集めたグッズは2万2千点!ファンシー絵みやげ蒐集の奥深き道 | FRIDAYデジタル

集めたグッズは2万2千点!ファンシー絵みやげ蒐集の奥深き道

金曜日の蒐集原人第2回「ファンシー絵みやげ研究家・山下メロさんちのヘビィメタルな壁」

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

コレクションはおもしろい。特定のテーマに沿って集められた充実のコレクションを見るのも楽しいけれど、それ以上にコレクションすることに夢中な人間の話はもっとおもしろい。この連載では、毎回いろいろな蒐集家の元を訪ねて、コレクションにまつわるエピソードを採取していく。人はなぜ物を集めるのか? 集めた先には何があるのか? 『金曜日の蒐集原人』とは、コレクターを蒐集したコレクションファイルである。

80~90年代にかけて大量に作られた、ファンシーなキャラクターが描かれたおみやげ群。今回ご登場の山下メロさんは、それらを「ファンシー絵みやげ」と命名し、収集・保護するために日本全国を飛び回っている。ご本人自ら平成レトロなファッションスタイルを身にまとい、いまやテレビ・ラジオ・トークイベントなどに引っ張りだこだ。そんなメロさんのご自宅へ、総数2万点を超えるというファンシー絵みやげの現物を見せてもらいに行ってきた──。

ファンシー絵みやげの定義

──最初に「ファンシー絵みやげ」の定義を教えてください。

メロ 明確な定義というものではありませんが、その特徴としては、第一に「実用的」であること。それまでのおみやげって、たとえば民芸こけしなんかは由来や目的があったりもしますが、基本的にはただ置いて飾るだけのものです。ところが、ファンシー絵みやげはすべて実用品なんですよ。キーホルダーは鍵をまとめておくものだし、暖簾は入り口を隔てるもの。あとは湯飲みとか、文房具とか。

──そうか、ファンシー絵みやげって「いらないもの!」というイメージがありましたが、すべて実用品なんですね。

メロ その実用品に気恥ずかしい絵が描いてあるもんだから、結果的に「いらな~い」とか「使えな~い」とか言われてしまうんです。でも、いちおう目指してるのは実用品です。だから、ファンシー絵みやげにおいて単なる飾りのようなものはほとんど存在しません。

──なるほど。まずは「絵がプリントされた実用品」ということですね。

メロ 次に、その絵の特徴として「二頭身」で「点の目」である。これはまあ様々なケースがあるんですけど、要約すればマンガタッチの絵が描かれているもの。動物は擬人化されるし、歴史上の人物なんかも二頭身で表現されます。「二頭身」と「点の目」は、「擬人化」と「デフォルメ」と言い換えてもかまいません。

──わかります、寸詰まった政宗くんとかですね。

ファンシー絵みやげ界では、独眼竜こと伊達政宗公もこんな可愛らしい姿になってしまう

メロ 最後は「ローマ字日本語」ですね。日本語のメッセージを、わざわざローマ字で表記してあるケースがすごく多いんです。ここで言うメッセージというのは、地名とか、ちょっとしたつぶやきですね。

──「A・I・SHI・TE・RU・♡」みたいな。

メロ そういうことです。この3つがファンシー絵みやげの定義となるわけですが、そのなかでも「キャラクターの存在」を私は重要視していて、ファンシー絵みやげは風景だけではなく、ほぼ必ず二頭身の偉人や、擬人化された動物などが描かれています。本来、観光地というのは景勝地でもあるわけで、風景だけ描けばおみやげとして成立するはずなんですよ。

──観光ペナントなんかはそうですね。風景と地名が描かれているだけでいい。

メロ ところが、ファンシー絵みやげは、たとえば富士山の絵がどこにも描かれていないのに、「Mt.FUJISAN」と書かれていて、動物キャラクターは描かれている。富士山要素がなくても売れるというのが特徴なんです。もちろん、風景も描かれているものは多いですが、風景だけっていうファンシー絵みやげはまず見かけないです。風景はデフォルメしづらいということだとは思いますが。

──風景を擬人化したものってないですか? たとえば富士山に手足が生えてるとか。

メロ あります。すごい例だと、熱海のお土産で貫一とお宮の上に「今月今夜のこの月を~」のセリフにちなんで月が出てるんですけど、その月に鳥山明っぽい顔が描いてあるとか。

造形のモチーフは貫一がお宮を蹴っ飛ばすゲタ。上部の月には確かに鳥山っぽい顔が!

