死刑確定…寝屋川中1男女殺害犯が語っていた「控訴取り下げ理由」 | FRIDAYデジタル

死刑確定…寝屋川中1男女殺害犯が語っていた「控訴取り下げ理由」

寝屋川市中1男女殺害事件 事件から約6年 ようやく死刑判決が確定

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大阪・寝屋川市の中学1年生の男女が殺害された凄惨な事件から約6年。殺人罪で起訴されていた山田浩二被告(51)の死刑がようやく確定した。

スマホで自撮りしたとされる写真。事件の約1年前まで、少年らに対する監禁・傷害などの罪で服役していた

枚方市内の公営団地で育った山田は、異常な性衝動に満ちた半生を送ってきた。中学生時代から少年少女へのわいせつ行為を繰り返していたとされ、’02年、31歳のときには、男子中学生に対する強盗・逮捕監禁などの容疑で逮捕。17歳の少年二人を監禁し、顔にヤケドを負わせていた余罪も発覚し、12年間服役した。

徳島刑務所の同じ房で生活していた元受刑者仲間の宮内浩之さん(仮名・40代)が、山田の性格について語る。

「『小さい子は妹とか弟みたいで一緒にいて楽しいし、それにカワイがれるやん』とよく口にしていたので、アイツがロリコンだということはみんな知っていました。受刑者仲間に対してはとにかくズルい奴でしたね。誰が強いのか瞬時に判断し、敵わない者にはゴマをすり、弱い者には威張り散らす。受刑者間のトラブルを看守に告げ口する『チクリ屋』としても有名でした」

徳島刑務所内には13棟の「工場」が置かれ、受刑者はそこで洋服の縫製や木工家具製造などの刑務作業に従事していた。宮内さんは子供服を縫製する「第12工場」でチーフ役を務め、山田ら受刑者にアドバイスや検品をする立場だった。

「暮らしている雑居房は12畳ぐらいの広さで6~8人が定員でした。房の隅にはトイレと洗面所がついています。工場での仕事が終わって房に戻ると、アイツは必ず自慰行為をしていました。『アタリ』という隠語が自慰行為のことで、アイツはエロ本を持って毎日、『アタリ行きます』と言っていた。トイレの上半身部分はアクリル板になっていて不透明ながら透けて見える仕組みでした」

山田との会話では、「刑期をいかに短くできるか」が話題になることが多かったという。山田は’18年12月に1審の大阪地裁で死刑判決を下され即日控訴したが、’19年5月に突如、控訴を取り下げ。その理由については、「刑務官とトラブルになりパニックになったため」と報じられた。だが、宮内さんは本当の理由は別にあったと断言する。

「『犯罪をしても平成から年号が変われば恩赦を受けられる』。徳島刑務所時代、アイツはしょっちゅうこう語っていました。『恩赦を受けるためには刑を確定しておかなければいけない』とも言っていた。死刑判決になっても控訴すれば刑は確定しない。そこでアイツは、’19年5月1日に令和に改元した後に、突然取り下げを行ったんだと思います」

実際、’19年10月に恩赦は行われ、55万人が対象となったが、犯罪被害者に配慮し、懲役刑や禁錮刑となった者は除かれた。そもそも、死刑囚が減刑される政令恩赦が行われたのは、’52年の「サンフランシスコ平和条約」発効時が最後だ。その後、控訴取り下げの無効を求めたかと思えば、再び取り下げするなど不可解な行動は続いたが、結局、今年8月25日に弁護側からの特別抗告が棄却され、山田の死刑が確定した。

「これから再審請求を繰り返し、何とか刑の執行を先延ばしにしようとするはずです。とにかく生への執着が激しい奴ですから」(宮内さん)

控訴取り下げが本当に恩赦狙いだったのだとすれば、あまりにも身勝手な理由だ。自らの罪と向き合い、心から反省の日々を送るのはいつになるのか。

徳島刑務所を出所後の’14年10月、受刑者仲間だった宮内さんに宛てて山田が書いたハガキ。定規でそろえたような特徴的な筆跡からは、神経質な性格が窺える
’15年8月21日、男子中学生の遺体が発見された大阪・柏原市の竹林。首の圧迫による窒息死。一部白骨化していた
’15年8月13日、大阪・高槻市の物流会社駐車場で女子中学生の遺体を発見。30ヵ所以上の切り傷があった

『FRIDAY』2021年9月24日号より

  • PHOTO吉田 隆(4~5枚目)

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