来日直前のポール・マッカートニー ここなら本人に会えるかも!?

トリビア満載! 過去6回の日本公演を振り返る

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76歳、いまだ現役 写真:アフロ

ポール・マッカートニーが最新のワールド・ツアー、その名も「フレッシュン・アップ・ツアー」をスタートさせる。カナダに次いで2ヵ国目に選ばれた国が日本。10月31日より、東京と名古屋で公演を行う予定だ。

先月9月に発売された最新アルバム『エジプト・ステーション』は、いきなり「初登場全米1位」を記録した。ショウヴィズの檜舞台であるアメリカでこの快挙は、世界の頂点を意味する。そんな最高のタイミングで来日するのだ。もちろん、アルバムの曲も生で披露される。

日本のファンは、長年に渡ってポールを応援し、精緻な研究を高い水準で行なってきて、ポールもそれを知っている。ポールがいかに日本のファンを大切にしているかは、日本盤のみにボーナストラックが入っているアルバムがいくつも存在し、世界のファンがうらやんでいることからも証明できる。

そんな日本贔屓のポール。単独での来日公演は今回で6回目だ。そこでこれまでのポールの来日を振り返ってみたいと思う。

ビートルズ以来、24年ぶりの単独来日で大騒ぎ

単独での初めての来日は1990年。アルバム『フラワーズ・イン・ザ・ダート』を引っさげての「ザ・ポール・マッカートニー・ワールド・ツアー」としての来日だった(3月3、5、7、9、11、13日:東京ドーム)。

ご本尊降臨に世界中が沸いた。ジョン・レノンが1980年に射殺されて以来、どのビートルも人前に出なくなっていたからだ。日本人にとっては1966年の「ビートルズとしての来日」以来24年ぶりだったから、それはもう大変な盛り上がりだった。

このときのワールド・ツアーでポールは自分の影響力を世の中のために使おうと、環境保護の大切さを訴えていた。まるで地球からジョンがいなくなった穴を自分なりに埋めようとしているようだった。

この公演では『レット・イット・ビー』を歌う前に、日本語で「チキュウヲ、マモロウ!」と呼びかけ、文京区の真砂小学校(現・本郷小学校)で植樹も行なった。あれから28年、その木は今や大きく伸び、生徒たちには「ポールの木」として親しまれている。

また、東京での滞在中は、世田谷の馬事公苑でリンダ夫人と乗馬を楽しんだ。プロモーターに連れられ、明治神宮も参拝している。その様子は当日のFRIDAYでも報じられている。

FRIDAY 1990年3月13日号より

2回目で「スモウ」にハマる

2度目の来日は1993年。新作アルバム『オフ・ザ・グラウンド』のタイミングで、「ポール・マッカートニー・ザ・ニュー・ワールド・ツアー」と銘打たれたものだった(11月12、14、15日:東京ドーム、18、19日:福岡ドーム)。

東京以外に、初の福岡公演が行われたことで、オフには大相撲九州場所を観覧した。このときの体験が、ポールの相撲好き、そして今回の両国国技館公演にまで連なっていくわけだ。

福岡ドームが、ポールの手型を取ってくれたのは快挙といえよう。同ドームは、王貞治監督などドームゆかりの有名人の手型をこつこつ取っており、それらをブロンズで立体的に再現し、常設展示しているのだ。福岡ドームにお出かけの際は、誰もがポールと握手する疑似体験を楽しむことができる。

東京での滞在中、千駄ヶ谷のヴェジタリアン・レストランで食事をとったことも判明している。吉祥寺の井の頭公園も散策した。

このときは、まだネット時代ではなかったため、井の頭公園散策の事実は、後になって警備会社の密着取材ドキュメンタリー『追って!GABURI』という番組で知ることとなる。多くのファンが「そんな身近なところにポールが来ていたなんて」と驚いたものだ。

3回目は京都で「ゲイシャ」遊び

そこから9年のブランクが空いた2002年。新作アルバム『ドライヴィング・レイン』と連動したワールド・ツアーの一環で「ドライヴィング・ジャパン・ツアー」が実現した(11月11、13、14日:東京ドーム、17、18日:大阪ドーム)。

長年連れ添ったリンダ夫人を亡くし、再婚相手のヘザー夫人を同伴しての来日。このとき初の大阪公演も行なわれ、初の新幹線で関西入りし、拠点を京都に定めた。過去のどの公演よりも声が素晴らしくなっていて、’70年代のウイングス時代の声に円熟味も加わり、身体能力的にも常人と違うのだということを証明し、観客を感動させた公演だった。