メロ ただ、こういうのは非常に少ないです。もっと言うと、この話をこんなに盛り上げていいのかわかりませんが(笑)、野菜も果物も少ないです。

──そういうもんですか。ありそうに思いますけどね、バナナの擬人化とか。

メロ 山形だったらサクランボに顔とか、青森だったらリンゴに顔とか、そういう例もあるのでゼロではないんですけど、極端に少ないですよ。おそらく、ファンシー絵みやげの購買対象者の年齢的に、感情移入する共感力の関係かもしれません。何か樹木の天然記念物が名所だとしたら、その樹を擬人化するのではなく、樹の前にカップルを立たせちゃうんです。

──ご当地キティでは、キティちゃんが無理やり名産品の被り物をしてますね。

メロ ファンシー絵みやげの場合、いま言ったように無関係な人物を立たせたり、あるいは収穫する女性、という描き方になります。

──ああ、茶摘みの女性とか!

メロ そういうことです。伝統的な絣(かすり)の着物姿の女性キャラを描いて「収穫してますよ」という表現になる。ファンシー絵みやげは、あくまでも人間とか擬人化した動物を主軸にしてるんです。

姉の影響でファンシー好きに

──現在、メロさんのファンシー絵みやげコレクションは総数2万点と聞いていますが、この部屋を見た感じからすると、それどころじゃなさそうです。

メロ そうですね。日々増え続けてるので、いまは2万1千点か、2万2千点はあると思います。

──そもそも可愛いものがお好きだったんですか?

メロ 自分では記憶にないんですけど、小さい頃にお人形遊びをしている写真が残ってるんですよ。7コ上の姉がいて、おさがりの人形で遊んでる。姉はサンリオ好きでしたから、家の中にサンリオグッズがたっぷりあるという環境で。その後はいちおう男子らしく暮らしてたはずなんですが、あの……これは説明が難しいですね。ちょっと話が脱線しますけど、ファンシー絵みやげの本来のターゲットは男性なんですよ。

──え? それは意外ですね。てっきり女の子がメインのターゲットだと思ってました。

メロ 以前、ファンシー絵みやげを製造している人に聞いたことがあるんですが、サンリオっぽいデザインにしたらNGを食らったとか、女性っぽい栞とかも実はあんまり数が出てなくて。ファンシー絵みやげで重要なのは、少女マンガっぽいタッチのものは少ない、ということなんです。あくまでも少年マンガとか児童マンガっぽいもの。

──ははぁ、つまり『ボンボン』『コロコロ』、もしくは初期の鳥山明さんのテイストってことですね。

可愛らしいアイテムもよく見ると、免許取り立て、タバコ、サングラスと明らかに不良少年向け

メロ 女子は頭がいいので、こういうものは買わないんですよ(笑)。買って帰ってもすぐに要らなくなるっていうのを判断できる。そんなことより美味しいお茶をたててもらって飲むとか、そういう方にお金を払う。いわゆる観光地の木刀に象徴されるような、無用なものを買う文化は女子にはあんまりないと思います。

──コレクターに女子が少ない、ということにも通ずる話ですね。

メロ 男子はコレクターになりやすいので、こういう同じ仕様のものがたくさん作られる。ペナントとかもそうなんですけど。実際、土産店で余計なものを買うのは男子。だからファンシー絵みやげも男子向けに作られてることが多いんです。自分は可愛いものをとくに偏愛していたわけではないんですけど、幼稚園のときにビックリマンとファミコンが大好きでした。そして、このふたつに象徴されるものって「スクウェア」なんですよ。

──スクウェア……四角ってことですか?

メロ そう。これは私の持論というか、勝手に言ってる推測なんですけど、ビックリマンで正方形のシールに人物を大きく描こうとしたとき、都合がいいのは二頭身にすることですね。ファミコンソフトでも、限られたサイズの中にキャラクターを描くとなると、二頭身が都合良かったりします。

──わかります! 『ファイナルファンタジー』なんか狭い四角の中に天野喜孝さんの幻想的なキャラクターを押し込めてるから、なんか可愛くなっちゃってるんですよね。

海道一の大親分、清水次郎長もデフォルメされて正方形の中にすっぽり収まっている

メロ それで、デフォルメ文化の流れとしてはビックリマン、ファミコンときて、その後はSDガンダムのガシャポン戦士、BB戦士、カードダス。だいたいそういう流れですね。それで、80年代にサンリオはみんなのたあ坊(84年)、ハンギョドン(85年)、けろけろけろっぴ(88年)といった男子向けのラインを作るんですよ。青系、緑系の色使いだったりして、ちょっと男子も買えるようにしたキャラクター。

──可愛いものというのは、必ずしも女子だけのものではないと。

メロ デフォルメ文化にどっぷりだった私は、そういうのも買ってました。別に自分に限らず、男子はファンシー絵みやげを抵抗なく買ってたんですよ。それで、90年代初頭にはゴジラも二頭身になりましたし、仮面ライダーも、ウルトラマンも、オフィシャルで二頭身になりました。

──あれは……わたしが高校1年だったから1977年くらいだと思うんですけど、タマゴ飛行機(※鶏卵のような形にデフォルメされた戦闘機のプラモデル)というのが登場しました。

