一台いくら…?車いすラグビー池崎大輔が語る「クルマの秘密」
本日、パラリンピック初戦を迎える車いすラグビーエースに「相棒」を語ってもらった

東京2020パラリンピックが開幕した。2016年のリオデジャネイロパラリンピック銅メダル、2018年の世界選手権優勝と実績を重ねてきた車いすラグビーには金メダルの期待がかかる。
車いすラグビーとは、パラ競技で唯一車いす同士のぶつかりあいがルールで認められている“フルコンタクトスポーツ”。当然、試合中に車いすが壊れることもあり、メカニックがベンチに入り修理を行う。4人対4人で試合は行われ、チームは男女混合。障がいの度合いにより各選手に持ち点が与えられており、障がいの最も重い0.5点(ローポインター)から、最も軽い3.5点(ハイポインター)まで7段階。コート上の4人の合計が8点以下(女子は一人0.5点追加)で争う。試合は8分×4ピリオドで行われる。
日本代表のエース池崎大輔は「シャルコー・マリー・トゥース病」という四肢の筋力が失われていく進行性の難病を抱え、現在は肘から先、膝から先の筋力がほぼない状態だ。それでも、15年間車いすバスケをプレーしたのち、30歳で車いすラグビーに転向。ロンドン、リオパラリンピックを戦い、そして2018年世界選手権では最優秀選手にも選出された男が、車いすの意外な秘密を明かした。

車いすは2台(以上)持ち
“日常車”と呼ばれる普段生活する際に乗る車椅子と、車いすラグビー競技用の通称“ラグ車”は全くといって違うものだ。ラグ車はタックルなど競技ならではの負荷に耐えられ、乗っている人を守るようにできている。一方で日常車は、歩けない人、歩けても長くは歩けない人が日常生活の中で足として使うもの。最近ではカスタマイズされている日常車も多く、競技用と見間違われることもあるのだという。
「僕が日常的に乗っているのは浜松市の橋本エンジニアリングというところの車いすですが、マグネシウムで作られている軽くて丈夫なものです。軽さのメリットは、自分たちで漕ぐ際に身体への負担が少なくなることと、自分たちを介助してくれる人、サポートしてくれる方の負担も軽減されますよね。ちなみに日常車が7.8キロなのに対してラグ車は15,6キロあります」
ラグ車にはオフェンス用ディフェンス用の2種類あり、池崎が使用するのはオフェンス用のアルミ製のもの。軽さを求めすぎず強度と多少の重みを持ち、コンタクトの際のパワーとする。一方で、障がいの重いローポインターが使うディフェンス用はチタン製の軽くて丈夫なものだ。
「車いすが2種類あるというのは車いすラグビーだけなんです。障害の軽い重いに関わらず平等にチャンスがありコートに出ることもできる。よく考えられたスポーツだと思います」
日常車では競争しないし、遊ばない
もし、自分に車いすに乗る機会があって走りやすい場所があったら、ついスピードを出したり競ってみたいと思ってしまうのではないかと想像したのだが、それはあまりないことだと否定された。
「まず怪我のリスクがありますよね。僕たちがチームの遠征に行った時なんかに“よーし俺が先に行くぞ”みたいなことは身内同士ではありますけど、基本的には身体に負担をかけないために日常車に乗っているわけです。競技用と違って守られているわけでもないですし、ちょっとした段差で前にも後ろにも転んだりもする。また、人にぶつかってしまったら怪我をさせてしまいますよね。安全という面でもそういうことをしてはいけないという僕たちの中での暗黙の了解があります。日常車の時は大人しく、安全に乗っています」

日常車もお金はかかります
現在では電動自転車が普及しているが、車いすはどうなのか。ユーザーの負担が少しでも軽減されるような車いすが出てきているだろうか。
「電動は基本的には障がいの重い方や、自分で手を動かして漕ぐことのできない人がボタン一つで操作するためのものですね。でも、スマートドライブという、僕らが乗っている車いすにもう一つタイヤをつけて、電動で操作するというものもあります。操作は手元の動作で行います。2回車いすを叩くと走り、1回叩くと止まります。遠征先など、例えば空港とかホテルから体育館までといった長い距離を自走しなくてはいけないときにあると便利ですね」
聞けばこのスマートドライブはかなり高額なのだという。
「80万円くらいするそうです。フライデーデジタルさん、ありがとうございます!(笑)」
もちろん、冗談である。
新車は100万円以上 最初は「お古」からスタート
新車で購入すると100万円以上かかってしまうラグ車。競技を始めたての頃は誰かのお古などに乗り、選手としての成長とともに新車を手に入れるのだという。
「僕も最初の頃は中古だったり、人に借りたりしていました。正直、自分にあったものではなくて乗りづらいということはありましたが、道具がないとプレーできないのでそこから始めました。自分のパフォーマンスを高めて、知名度を上げてスポンサーについてもらう、というところまでは新車は我慢しようと思ってやっていました。今はメーカーにスポンサードしていただいていますし、所属の会社からもサポートがあります」
池崎が現在使用するラグ車はアメリカのベセコ(VESCO)社製のもの。スポンサーについてもらうべく、交渉は自ら行った。
「代表チームのメカニック三山慧を通じて自分で交渉しました。相手から話が来るのを待っていてはなかなか、そこまでの知名度や価値というのがまだまだなのかなと。僕は自分で交渉します。契約など、自分の環境は誰かが用意してくれるわけではないです。自分で大変な思いをして、それでも世界を目指す環境を作っていかなくてはいけないのですけど、パラアスリートの誰もが通る道でもあると思います。
今はパラスポーツの道具って普及していますけど、昔の人はもっと大変な思いしていると思います。僕は今の自分たちの環境ももちろんですが、障がいのある子供達の環境をつくることが重要だなと思っています。今すごくいい流れ、環境ができてはいると思います」
フルコンタクトスポーツ=車いすに乗っていないスタッフも大事
相手とのコンタクトを厭わない、マーダーボール(殺人球技)と呼ばれることもある激しい競技だ。転倒、車いすの損傷など、選手だけでは対応できないシーンも多くスタッフの存在は重要だ。
「スタッフも含めてチーム全体で戦っていかなくてはいけないので、他の競技にはない支え合い、絆があるような気がします。すごく信頼関係が強いですね」
男女も障がいの軽重も関係なく一つのチームとして戦うところも、このスポーツの大きな特徴であり、魅力である。
車いすラグビーは本日25日に初戦フランス戦を戦い、決勝は29日に行われる。東京で、金メダルを目指す戦いが間もなく始まる。
取材・文:了戒美子
1975年、埼玉県生まれ。日本女子大学文学部史学科卒。01年よりサッカーの取材を開始し、03年ワールドユース(現・U-20W杯)UAE大会取材をきっかけにライターに転身。サッカーW杯4大会、夏季オリンピック3大会を現地取材。11年3月11日からドイツ・デュッセルドルフ在住