高2から負け知らず!早大ラグビー部怪物ルーキー佐藤健次の見る夢 | FRIDAYデジタル

高2から負け知らず!早大ラグビー部怪物ルーキー佐藤健次の見る夢

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9月12日、対抗戦・開幕戦の立教大戦で先発デビューした佐藤健次。とてもルーキーとは思えない風貌だ(撮影:松本かおり)

コロナ禍で大学ラグビーの2021年シーズンが開幕した。2年ぶりの王者奪回を目指す早大は12日、立教大との対抗戦開幕戦に挑み、70-0と快勝した。1年生ながら早大のNO.8として先発出場した佐藤健次は昨年、今年と冬の全国高校ラグビーを連覇した桐蔭学園高校2年時から中心メンバー。いきなり2トライをあげて怪物の片りんを見せた。

中学ではサッカーとの「二刀流」だった

力は示した。

早大ラグビー部1年の佐藤健次は、9月12日、埼玉の熊谷ラグビー場で加盟する関東大学対抗戦Aの初戦に先発。早速、2トライをマークした。

興味深いのは、記録に残らないシーンでも光ったことだ。

立大を36-0とリードして迎えた前半32分頃、敵陣ゴール前中央で左側からのパスを確保する。ステップを切った先で、勢いのついたタックラーと腰を落として衝突する。押し返して前に出た。

最後は追っ手に倒されるも、地面へ丁寧にボールを置いて味方の追加点をお膳立てした。最近まで高校生だった佐藤を倒すのに、立大は3名もの選手を費やさなくてはならなかった。新たな核弾頭は、デビュー戦を70―0で制した。

ポジションはナンバーエイト。身体をぶつけ合うフォワードの要だ。その位置には昨季、前主将の丸尾崇真が入っていた。史上最多となる16度の大学日本一を誇る早大の歴史上、この位置のスターターに定着した新人選手は2005年度の優勝主将で元日本代表の佐々木隆道などわずかに限られる。

その狭き門をくぐった佐藤は、桐蔭学園高校の主将として全国高校ラグビー大会2連覇を達成。プロ注目の甲子園優勝投手に相当する、鳴り物入りの存在だった。さかのぼって横浜ラグビースクールにいた中学3年時には、「神奈川県ラグビースクール代表」の突進役兼ハードワーカーとして全国ジュニア・ラグビーフットボール大会で活躍した。ずっと逸材と謳われてきた。

「1年生でも、リーダーの気持ちで取り組んで欲しい」

元早大主将の権丈太郎アシスタントコーチからのこんな励ましを受け、クリアな瞳の青年は勇ましく話す。

「もともと先輩に付いていく感じの選手にはなりたくなくて、自分がどういうプレーがしたくて、どういうことを考えているかを伝えられる選手になりたいと思っていました。だから(権丈コーチの)その言葉で吹っ切れた、ではないですが、それによってプレーがしやすくなったところはあります」

公式で身長178センチ、体重100キロ。上背こそ飛び抜けていないが、長田智希主将ら複数の4年生曰く、「ウェイトトレーニングの数値は、僕らが1年の頃と比べたら信じられないくらい凄い」。正確な記録はチーム方針で非公表も、高校時代のベンチプレスの最重量値は推定で125キロのようだ。いまはその時よりも力がついていそうで、グラウンド上での凄みが計測不能なのは立大戦で証明済みだ。

「普段から、(自分が)強いなぁと思ったことはあんまりないです」

当の本人はこう謙遜し、別角度から自らの原点を語る。

中学時代は週末に動くラグビースクールのほか、学校のサッカー部に所属。ひたすら走っていたと懐かしむ。

「サッカー部はグラウンドを1日置きに使えて、それ以外の日は坂道ダッシュや『外周』というものがあって。自分の中学は坂に囲まれているのですが、そこをずっと走るのが『外周』です。平日に『外周』をして、週末は横浜ラグビースクールでも走っていた。それがいまの走力に繋がっていると思います」