メロ あれなんかは、デフォルメ文化としてはかなり初期のケースですね。なんならチョロQより前じゃないですかね。

──ガンダムもそうですが、タマゴ飛行機のように“兵器を可愛くする”という発想にすごく驚いた覚えがあります。

メロ 兵器をデフォルメするっていうのはファンシー絵みやげの時代にも続いていて、知覧の特攻観音のところにゼロ戦を可愛くしてラインストーンなんかが付いたおみやげがあって、「えっ!?」と驚かされました(笑)。

──そういえば、このあいだメロさんから「デコ銃」のことを教えてもらったばかりでした。愛用の銃を可愛くデコる文化があると知ってびっくりしたんですが、そういうデフォルメ文化の線上にファンシー絵みやげもあるんですね。

メロ ファンシー絵みやげは、大企業が作って全国展開するようなものではなく、狭い流通でやるから意外とそういう倫理観というか、常識から逸脱したものが生まれがちなんです。それがとくにファンシー絵みやげのおもしろいところ。サンリオだったら絶対ありえないでしょ? っていうものがポロポロ出てくるので見逃せないです。

ファンシー絵みやげという概念に気づいた瞬間

──新しいコレクションというのは新しい視点の提案である、というのがわたしの持論なんですが、ファンシー絵みやげは突然現れたのではなく、ずっとあったわけですよね。それに誰も気づかなかった。

メロ そうですね、元々は超メジャーな存在でした。

──それに気がついた、きっかけのような出来事はあるんですか?

メロ 最初の再会はフリーマーケットです。子供の頃に身の回りにあったものは成長の過程で処分していて、その後サンリオグッズやタレントグッズを集めるようになっていたんです。ざっくり言うと、テクノが好きで、YMOからメンバーが曲を提供していたアイドルが好きになって、そこからおニャン子クラブも好きになり、そのあたりで80年代アイドルの部屋の写真とか見ると、懐かしい気持ちになるんですね。

──ああ、子供の頃に見ていたお姉ちゃんの部屋みたいだから。

メロ そういうものに興味を持って、最初はセーラーズとか、サンリオとか、あと、タレントショップのグッズとかも「昔、買ったな~」って。それで、その頃(2000年前後くらい)って、80年代がめちゃくちゃバカにされてたんですよ。「80年代を昭和レトロと呼ぶな」とか、「あんな軽薄なのは昭和の重厚な文化とはまったく関係がない」みたいな扱いを受けていて。

──ある種の人にとって切り捨てたいカルチャーなんでしょうね。

メロ 音楽もデザインも軽薄だ、とか。それが許せなくて。で、まあ、私は80年代はまだ子供だったので青春時代としては通っていませんから、お兄さんお姉さんのものとしての憧れであって、謳歌はできていない。だからこそ執着が強くて、それをなんとか大人になって追体験しようという気持ちもあって、80年代グッズを買っていたわけです。バカにされながら(笑)。

──まあ、周りは笑うでしょうね。

メロ そういうことを何年かやってきていて、2010年頃だったと思いますが、あるときフリマでファンシー絵みやげを見つけたんですよ。

──きたきたきた!

メロ 散々懐かしいものを買いまくっていたのに、目に入ってなかったのか、売ってなかったのか、わからないんですが、たまたま京都のキーホルダーを手にして「あれ? この感じ……」って思って。それがたったの10円で売られていたんですよ。

──まあ、京都のおみやげキーホルダーなんて、フリマならそんな値段ですよね。

メロ ちょうどその頃って、私がずっと追いかけてきた「80年代」が、ついにリバイバルするっていう機運があったんですね。まだバカにされていた2000年前後からおよそ10年経って、きゃりーぱみゅぱみゅさんがデビューして、原宿カワイイ文化みたいなものがちょっと注目されて、『魔法天使クリィミーマミ』とアパレルブランドのコラボが話題になったりもして。80年代、キテるぞ! っていう感覚がありました。

──「80年代、キテるぞ!」っていうのも不思議な表現ですが(笑)。

メロ ただ、個人的な目線からいくと、80年代のお洒落な要素の上澄みだけさらいやがって、みたいな気持ちもありました。こんなもんじゃない、もっと軽薄で、ダサくて、ヒドイところがあって、その空気感がいいのに、わかってないなと。そんな『クリィミーマミ』の変身後のドレスアップされたところだけ使っても違うだろう! みたいな感覚があったわけです。

──わかるなー。同じ気持ちをわたしは昭和歌謡ブームに感じるときがあります。レアグルーヴなんつって、日本の歌謡曲のいいところだけすくい取りやがって、もっとドロドロしたもんがその地下にあるぞ、という(笑)。

メロ それに対する苛立ちみたいなものがあったところに、それ(フリマのキーホルダー)を見つけて。インクの色なんか、いかにも当時っぽさが残っていて、サンリオ以上に「これだ!」って感じて。80年代サンリオの復刻とか来てるなかで、これは洗練されてないけど、いまの流れだったらアリなんじゃないか。自分はそれに近いものを追いかけてきていたのに、見えてなかった。この瞬間まで引っかからなかった。でも、それに気づいてしまった。

