席で肩を並べていた『LA TIMES』の記者に感想を訊ねた。

「リゴンドーの勝ちだと思う」と、彼は言った。

ジャッジの一人が117-111で挑戦者勝利と唱えたように、自分のボクシングを見せたのはリゴンドーだった。が、現代ボクシングは相手の攻撃をかわすだけではポイントを稼げない。空振りでも攻める姿勢が評価されるため、残る2名のジャッジは、カシメロ優勢と判断した。

試合後の記者会見で、カシメロは安堵感を表しながら「退屈な試合になってしまって申し訳ない。俺はノックアウトを狙ってベストを尽くした。でも、リゴンドーが逃げるだけだったので、驚いたよ。足が疲れた」と語った。「引退させてやる!」という言葉を浴びせていたリゴンドーを「偉大な選手」とも評した。トラッシュトーク時とは、まるで違う姿であった。

また、カシメロはメディアと接する際、自分が聞き取れない英語は通訳に訳させ、そのうえで必ず一つ一つの質問に英語で答える実直さを見せている。

15年以上、カシメロを知る元プロボクサーのレイ・オライスも言う。

「どうしても井上戦を実現させたくて、ああいう行動に出ているけれど、素顔のあいつはナイスガイだよ。ボクシングになると人が変わるんだ」

井上尚弥への挑発は、かつてモハメド・アリがソニー・リストンやジョー・フレージャーに対して行ったものに近いと私は感じる。

フィリピン人記者の、テディ・レイノソも話した。

「井上が現在、バンタム級のトップ選手だからこそ、カシメロは汚い言葉を投げ掛けているんだ。注目されることが、統一戦に結び付くと考えているようだね。ある種、その作戦は功を奏しているんじゃないか。一見、傲慢に映るが、カシメロは単純に熱しやすいタイプのボクサーさ。あの言動が人間性を示している訳じゃない。マニー・パッキャオほどの赤貧ではないにせよ、彼も貧しさから這い上がった人間だ」

一方で、スイッチの入った井上は、本人の意思表示のまま、問答無用でカシメロを倒しにいくだろう。

私は、ジェイミー・マクドネルを下してWBAバンタム級タイトルを獲得した直後の井上をインタビューしたことがある。マクドネルは前日計量に70分遅刻して現れるなど、井上の怒りを買った。

本来の井上は、理詰めのボクシングを披露する。日本ライトフライ級、OPBF東洋太平洋ライトフライ級、WBCライトフライ級、WBOスーパーフライ級とタイトルコレクションを増やしながら、左ジャブ、右ストレート、上下の打ち分けと、基本に忠実なファイトで対戦相手をキャンバスに沈めていた。

ところが、マクドネル戦の井上は荒々しかった。1秒でも速く倒したいとでも言いたげな戦いを披露した。

彼にその点を質すと、「僕は、普段はああいう雑な攻め方はあんまりしないのですが……」と微笑んだ。

バンタム級で6戦し、今や押しも押されぬスーパースターとなった井上は、憤りを感じながらもカシメロを前に、理詰めのボクシングを貫くに違いない。

リゴンドーと同様、あるいはそれ以上に井上はカシメロのパンチを喰わないだろう。距離の取り方、タイミングの外し方、パンチの軌道など、今回、井上は解説をしながらカシメロのスタイルをじっくり学んだ筈だ。

このインタビューの井上の言葉で印象的だったのは、次の発言である。

「試合の前にプレッシャーに押し潰されそうになるとか、緊張して眠れないということは僕にはまったくありません。逆に楽しみで眠れないほどですよ。遠足の前日に、楽しみで眠れない、というような感覚に近いです。試合をやるということが、楽しみで仕方ないんです。

減量がキツかった時も、計量を終えて食事をすれば、もう次の日が楽しみで楽しみで……。試合前の緊張感を語る先輩王者の話を聞くこともありますが、その意味が僕には分かりません。殴り合うのが好きだし、試合はその最高の舞台じゃないですか。ジムでの練習とは違いますし、お客さんもいますし、会場もデカい。それなりの緊張はありますが、怖さは無いですね。今までやって来たことを出せれば、絶対に勝てるという自信もあります。負ける不安はありますが、怖さが無いんですよ。

試合の時に怖さが無いのは、練習でそれなりのものを乗り越えているからだと思います。日々の練習のキツさでメンタルが挫けそうになったりすることもあります。でも、それを乗り越えるからこそ、メンタルが鍛えられます。練習でくじけそうになった心をいかにまた再生させるか、踏ん張れるか。その日の練習を踏ん張った形で終われた時に、一皮剥けたなと思えます。自信を付けるにはそれしか無いです。

毎日自分を追い込んでいますから、怖さを感じない。そういう練習を毎日乗り越えているのだから、早くリングに上がりたい、という気持ちになるんです」

あのマイク・タイソンでさえ、試合前にプレッシャーに押しつぶされそうになり、突然泣き出したり、逃げ出そうとしたことが頻繁にあった。若手時代のタイソンは、定期的に心理学者のカウンセリングを受け、恐怖心をコントロールしていた。その必要が、WBA・IBFバンタム級チャンピオンには無いのである。

井上はこうも言った。

「僕は無敗で引退とは考えていません。負けて学ぶこともあるでしょうから。このまま勝ち続けながらこなしていくトレーニングと、1回負けた後の練習内容では、違いが出て来ると思います。やることをやって負けたんだったら、自分が弱いということですから、そこから学ぶものがあるでしょう。

相手を倒しに行くというのは、自分の性格です。拘りじゃないですけど、プロとしてやっている以上、KOでしっかりと仕留めたいという思いがあります。今後、やっていくうえで、パッキャオみたいな存在になりたいですね」

井上尚弥vs.ジョン・リール・カシメロ戦は、年内に実現となるか。カシメロの大振りの左フックに、井上がコンパクトなカウンターを合わせ、3ラウンド以内に決着がつくのではないかと、私は見る。

  • 取材・文林壮一写真AFLO

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