5人制サッカー代表を4発快勝に導いた黒田智成の熊本への思い | FRIDAYデジタル

5人制サッカー代表を4発快勝に導いた黒田智成の熊本への思い

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5大会目にして初めてパラリンピック出場が叶った黒田は前半4分、先制ゴールを決めた瞬間、思わずこぶしを突き上げた(写真:共同通信)

パラリンピック5大会で初出場となった5人制サッカー(ブラインドサッカー)日本代表が29日、開幕戦でフランスと戦い、4-0で快勝した。代表歴19年の42歳、黒田智成が前半4分に2人を置き去りにして左足、同9分にも右足を振りぬいて2ゴールを奪い、流れを大きく引き寄せた。先制ゴールの直後は「やったあ」と叫びながらこぶしをつきあげた初出場の日本代表の歴史的勝利の試合後、「感謝」の思いを何度も口にした。

「本当にうれしい。今まで支えられた人に感謝したいです。(1点目は)得意な形でミートすることが出来ました。これまでブラインドサッカーを支えてくれた人、今日応援してくれた人、皆さんの思いが(ボールをゴールへ)吸い込ませてくれたと思います。(教鞭をとる)八王子盲学校の生徒にここ(パラリンピック)に来る前に『必ずゴールを決める』と約束してきたので、まずこの初戦でその約束を果たせてよかったです」

42歳の黒田は、生後3カ月で網膜芽細胞腫を患い、左目を摘出。小学校1年生で右目にも腫瘍が見つかり全盲となった。保育園児のときに食い入るように見た「キャプテン翼」が忘れられず、筑波大大学院進学後にブラインドサッカーをはじめたが、生まれ育ち、現在の八王子盲学校社会科教員になる、自分の人生を決定づけたのは熊本県での日々だ。

黒田が熊本の盲学校から久留米大学に進学した当初は臨床心理士を目指していた。ついでに履修していた教員免許の取得で教育実習をする機会が訪れた。黒田のような全盲の人が教育実習する場合、大半は盲学校を薦められるが、黒田は熊本県内の普通高校に行くことを命じられたという。

「いざ高校で実習するとなると、どうやって見える高校生40人に対してどう授業をすすめていくか、すごく不安でした。悩みつつ、寝る間もなく準備しましたね」

現代社会の授業をやるにしても、黒田は板書ができない。板書のかわりになるものを紙で大きく書いて貼り、生徒が穴埋めできるようなプリントも作成した。

「(授業を受けた生徒が)先生の授業はたくさん考えて疲れたけど、面白かった、と言ってくれて…。自分が努力して準備するとその準備は伝わるんだな、と実感できました。障がいがある当事者で、目が見えない自分だからこそ、伝わることってあるんだろうなと。そのことがきっかけで教員になりたい、と思うようになったんですよ」

実は、このパラリンピックにむけて、黒田を題材にした書籍刊行のため、ある出版社の編集部が2019年春より、黒田が勤務する八王子盲学校における社会科の授業の定点取材を重ねてきた。出版準備にあたり、著作権印税の話が話題になった際、黒田は「(地元のサッカークラブである)ロアッソ熊本はじめ、熊本県へのサッカー振興、集中豪雨被害に全額寄付してほしい」と希望したという。コロナ禍の混乱下にあり、その刊行時期は未だ確定していないそうだが、自分を支え、人生を決定づけてくれた故郷に対する思いは、並々ならぬものがある。黒田は大会前、こう明かしていた。

「何もないところからスタートしたときから競技(ブラインドサッカー)に触れさせてもらってる私としては当時から一緒にやってきた他の選手やスタッフ、サポートしてくださった人たちの努力、関わってくださった人の思いなども知っているので、全ての人たちの思いを、この大会で形として結実させたいんです」

日本代表を勢いづけた黒田が次戦30日に挑むのは、4大会連続金メダルの絶対王者・ブラジル。同じく金メダル候補と呼び声が高かった中国に3-0と快勝した難敵に対し、日本は過去11度の対戦で1度も勝利はない。

「このような最高の舞台で最強の相手と戦える、こんな幸せなことはありません。今日の勢いを明日にも続けて、これまで積み上げてきたものをすべて出し切って、今、応援してくださっている皆さんの思いも背負って必ず勝ちたいと思います」

2021年8月30日。その日を歴史の扉を開く日にする。自分に関わったすべての人の思いを力に変え、黒田は明日もピッチに飛び出す。

写真:共同通信

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