──メロさんがファンシー絵みやげという概念を発見した瞬間ですね。いいなー。わたしがこの連載をしようと思ったいちばんの動機が、こういう話を掘り起こすことです。

メロ とはいえ、当時の私は有名人でもないし、コレクターとして知られてるわけでもない。そんなに発信力があるわけじゃないから、これをドーン! とツイッターなんかで紹介したところで、誰にも伝わらない。

──当時はただの山下さんですもんね。

メロ だから「これだ!」とは思ったけど、そこから先どうしたらいいかがわからない。で、冷静に考えてみると、土産店であれだけ大量に売り買いされてきたものだから、もしかするとこの分野に気がついてる人もいるかもしれない。それで、ネットならこれについて何か語ってる人がいるだろうと思ったんですけど、いざ検索しようとして「これ」は何なんだと。え? 名前ナニこれ? ってなったんです。

──ああー、新ジャンルを見つけたときの名称問題!

メロ 当時、こういうものをなんて呼んでたかなあ? というか、名前で呼んですらいなかったし、呼ぶ必要性すらなかったんですよ。おみやげを買うだけなんで。

──そうですね、当時はナウの出来事だから。

カップルが描かれてることが多いのは青少年の「早く彼女が欲しい」願望のあらわれか

メロ よく、懐かし話あるあるで、ペナントなんかは話題に上るのに、これが出てこないのは名前がないからじゃないかと。で、そのときに「かわいい/お土産」とか「かわいい/キーホルダー」とか「サンリオっぽい」とか、いろんなワードで検索しまくったんですけど、ほぼ言及はなかったです。そんなことあるのかな? って思って。名前がないからみんな語り辛いっていうのもあるでしょうけど、自分があれだけ80年代を追いかけてきて、宝島社の『1980年大百科』とか、散々そういう資料本を読んできたのに出てきたことがない。

──みんなスルーしていた。無視のスルーじゃなくて、見えてないスルー。

メロ で、80年代を追いかける目線でフリマを回っていた自分の目にも入っていなかったということは、世の中の人の記憶からはもっと消えてるだろうなと思って、めちゃくちゃ恐ろしくなりました(笑)。そんなことってある? みたいな。この世界であんだけ売られていたものが、いまこうして2万点以上集めても全然ダブらないようなものが、ひとつの分野で数十万種類の商品が作られてるって凄いことなわけですよ。

──巨大な文化ですよね。

メロ 気づいたそのときはまだ俯瞰できていないので、数はわからない。ただ、あんだけ広範囲で大量に売られていたものが、そんなにあっさり消える? たかだか20~30年前のものが? 文字もあるし、写真もある、映像も個人で撮れる時代のものが、そんな簡単に消えることがあるのか、と思うと恐ろしくなりまして、これはちょっとなんとかしなきゃと思ったわけです。

──なんとかしなきゃ(笑)。謎の使命感が。

アイデンティティは「絵」にあり

──「ファンシー絵みやげ」という言葉は、どういう経緯から生まれたのでしょう?

メロ まず「ファンシー」は、いわゆるファンシーショップとかで知られる言葉ですね。ただ、ファンシーという言葉の意味はどんどん曖昧になっていて、ファンシーとは何か? がハッキリしていません。「キキとララ」みたいな淡い色(パステルカラー)のものがそうかというと、必ずしもそうではない。昔のサンリオ製品って、淡い色のものばかりとは限らないんですよ。赤とか青とか、バッキバキの原色も使われている。

──ディック・ブルーナのミッフィーちゃんもそうですもんね。

メロ そういうものがファンシーショップで売られていたわけですが、英語の「fancy」には、日本語におけるファンシーのニュアンスはないんです。元々は「幻想的」とか、「架空の」とか、あと「装飾的」とか「高級な」とか。シーチキンファンシーの「ファンシー」はそっちの意味ですからね。

──つまり、日本で一般的に使われている「ファンシー」は和製英語であると。

メロ それで、最初に定義で挙げた「実用的」というのは、ファンシーショップがまさにそれでした。実用的な文房具とか小物にキャラクターのイラストを印刷して、一個の絵からいろんな商品が作れる。だからファンシー絵みやげを置いてる土産店は、観光地にあるファンシーショップみたいなものだったんです。

──ファンシーが日本中に侵食している。

メロ そういうところで、「ファンシーみやげ」という言葉は普通にありました。街のファンシーショップの影響も受けてるから、ファンシーなおみやげであることは間違いないんです。でも「ファンシーみやげ」で検索すると、なんでもかんでもそういう呼ばれ方をしていました。手芸のカントリー調の紙粘土人形とか、ラベンダー人形とか、まあ「カントリー」って分野があるわけです。

