「殺人犯」が獄中告白…!「銚子マリーナ女性殺害事件」の真相 | FRIDAYデジタル

「殺人犯」が獄中告白…!「銚子マリーナ女性殺害事件」の真相

’19年9月発覚 一審で懲役18 年の判決を受けるも「私はやっていない」と悲痛な叫びを便せんに綴った

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〈こんにちは、とつぜんのおてがみに(ママ)しつれいいたします〉

「殺人犯」とされたギリ被告。’09年に来日し、4年ほど日本語学校などに通った後は、工場で働いていた

そんなたどたどしい日本語の手紙が編集部に届いたのは、8月上旬のことだった。差出人は、’19年に「銚子マリーナ中国人女性殺害事件」を起こしたとされる、ネパール国籍のギリ・ニラジ・ラジ被告(35)だった。

「千葉・銚子マリーナのプレジャーボート内から女性の全裸遺体が発見されたのは、’19年9月のことでした。女性は中国籍の王小莉(ワンシャオリー)さん(当時34)。遺体には複数の刺し傷があり、死亡したのは’15年7~8月頃と判明しました。そのボートの名義がギリ被告の親族だったことから、彼の関与が発覚。同年10月に殺人などの容疑で逮捕されました」(全国紙記者)

そして昨年、千葉地裁で公判が開かれ、12月末に懲役18年の有罪判決が下った。

しかし、ギリ被告は手紙で「彼女の遺体は遺棄したが、殺害はしていない」という旨を記している。本誌記者は小菅の東京拘置所を訪れ、ギリ被告と面会した。

ギリ被告は千葉県内の食品工場で働いていたことがあり、そこで王さんと出会った。一時、二人は交際していたが、王さんが実は中国に家族がいることがわかり、破局したという。ただ、’15年の始め頃、王さんが住居を探す間に二人はしばらく同居していた。ギリ被告が振り返る。

「’15年の7月下旬から8月上旬のある朝、起きると王さんがいませんでした。不思議に思って、物置部屋をのぞくと、中で王さんが鼻血を出して倒れていました。すでに脈もなく、死んでいることがわかりました。私はパニックになり、警察などに電話をすることもできず、その場から逃げ出してしまったのです」

1~2日後に自宅に戻ったギリ被告は、遺体をどうにかしなければと思い、一時は刃物で解体しようと考えた。その際の切り傷が、逮捕後、王さんを殺害したときに刺した傷ではないかと指摘されたという。

なぜ、遺体を放置したり、解体を試みたりといった行為に及んだのか。

「今でも、あのときすぐに警察に電話をすればよかったと反省しています。ただ、警察が私の話をきちんと聞いてくれるのか、不安がありました。ゴビンダさん(ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏。ネパール国籍で、’97年に起きた東電OL事件の冤罪被害者)みたいに、何もやっていなくても犯人にされるんじゃないかと思ったのです」(ギリ被告)

そうしてギリ被告は遺体をボートまで運び、中に隠していたのだ。

事件発生から遺体発見まで4年以上が経っていたこともあり、凶器などの物証もない。それでもギリ被告が有罪になったのは、「証言の変遷」だという。当初、ギリ被告は警察の取り調べに対し、「口論の末に、王さんを突き飛ばしたら動かなくなった」と供述。それが裁判では「朝起きたら亡くなっていた」と証言したのだ。その核心部分の証言に変遷があったことが主な理由となり、有罪判決を受けた。ギリ被告が語る。

「最初に警察の取り調べを受けたとき、何人もの警察官に囲まれて『こうだろう』『こうじゃないか』と問い詰められました。私が怖くなり『そうです』と答えたことで、私が『王さんを突き飛ばした』と供述したことになってしまったのです」

元東京地検公安部検事で、弁護士の落合洋司氏が語る。

「供述の変遷があったからといって有罪とするのは、疑問が残る認定です。供述証拠の評価として、合理的とは言えないでしょう。そこが控訴審でどう判断されるか。注目すべき公判になると思います」

控訴審は9月28日から開かれる。

ギリ被告の手紙。手紙にもあるように、王さんが隣人と浮気をしているのではとギリ被告が疑っていたことも、警察から疑われる一因となった
遺体発見直後、ボートを調べる捜査員ら。ボートは事実上、ギリ被告が所有しており、それで発覚が遅れた

「FRIDAY」2021年9月10日号より

  • 撮影結束武郎(手紙)写真朝日新聞社(ボート)

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