かのリーチ マイケルにも、普段の食事とは別に食パン8枚にバターを塗ってほおばる夜があった。札幌山の手高校にいた後の代表主将は、栄養の知識を持たないなかでも何とか身体を大きくしたかったのだ。

一見すると理不尽、もしくは非科学的に映るおこないに真摯に取り組んだ時間が、その人しか持ちえない独自の強さを培うこともある。

斜面という斜面をひたすら駆け巡った佐藤も、一流選手に必要な経験をしてきたと言えそう。早大の寮で理論に基づき己を鍛えるいま、「ステップアップできている」と実感する。

「コンタクト(の強さ)は高校と大学では違うと感じていて。身体作りを大事にしようと、体重、筋力のアップをしている最中です。入学時より4~5キロは増えましたかね。寮の食事はバイキング形式なので、自分の身体に合った栄養を考えながら採らないといけない。高校の時より食事の知識がついていると思います」

桐蔭学園時代から前へ前へ出る突破力が光った佐藤。それでも将来はFW第一列のHOへの転向を視野にいれている(写真:共同通信)

佐藤の成長に欠かせなかった「言葉」の力

進化を促す要素には、文字もある。

桐蔭学園高時代のメンタルトレーナーである布施努氏の教えで、佐藤はラグビーノートの記帳を習慣化。当初は試合前に個人目標を記すだけだったが、最終学年に上がると1日1度はペンをとるようになる。歴代主将でいずれも現早大の小西泰聖(3年)、伊藤大祐(2年)に、そうするよう勧められたからだ。

日々のチーム練習を振り返り、「Good(よかった点)」「Bad(わるかった点)」「Next(これからすべき点)」を整理。大学では大田尾竜彦新監督ら首脳陣による助言、部内の戦術用語とその意味を書き留める。

自らの言葉を底力に変える感覚を、無意識的に養ってきた。

「試合前に、それまでの1週間でノートに書いてきた『何ができ、何ができなかったか』を見て、その試合での自分のテーマを決められます。その時、その時に自分がどういうことを思って練習してきたかが(文字を通して)わかって、それに背中を押されたりはします」

早大入りはかねての希望が叶った形だが、特筆すべきはその希望を意識的に周囲に伝え続けていたことだ。

ここにも、言葉と身体の繋がりがにじむ。

「(目標を)言っていれば自分の行動も変わります。その辺をあいまいにするよりは(明確化して)自分の行動を変えていきたい。…そんな意図も込めました」

早大に入りたかったのは、同部のスタイルが「自分のやりたいラグビーに近い」と感じたからだ。「走れて、スキルもあって、何でもできるフォワードを目指している。そのなかで、全員で(ボールを)展開する早大のラグビーに惹かれて」と述べ、今後はコンバートにも挑めたらと話す。現在のナンバーエイトから、スクラム最前列中央のフッカーへ転じたいのだ。

「(縁の下を支える)フッカーで、走れて、キックも蹴られて…と何でもできたら、凄いんじゃね? と」

チーム方針でナンバーエイトのレギュラーを務めながら、いざ転じた時のための準備を施す。スクラム練習の合間、合間に放たれる主力フッカーの言葉に耳を傾け、組み合う際の駆け引きや姿勢についての知識を深める。

「ひとつのスクラムが終わった時に、フッカーの人たちは『ここが悪かったから、こうしよう』と話している。これを聞いていても知識、経験が伝わってくる。8番(ナンバーエイト)でいる時も(前方に注意を払い)、そのスクラムが何でよかったか、悪かったかを分析していけたらと思います」

対抗戦では以後、優勝候補の帝京大、明大などと計7戦を実施。17度目の日本一がかかる大学選手権への出場切符を獲りに行きながら、佐藤は世界で戦えるマルチプレーヤーを目指す。

  • 取材・文向風見也

    スポーツライター 1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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