──高原とかで売られているやつですね。

高原で売られているファンシー絵みやげはウッディなものが多い

メロ そういうのもファンシーと呼ばれていて、何がファンシーかというのは難しいんです。それで、これは私の勝手な配慮なんですけど、既存のカテゴリーを奪い去るのが怖いというか、本当は「ファンシーみやげ」のままでもよかったんですよ。でも、ファンシーみやげという言葉を使ってる人たちにとっては、急に定義を変えられてしまうことになるし、こっちからしても限定的な名称がないとヤフオクとかで探せないんです。

──探す側にとってもノイズが増える。

メロ かといって、あんまり長いネーミングにもしたくない。「ファンシーみやげ」でも十分長いですからね。だけど、変な言い換えもしたくないし。それで、集めたものを観察していくと立体物の少なさに気づいた。サンリオもそうですけど、アイテムの平面部分にイラストをプリントするというのが基本で、稀にある立体物は後からたまたま立体にしてみたものがあるだけで、基本は平面の絵なんですよ。これらは絵にアイデンティティがある。だったら、「絵」なら足しても1文字だし、漢字なら意味も伝わる。

──表意文字ですから。

メロ それで「ファンシー絵みやげ」。「えみやげ」なら「おみやげ」とのダジャレじゃなけど語呂もいい。ファンシーな絵のおみやげと思われがちですけど、ファンシーショップの売り方をしている絵のおみやげなんです。

──変換キーを押すと「みやげ」は「土産」になりがちじゃないですか。ファンシー絵みやげはそこを平仮名にしてあるのがすごくいいと思います。「カタカナ/漢字/ひらがな」という並びのバランスもいい。

メロ それもありますね。「みやげ」自体に表記ゆれ問題があって、ネットで商品を探す時に「みやげ」「土産」「おみやげ」「お土産」これらの検索結果がバラバラになるサービスがあったりするんです。もちろん出品する側がそんな配慮をしないのは当然なんですけど、これによって私は「みやげ」部分の表記ゆれに苦しんできたわけですよ。

──わはは! そんなことに苦しんできた人はなかなかいないと思います。

メロ そこではっきり決めようと考えて、平仮名にしました。で、これはもういろんな媒体に「平仮名で」って修正をお願いしてきました。

──あ、そうか。取材を受けても、記事が出来上がったときに「ファンシー絵土産」って書かれちゃうんですね。

メロ テレビのテロップとかでも、いちいち「すいません〈絵みやげ〉でお願いします」って一言入れて。これまで自分が表記ゆれで苦しんできたので、なるべく決まった表記で定着してほしいという思いがあるんです。この話をするのは、今日が初めてかもしれない(笑)。

──出版に関わる人間なら皆さん同意してくれますよ。表記の統一は大切です。

エジソンさん、ありがとう!

──ファンシー絵みやげの保護活動についても教えてください。実際どのように集めているのか。

メロ ファンシー絵みやげの存在に気づいたのがフリマだったので、最初のうちはフリマとかバザーを回っていました。ただ、そんなには出てこないんですよ。だって10円で並べておいても売れ残るようなものを、しかもキーホルダーとか重いですから、わざわざ売り物として持って来ません。

──キーホルダーが重いって、メロさんちのこの「壁」の前で言われると説得力あります。

メロさんちの「壁」。これだけ集まると相当な重量になっているはず

メロ それでもたまには出てくるので、それをちょこちょこ買い集めていました。その後、実際に観光地の土産店まで行って探すようになるんですが、あまりにも売っていません。

──いまはもうそういうものがウケる時代じゃなくなってますから。

メロ それで閉店のスピードが速すぎる。バブルの頃はめちゃくちゃ景気がいいから、息子や娘に土産店を継がせたりしたんでしょうけど、バブル崩壊後は土産店も厳しくなってきて継がせない判断をすることが増えたようです。当時、店主だった人はもう80代になっていたりします。そういう方たちがちょっと病気したり、怪我をしたりすると、店を辞めちゃうんです。

──次世代に継がせるような商売じゃなくなってきてるんですね。

メロ これはヤバイ。店が消えていくのが速くて、週末だけ保護活動に回っていたのではもう追いつかない。いまこそ気合を入れていかないと現物が失われていく! という危機感を感じたから会社を辞めて。

──すごいことをサラッと言いました!

メロ 会社勤めしながら週末だけ保護活動に出かけたのではダメなんです。なぜなら、行ったその日は店が閉まっていたりすることがあるから。土産店のある土地に一週間とか滞在して、店休していても翌日、翌々日に出直せるようにしないと。

──その決断がすごいですね。

メロ まあ、これはもういいやって。自分がやる以外ないから。

──日本全国、ほとんど回られました?

