スピーチを並べてみてわかった菅首相「総理の器」の変化 | FRIDAYデジタル

スピーチを並べてみてわかった菅首相「総理の器」の変化

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就任記者会見のスピーチは悪くはなかったけれど…… 

 

今月3日、菅首相は次の自民党の総裁選に出馬しない意向を表明した。突然の発表に驚きが広がったが、

「有事のときのリーダーではないと、12月の時点で思いました。それは彼のスピーチでわかります」 

パフォーマンス心理学の第一人者として、累計4万人のビジネスリーダーやエグゼクティブ、首相経験者を含む国会議員たちのスピーチを指導してきた佐藤綾子氏はこう言う。

しかし、佐藤氏は2020年9月16日の菅首相就任記者会見でのスピーチは「よかった」と言っている。「言葉を並べているだけで大きなビジョンが伝わらない」という批判的な声も多く聞かれたが、

「それは官房長官時代の先入観にとらわれているんだと思います。このときの菅首相は、官房長官時代に比べて声が大きく、質問をする相手には、目の上のくぼみに線が入るほどしっかり目を開いて見つめている。デジタル庁の新設、不妊治療の保険適用など、政策についても触れています。決して悪くはないスピーチでした」(佐藤綾子氏 以下同)

気になるところといえば、「私たち」という単語が一度も出てこなかったこと。

「この会見で、菅首相は『私が』『私は』と、『私』を主語に使ったのが3回。『私たち』は一度も使いませんでした。たとえば、オバマ元大統領やバイデン大統領は『私』という単語は使わない。『we』『our』を多用して、『一緒にこういう国を作っていこう』と国民に呼びかけています。その点で菅首相は聞き手を巻き込むことが足りない。そういう物足りなさはありましたが、まあまあいいスピーチだったと思います」

2020年9月16日の就任記者会見。「就任した嬉しさもあったんでしょう。記者ともしっかりアイコンタクトをして答えていますから、まあまあ合格です」

【2020年12月】緊急事態宣言の発令直前。就任後わずか3ヵ月でガッカリ。支持率が下がって当然

ところが、

「それ以降は坂道を転がり落ちるようにスピーチが悪くなってきました」 

佐藤氏がとくに重く見るのは、2021年1月7日に1都3県に2度目の緊急事態宣言が出される直前の12月末ごろから。このときは、GoToトラベルやGoToイート事業が継続され、感染者が急増したため、各地から緊急事態宣言の発令を求める声が上がっていた。

「このときドイツのメルケル首相は右手を振り上げながら、『どうか人と接触するのを避けてください』『今年のクリスマスを祖父母と会う最後のクリスマスにしてはいけない』と訴えました」

「魂の演説」と、世界中に感動を与えた演説だ。

「ニュージーランドのアーダーン首相は『強くあれ。そしてやさしくあれ』と演説しました。自分には強く、でも周りの人にはやさしくしてねと、感情を強くアピールして、国民に理解を求めたのです」 

一方、菅首相といえば、淡々と話すだけ。就任時に70%近くあった内閣支持率は下降を続け、12月下旬には「支持しない」が「支持する」を初めて上回り、それ以降「支持する」が「支持しない」を上回ることはなくなった。

「有事においては、責任を明確にし、事態を動かす強い命令口調が必要。そして感情をアピールする。さらに安倍元首相がよく使っていた『……しようではありませんか』という口調や、オバマさんやバイデンさんのように『私たち』という言葉を使って、聞き手を巻き込まなくてはなりません。菅首相はどれもできていなかった。支持率が下がるのも当然です」

2021年9月3日、退陣表明をしたときの菅首相。「コロナ対策に専念したい」と言っていたが、「気力が失われた」のが本音という声も。就任した1年前は生き生きしていたのに、このときは視線もうつろ

【2021年3月】『壊れたレコード』化。「ビジョン」「戦略」「計画」が見えない… 

3月に入るころになると、スタンプで押したような回答が増えてくる。オリンピックの開催についても、「安全安心なオリンピック」と言うだけで具体策が菅首相から語られることはなかった。

「有事のリーダーは、まずビジョンを掲げて、その次に戦略。それをいつまでに行うかという計画を示さなければなりません。『安全安心なオリンピック』というのがビジョンだとすると、そのためにはワクチンをどうするか、スタッフをどうするかなどビジョンを実現するための戦略と、そのためのスケジュールを説明する。企画書を書くときでも、これは最低限やるべきことです」

リーダーはそれだけではいけないと佐藤氏は言う。

「有事のときは、ビジョンと技法がなければダメなんです。 

相手に理解してもらうためには、スピーチの技法が必要になります。バイデン大統領は就任後1ヵ月に、素晴らしい演説をしています。『opportunity(機会)』『security(安全)』『liberty(自由)』『dignity(尊厳)』『respect(尊敬)』『honor(名誉)』『truth(真実)』といった高い理念のある言葉を並べて話していました。リーダーはこのような理想が感じられる言葉を並べなくてはいけないのですが、菅首相から、そういう言葉を聞くことはありませんでした。 

就任当初はビジョンについて語ったけれど、だんだん何をしたいか言わなくなった。ビジョンを喪失したのかもしれません」

一国の首相としてビジョン喪失。これほど怖いことはない。ビジョンを持っていたけど、言わなかっただけでは?

「表現しなければ、ないも同じ。 

結局、彼は有事のリーダーではなかったということです」

次はだれがリーダーになるのだろう。「ビジョン」「戦略」「計画」をきちんと語っているかどうかを見極めるべきだと佐藤氏は言う。

願わくば、派閥の力関係などではなく、これらのことをしっかり見極めて選ばれてほしいものだ。

2021年9月10日、自らの退陣についてスピーチする菅首相。「コロナ一筋に頑張った1年だったと総括して、記者へのアイコンタクトも復活、口元には微笑が出て安心感がうかがえた。やっと人間味を感じた視聴者も多いだろう。これがずっとあったら支持率も違ったかも」

佐藤綾子 1980年ニューヨーク大学大学院パフォーマンス学研究学科卒業後、日本大学藝術学部教授を経てハリウッド大学院大学教授。一般社団法人パフォーマンス教育協会理事長。株式会社国際パフォーマンス研究所代表取締役。

『一流のリーダーがやっている 部下のやる気に火をつける33の方法』(日経BP社)、『介護も高齢もこわくない』(学研メディカル秀潤社)、『新版・医師のためのパフォーマンス学入門』(日経 BP マーケティング)、『トップリーダーに学ぶ人を惹きつける「自分の見せ方」』(ディスカヴァー)など著書多数。

  • 取材・文中川いづみ

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