ちなみに初の大阪公演で最初に発した挨拶は「モウカリマッカ?」だった。会場はやんやの拍手、翌日のスポーツ紙が一面トップで「もうかりマッカートニー」という大見出しをつけていたのを覚えている。

オフでは、金閣寺の中を住職に案内され、僧侶が読経の際に打つ鐘=「磬子(けいす)」を棒=「倍(ばい)」で叩かせてもらっている。宿泊は、純日本風の料理旅館『吉かわ』。バンド・メンバーやスタッフたちと芸者のお酌で宴を楽しんでいる。泊まった部屋は、2階の「庭に面した一番広い部屋」。一泊した翌日は夫人と市内をサイクリングし京都御所で休憩し、本人が関係者に語ったところでは「途中どこかで蕎麦も食べた」ようだ。

東京のオフには高尾山にも行っている。ケーブルカーに乗り、まずは「権現茶屋」という店に入り東京を一望したものの特に注文はせずに出て、「もみじや」という茶屋で食事をした。山頂のレストランが予約されていたようだが、いかにも日本の茶屋という風情のもみじやをポールが見て、「ここにしようよ」となったそうだ。食べたものは、冷奴とかき揚げそばだった。

ここでディープなファンのために、高尾山とビートルズを結ぶトリビアも付記しておこう。

それは、2003年にフジテレビ系で放送されたドラマ『ハコイリムスメ!』である。W主人公である飯島直子さんと深田恭子さんが演じたのが、高尾山にある茶店の姉妹。その飯島さんが劇中で恋に落ちる白人青年役を演じたのがマーク・コンドンというイギリス人青年なのだが、その母親は、イギリス在住の日本人女性・コンドン聡子さん。実は、ビートルズ来日時の日航機のファースト・クラスで4人の担当をしたスチュワーデスだったのだ(これは筆者によるコンドン聡子インタビューで判明した事実だ)。

ドラマに登場する茶屋は、偶然にもポールが立ち寄った、もみじやとよく似た風情を醸し出していた。時空を超えた「縁」の集積に陶然となってしまうのは私だけだろうか。

4回目、スモウを観戦する姿をテレビで抜かれる

次は2013年。11年のブランクが空いた。「アウト・ゼアー・ツアー」というタイトルで、大変な会心作『NEW』が発売されてから最初の訪問地として日本が選ばれた(11月11、12日:大阪・京セラドーム、15日:福岡・ヤフオク!ドーム、18、19、21日:東京ドーム)。

大阪・福岡・東京の順で開催されたため、ポールは初めて関西空港から日本入りした。また福岡へは公演前日に新幹線で移動し、到着後そのまま福岡国際センターに直行、大相撲九州場所を、幕下力士の取組から観覧している。

実はこの時、NHKの大相撲生中継で、ポールの升席がアップで映され、アナウンサーがポールの観覧を何度となく紹介した。ポールは弓取り式まで見て、周囲の年配客の握手に応じながら会場を後にし、観客席からは自然発生的にポール・コールが起きた。

ポールは相撲をいたく楽しんだようで、翌日のサウンドチェックのステージでは、一瞬だけ四股を踏んで見せた(下記写真)。福岡のサウンドチェック観覧者のみが見られた「ポールと日本の伝統文化が接点を持ったレアな光景」だった。

筆者が撮影した、四股を踏む貴重な写真

四股だけではない。ポールはこのとき懸賞旗のシステムにも興味を持ち、いろいろと関係者に尋ねたようだ。その結果、離日した後ではあったが12日目・13日目・千秋楽の結びの一番に、懸賞旗各5本(計15本)を出した。懸賞金は1本6万円。懸賞旗に書かれた文字「ポール・マッカートニーNEW発売中」が場内アナウンスで読み上げられとき、満場の拍手が起きたという。

中止を乗り越えて、5回目は遂に聖地・武道館で

2014年、前回からわずか半年後に同じ「アウト・ゼアー・ツアー」で来日した。ビートルズ以来初となる羽田空港に降り立ち、ポールもある種の感慨を抱いたのではなかろうか。このときの呼び物は、国立競技場・ヤンマースタジアム長居という野外公演、そしてビートルズ以来初の日本武道館公演だったが、入国直後に体調不良となり、結果的に全公演中止となってしまった。

リベンジ公演は翌2015年にすぐ行なわれた。同じ「アウト・ゼアー・ツアー」ではあったが、この2年間、世界各国を回る間にいくつかリニューアルがなされていた(4月21日:大阪・京セラドーム、23、25、27日:東京ドーム、28日:日本武道館)。

関空に降り立ち、大阪・東京の2ヵ所でドーム公演をこなし、ついに武道館公演も実現させた。

武道館は現在のポール人気を考えればキャパが小さすぎる。だが、日本のファンにとって、ビートルズ公演が行なわれた聖地でポールが歌う姿を見れるのは、まさに見果てぬ夢だった。しかもドームより遥かに至近距離で見られる貴重な機会でもあった。