メロ そうですね、地域的にはほぼ全国行きましたが、日本を一周したら終わり、じゃないんです。2回目、3回目の訪問が意外と重要で、最初に「(アンタが探してるようなものは)ない!」って言われたとしても、しばらく経ってからまた行くと、店頭に並べてあったりするんですよ。ないって言ったじゃないですか! みたいな(笑)。「いや、アナタが帰ったあと、奥にあるのを思い出した」とか。つまり、いちど刺激を与えると相手のアンテナも張りだす。

──そうか、メロさんと関わることで相手にもファンシー絵みやげの“視点”が生まれるんですね。

メロ 2回目の訪問で出てくるってケースがけっこうあるので、最低でも日本を二周しないとならない。

──先頃、メルカリのサイトにもメロさんの記事が掲載されていましたが、そこに名セリフがありました。「文化を守れるのであれば、会社を辞めることくらいたいしたことじゃない」という(笑)。

メロ まあそれはちょっと大袈裟ですけど、でも、自分は昔から発明家や起業家のようなイノベーターになりたいという思いがありました。エジソンが好きなんですよ。彼は自分で何か価値を生み出して、それを広めた。営業の力もすごかった。電球を発明したときに、電球をつけた台車か何かで街を練り歩いて宣伝をしたらしいんですね。つまり発明するだけではなく、世に広めるところの力まで備えていた。エジソンすごいな、歴史に名も残ってるし、いまめっちゃ便利だし、エジソンさんありがとう! って思うわけですよ。明るいし。

──明るいし(笑)。

メロ エジソンだって人間だから、自分にもできるだろうという感覚なんですよ。育ってきた環境は違うけど、同じ人間なんだから不可能ではない。で、ファンシー絵みやげを見つけたとき、当時はそんな確信はありませんが、ひとつのチャンスではあると感じました。自分のやったことで人が懐かしい思い出に再会できたり、そういった人の役に立つことにトライできるチャンスだと。民俗学的に資料性も高いし、これを残すことでバブル時代の空気感も伝えられるし、何らかの意義はある。会社員としての生活を続けるより、このことにチャレンジする価値の方が高いと思ったんです。

──おおお……。メロさんの本気度に震えております。

メロ なので、自分の見立てでは、ファンシー絵みやげが何十万点あったとしても、全国にみやげもの屋が何千万店あったとしても、それにかかる費用は何兆円もいらないんですよ。いま現時点では一千万円くらいは使ってると思うんですけど、最終的に何億まではいかないだろうと。

──アートや骨董を集めるのとはワケが違いますからね。

メロ たとえばいろんな研究って、国から予算をもらって、そこそこのお金をかけて何百人とかでやらないといけないものが多いなかで、ファンシー絵みやげの保護活動は一人の力でなんとかなる。そう思ったら、やはりこれはトライすべきなんです。

──人生にそんなチャンス、なかなかないですもんね。

メロ だから、とりあえず収益化の見込みが立たなくても、勝負をかけていいんじゃないか。収入につながらなくても、その文化を守れることの価値を考えたら、肉体労働でもなんでもやれるなって思ったんですね。

──ぼくがメロさんと初めて会ったときに驚いたのは、そのファンションスタイルですよ。つまり、先ほどおっしゃっていた、エジソンが自分で宣伝して歩いていた、ということにも通ずると思うんですが、まず自分自身が目を惹くような格好をしている。それは意図したものでしょう?

メロ そうですね、まあ半々です。

世田谷ボロ市で偶然見かけたメロさん。遠くからでも「あ、いた!」ってすぐわかる(撮影:とみさわ昭仁)

──いまメロさんが様々なメディアで引っ張りだこなのは、当然コレクションの凄さもあるんですが、本人が画(え)になるからだと思うんです。いい意味でも、悪い意味でも(笑)。

メロ ありがたいことですよ。

──そうなることまでは狙ってなかった?

メロ 狙ってなくはないんですけど、学術的価値があるからって、スーツを着て真面目な話をするのは違うなと思ってました。一般の人が「わあ、懐かしい!」って飛びついてくれることが大事で、小難しい話は後でもいいんです。入り口はなるべくポップな感じにしておきたい。

ファンシー絵みやげの三重苦

──集めたグッズをひとつひとつ分析していくには、当然ながらいろんな知識を必要とするじゃないですか。その蓄積がすごいなと思います。学究肌というか。

メロ 元々そういう知識を得るのが好きなんですよ。だから小説を読むときなんかは、わからない言葉を全部メモします。若いときに夏目漱石や三島由紀夫を読んだんですが、もうホントに進まない。「この言葉、知らない」っていちいち引っかかって、それをすべてメモして。文脈でだいたいの意味はわかるけど、ちゃんと辞書に書いてある意味を知りたいという欲求が抑えられないんです。

──正確な意味を知りたくなってしまう。

メロ 意味だけでなく、用例とかも知りたいんです。ネットの辞書なんかだと類義語もわかるんで、そういうのをいちいち見てるから全然ページが進まない。これはネットサーフィンあるあるですけど、枝分かれしていろいろ調べちゃうのがあるじゃないですか。

