出稼ぎ先の日本で失明も「感謝」5人制サッカー代表兄妹の思い | FRIDAYデジタル

出稼ぎ先の日本で失明も「感謝」5人制サッカー代表兄妹の思い

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試合後、ブラジルの絶対的エース、リカルドと健闘を称え合う佐々木ロベルト泉(左)。今大会、決勝まで進めれば、再戦の可能性もあり得る(写真:アフロ)
試合後、ブラジルの絶対的エース、リカルドと健闘を称え合う佐々木ロベルト泉(左)。今大会、決勝まで進めれば、再戦の可能性もあり得る(写真:アフロ)

悪夢の事故から目が覚めたとき「5分間考えた」

初めてパラリンピックに出場するブラインドサッカー日本代表は30日、パラリンピック4連覇中のブラジルと対戦し、0-4と完敗。ブラジル・サンパウロ出身で日系3世の佐々木ロベルト泉は相手の絶対的エース、リカルドに簡単にシュートを打たせないしつこい守備で食い下がったが、力の差は埋められなかった。2013年に帰化した佐々木ロベルト泉にとっては“因縁の対決”。どんな気持ちでいたのだろうか。

「フィールドの中は戦争と一緒。自分の命、仲間の命が一番大事でしょ。だから相手がブラジルだろうと、(第3戦で戦う)中国だろうと150%の気持ちでいくよ。最後まで攻める、最後まで走る。あきらめずにね」

佐々木は家計を助けるために1997年、18歳で来日。工場などで働いていたが、ある一瞬を境に一変した。2006年11月、通勤途中に茨城県内で交通事故に遭い、衝撃で顔面骨折で失明、心臓にも2か所穴が開いた。28歳の時だった。

「何が起こったか、どんな車にぶつかったとかもわからなかった。いきなり真っ暗な状態になっていました」

当時、来日して千葉県内で働いていた妹のアドリアーナさんも事故の一報を聞いて、佐々木が運び込まれた茨城の病院に駆け付けた。佐々木が続ける。

「目が覚めた瞬間、『何が起こったの?』と妹に尋ねたら、『あなたはもう目が不自由になったんですよ』と直接言われて、そのときはもう涙が出てすごい悲しかった。今まで味わってきた経験、いろいろ大変なことが思い浮かんできて……。

 でもその時、5分ぐらいずっと考えた。『神様が私の人生を守ってくれたのは、きっといいことがあるからだ』と。そこで涙を拭いたよ。28歳までは普通の人生。でもいきなり真っ暗になって字も読めない。書くこともできない。視覚障がい者に対する知識も事故直後はなかったから、点字も読めませんでした。本当に人生がゼロから始まった感じです。最初は苦労した。でも、悲しいときも幸せなときも『感謝』の気持ちは忘れないようにしているよ」

病院が好きではない佐々木にとって、支えになったのは妹の存在だ。兄の事故を受けて、アドリアーナさんは仕事を辞めて、兄の看病に専念した。兄は先生を通して「今日はもう(自宅に)帰っていい」と伝えたのに、病院の休憩所で寝泊まりした。アドリアーナさんはこう振り返る。

「兄の状態を見た先生から当初、『この状態で、生きて病院に運びこまれた例はこれまでない』と言われて…。兄の前に母が亡くなり、その10年前に父も亡くしています。兄まで亡くなったらどうしようと…。1人にはしたくなかった。ずっと隣にいたかった。兄の目が覚めたら『誰かがいるよ』ということを知らせたかったんです」

「七転び八起き、ね」

病院は佐々木の治療のためにグループを作り、アドリアーナさんや友人の献身的な看病もあって、佐々木は6カ月は必要と思われた入院期間が大幅に短縮されて2か月ほどで退院。その後、那須塩原視覚障害センターで約5か月すごし、点字の読み方などの生活訓練課程を受けて社会復帰。2009年に視覚、聴覚に障害がある人を対象にした唯一の国立大学、筑波技術大に入学した。そこでブラインドサッカーに出会って、新しい人生の扉が開いた。所属クラブのAvanzareつくばの監督だった魚住稿氏が日本代表の監督になり、佐々木も代表を目指し、日本への帰化を決意した。

「ブラインドサッカーをやる前はバレーボールしかやったことがなかったんだけど、一度見学してからフィーリングがあってね。来日した当時は1年で(ブラジルに)帰るつもりでした。でも日本にいて楽しくなりました。視覚障がい者として生活することを考えてもブラジルより安心して暮らせる。妹には帰化してから伝えたよ(笑)」

新しい人生を前向きに生きる兄を、妹はどう見ていたのだろうか。

「すごいね。頑張り屋。転んでも立ち上がって前に歩くというか…。人生を諦めなかった。
 日本という国にも感謝しています。QOL(クオリティ・オブ・ライフ)が素晴らしく、道もデコボコしていないから安心して暮らせます。日本じゃかったら、私はここ(兄のそば)にはいなかったかもしれません。ブラジル戦は兄がいる日本代表を応援しました」

アドリアーナさんへの取材は佐々木がポルトガル語を通訳する形式で進んだが、アドリアーナさんが語った「転んでも立ち上がって前に歩く」という言葉を、佐々木はすぐに「七転び八起き、ね」と付け加えた。ことわざを操れるほど日本での生活に溶け込む佐々木はこう続けた。

「サッカーは自分だけではできないけど、一人一人の力を合わせれば何かすごい大きいものになる。山が高くなればなるほど、登れたときはうれしい。その一つ一つを登っていきたい。絶対にあきらめないし、仲間にも諦めてほしくない。夢は終わってない。これからですよ」

開幕戦のフランスには4-0で快勝し、ブラジルには洗礼を浴びた。上位4チームで争う決勝トーナメント進出をかけて明日31日、アジア王者の中国戦に挑む。メダル獲得にむけた最大の「山」になるが、だからこそ登り切ったときは気持ちがいい。人生を諦めずに道を切り開いてきた佐々木が正念場で真骨頂を発揮する。

中国戦で攻守に奮闘が期待される佐々木ロベルト泉(写真:アフロ)
中国戦で攻守に奮闘が期待される佐々木ロベルト泉(写真:アフロ)

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