チケット価格はSS席10万円、S席8万円、A席6万円、最も安いB席でも4万円となってしまった。同年のドーム公演S席の1万8000円と比べても、どれだけ高額だったかが分かる。関係者筋の話によると「会場キャパが東京ドームの5分の1だが、ポールに払う1回のギャラは同じ」なので、こういう価格設定になったようだ。

しかし、そんな高値だったのにも関わらず、チケットは即時ソールド・アウト。かくして当日の武道館は「全員、マニア」という凄い様相を呈した。開演前に何度も自然発生したウェーブ、あの一体感と熱気は後にも先にもないものであった。ポールもそれに答えるように「セカイハツコウカイ」の「アナザー・ガール」を演奏してくれた。

東京でのオフは、ナンシー夫人と日比谷公園でサイクリングを楽しんだ。武道館公演を終えた翌々日も、自転車で武道館まで訪れて中に入り、その晩に開催される別のコンサート設営の様子を背景に記念写真を撮っている。自らのツイッターにアップしたその写真のポーズは、両手をY字に上げ、左足も上げている。明らかにグリコのポーズだ。おそらく大阪・道頓堀の大きな看板を眼にして、スタッフに尋ね「一粒300メートル」といった情報も聞いて気に入ったに違いない。

6回目、北朝鮮のミサイル危機がある中でも来日

2017年、「ワン・オン・ワン・ツアー」での来日。タイトルも選曲もまったく新たなツアーだった(4月25日:日本武道館、27、29、30日:東京ドーム)。このときポールは、カリフォルニアからプライベートジェット機「FA7X」で羽田空港に降り立っている。

このときの開催地は東京のみ。最初に、2度目となる武道館公演を行ない、その後に東京ドーム公演という順だった。武道館公演の稀少さは多少落ち着いたものの、前回抽選にもれたファンへの救済策となったのは間違いない。

ポールは、近年の来日公演で毎回「コンカイモ ニホンゴ ガンバリマス」と宣言し、いろんな日本語をMCで披露してくれている。この公演での見どころは、初めて日本語発音で「ザ・ビィトルズウ」と何度も発してくれたことだ。日本の音楽ファンが、長年にわたって口にしてきたあのカタカナをご本尊が口にしたのは、大きな感慨があった。他にも「ポールウ・マッカアトニイー」や「ゴールデン・ウィークウ」といったカタカナ発音も飛び出し、満場の客席を沸かせた。

この来日が、いつもと異なった点がもうひとつある。最終公演を終えた深夜、チャーター機ですぐに日本を発ったのだ。時あたかも北朝鮮のミサイルが日本に照準を合わせていると世界的に報道されていた時期だった。急きょ来日を中止したアーティストもいたほどだったのに、よくぞポールは来日してくれたものだ。

「ポール・マッカートニー フレッシュン・アップ ジャパン・ツアー2018」オフィシャルサイトより

以上が、これまでのポール来日公演の概括である。今回は「初登場全米1位」の新作アルバムを引っさげた、その名も「フレッシュン・アップ(フレッシュに一新された)・ツアー」での来日である。両国国技館での公演もサプライズ発表された。武道館よりさらに親密な空間で生ポールを見られるのだ。

東京以外の開催地でいえば、大阪でも福岡でもなく、初の名古屋公演ということに注目したい。名古屋での第一声は、きっと名古屋弁で沸かせてくれるだろう。

ポールが日本にいる期間、オフの散策に貴方も出くわすかもしれない。ポールが同じ日本の空の下にいるというのは、そういうことである。会場で同じ空気を吸うことも含め、ポールとの接近遭遇を大いに楽しもうではないか。

蛇足ながら、貴方が幸運にもポールに出会った際は、くれぐれも節度を守ることをどうか留意されたい。サインをもらおうと突進しては、気さくなファンとの触れあいが制限される事態にもなりかねない。長年にわたって真摯なファン達が築き上げた「ポールとの信頼関係」を大切に引き継いでいくことを願うものである。

  • 取材・文宮永正隆

    みやなが・まさたか/1960年石川県金沢市生まれ。編集者として『ちびまる子ちゃん』などを手がけた後、現在は音楽評論家。膨大な知識と愛情に裏づけされた骨太なビートルズ評論・研究は他の追随を許さず、国際的に高く評価されている。最新著書『ビートルズ来日学』はミュージックペンクラブジャパン音楽賞「最優秀出版物賞」を受賞。http://www.catchup.jp/b4univ/

Photo Gallary4

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