──Wikipediaなんか見てるとそうなりますね。関連する項目をたどってどんどん遠いところへ行っちゃう。

メロ これは知識欲という自分の欲望に飲まれてるだけなんですが、ただ、地理とか歴史とかはそんなに好きなわけではなかったんですよ。学校レベル以上のものまでは追いかけるつもりはない。あくまでも言葉だけ。ただ、ファンシー絵みやげを集め始めてみると、日本国内の地理を知らないとどうしようもない。「なぜこの風景なんですか?」とか、「なぜこの武将がいて、この格好なんですか?」とか、それは地理や歴史を知らなければ理解できません。

──偉人、景勝、名産品、そういうものを知っておかないと、そのファンシー絵みやげの意味を読み解けませんね。

メロ 必要があって実際に現地を回り、結果的に地理に詳しくなったというのもありますが。

──『桃鉄』で地理を覚えましたっていう人は多いですけど、いずれはファンシー絵みやげで地理を覚えました、っていう人が出てくるかもしれませんね(笑)。

メロ ただ、これは参入障壁がめちゃくちゃ高いです。可愛いのを一個か二個メルカリで買いますとか、フリマで買いますとかならいいんですけど、網羅的に集めるのは普通の人には無理。実際、保護活動で現地を回ると埃まみれになって、下から引きずり出した段ボールの奥からで出てくるみたいな感じだったり、店のおじいちゃんおばあちゃんの雑談にひたすら付き合って、仲良くなって、そのついでにようやく奥から出してもらえるとか、めちゃくちゃ大変。これがライバルの出現しない理由のひとつ。

──お金もかかるけど、それ以上に時間と手間がかかるわけですね。

メロ 本当はもっとみんな気軽に楽しんでほしいんです。ファンシー絵みやげって言葉が浸透して、ヤフオクとかメルカリで誰もがポンポン買えるようになればいいなと。で、これ悔しいんですけど、現地に売ってるものって売れ残りなんですよ。30年間ずっと買われなかったものだから、良くないんです。

──そうか、本当にデザインのいいものは当時すでに買われてるわけだから。

メロ いまだに売れ残ってるものはデザインが良くないし、錆びてたり状態が悪いし、なのに定価だったりして高い。これを「ファンシー絵みやげの三重苦」と呼んでます。

──わははは(笑)。「良くない」「錆びてる」「いまだに定価」。

売れ残った状態を商品陳列用の什器ごと保護。埃かぶってるうえに、錆びてます!

メロ それを買ってるんですよ。交通費を何万円もかけてようやく1個買えたり、何万円もかけたのに収穫ゼロなんてこともある。だからめちゃくちゃ大変なんですけど、まあ、自分の活動の影響でみんなが苦労せずにメルカリとかで買えるようになったら、参入障壁も下がるのかなと思います。もっと可愛いのがいっぱい出てくるといいなと。

──いやあ、すごい話だ。コレクターに取材するときは「子供の頃からコレクション癖がありました?」って必ず聞くようにしてるんですが、そういうこととは次元の違う活動ですね。

メロ でも、昔から変わらないのは、私は人と違うものばかり集めているということ。幼稚園の頃は行き帰りにネジとか拾って、玄関に置いた植木鉢に入れていた。何の意味もないんですけどね。ビックリマンシールが流行ったときは、周りのみんなはヘッド(※当たりのキラキラシール)を欲しがるんですけど、私はそれじゃなくて、悪魔をいっぱい集めようとしたり。

──悪魔は子供的にはハズレですよね。

メロ だからヘッド1枚と悪魔を30枚のトレードとかして、人が見向きもしない悪魔だけひたすら集める。同じようなことをカードダスでもやってました。みんなが武者ガンダムを集めてるときに、もう古くなった第1弾をコンプリートしようとしたり、とにかく小学生の頃から人が集めてないものを集める性質がありましたね。

──そうなった理由って何かあるんでしょうか?

メロ これは話が長くなるんですが、早生まれのせいだと思ってます。ざっくり言いますよ。私は誕生日が3月29日で、早生まれは子供の頃からいろいろな面で理不尽に負けるんです。

──そうか、同じ学年でも4月2日生まれの子とは約1年の体格差、能力差がありますもんね。

メロ 子供時代の1年間の差はでかいです。海外だとプロのサッカー選手はほぼ4月生まれ。日本の統計でも、野球選手は4月生まれから順に少なくなっていく。つまり遅生まれで自信満々に勝ち続けてきた人がプロのアスリートになっていく。早生まれの自分は、幼稚園の頃からすでに理不尽に負け続け、授業とかも何をやってるのかわからないまま過ごして、競争が嫌になった。

──わたしは8月なので早生まれではありませんが、わりと負け続けの幼少期だったので競争が嫌いなのは同じです(笑)。

メロ その結果、人がやってないことだけをやろうと、ずっと思っていて。ファンシー絵みやげもライバルがいたらわざわざやらないです。「あいつにあれを買われた!」とか、そんなの意味ないじゃないですか。だから、いわゆるブルーオーシャン戦略ですよね。

──手つかずの海で泳ぐ。

メロ 人がいない分野、誰も集めていないところを集める。それは早生まれのせいだと思っていて、人と争わない活動をする、というのを重要視してます。

CD保護マットで描く日本地図

──メロさんはファンシー絵みやげの他にも、平成レトロなアイテムをいろいろ集めてますよね。そのなかでもわたしが気になるのは「CDケースの保護マット」です。それを見せていただけますか?

メロ この箱の中なんですけど……。

保護マットと言いつつ、実際にはこのマットが経年劣化や加水分解でCDの盤面にダメージを与えるという説もあり、ブームとは無関係に自然消滅していった。

──うわー、こんなにあるの!? 以前、ツイッターで「これは集めるの大変」と言ってたから、4~5枚でもあれば絵になるかと思っていたんですが、箱にギッシリあるじゃないですか!

メロ ハードオフとかに行って、中古CDのプラケースをひとつひとつ開けてみないとあるかどうかわからないですからね。

──これ、説明が必要だと思うんですけど、ようするにCDをプラケースに収めるときに、盤面が傷つかないよう保護するためのマットなんですね。市販もされてましたが、レコード店が店名入りのものを作ってお客様へのサービスで付けてくれたりもしました。

メロ これは平成レトロを保護するという意味もあるんですけど、そのほかに地域性も重要なんです。いまレコード店やCDショップが消えつつあるなか、その記憶が形になって残っている。たとえばこの「YOU」というロゴが描かれてるのはCDショップなんですけど、一緒に電話番号も書いてあって、なんとなく場所がわかります。こういう個人経営の小さなCDショップって、どんどんなくなっていますよね?

──配信か、アナログか、という二極化になってきて、物理メディアを売る店で生き残っているのは一部の中古ショップと大手チェーンだけですね。

メロ 自分はシングルがミリオンヒットする時代に小・中学生だったので、話題曲の発売日になると、みんなショップへ行くわけですよ。この保護マットを見ると、そうした時代のことを思い出せるんですね。ショップはもうなくなっていても、このマットに当時の看板のロゴがそのまま使われていると、思い出すトリガーになります。その土地で暮らしていない私は「Tammieって何?」って思うんだけど、地元の人は「あーっ!」ってなる。

──「あそこでTM NETWORKのCD買ったなー」とか。

メロ レコードを入れる袋(ショッパー)なんかは捨てられがちですが、保護マットは中古CDに挟まってるから意外と現存してる。ただ、袋はほとんどの店が自前のものを作っていたけど、マットは作ってない店も多いんですね。

──だからすべての店を網羅できるわけではない。

メロ そうなんですが、でも全国にわたって存在しているのは確かなので、これで日本地図を描くことはやってみたいです。

──あはは、それいいですね。

メロ 自分はまったく懐かしさを感じ取れなくても、それぞれの地域の人が見ると「あったあった!」って盛り上がれる。私の例で言えば、埼玉県の加須市に「コメット」って店があって、当時私はチャゲ&飛鳥を応援してたんですけど、彼らの『YAH YAH YAH』がWANDSの『時の扉』とほぼ同時期の発売だったんですね。それで、『YAH YAH YAH』は『夢の番人』と両A面だから1200円するのに、『時の扉』は1000円で少し安かった。私はどうしてもチャゲアスに1位になってほしかったので、学校が終わったらコメットに行って、WANDSかチャゲアスか迷ってる人に「差額の200円をあげるからチャゲアス買おうぜ」っていう活動をしてた。

──すごいな、ファンの鑑だ(笑)。レコード店やCDショップって、多感な時期にこそ行きがちな場所だから、それぞれにそういう思い出があるんでしょうね。大きな壁にこの保護マットをペタペタ貼り付けて日本地図を描く展示、いつか実現させてください!

コレクションのゴールはどこにある?

──ファンシー絵みやげの蒐集活動に対して、メロさんはかなり早い段階から「保護」という言葉を使っていましたね。

メロ そうです。文化を守ろう、みたいな感覚ですから。最初は「誰か協力者が出てこないかな?」とか、どこかで同じことをやってる人がいたらその人に渡してもいい、という気持ちもあったんです。でも、どうやらいないみたいだし、結局こういうのって人に期待しても無駄だなと思って、これはもう気づいた人の責任としてゴールまで蹴り込むしかないと。

──わははは、ゴールまで独走で。

メロ 誰にもパスせずに、誰からガードされることもなく、ピッチの端からゴールまで突っ走って、自分で蹴り込むしかないぞと(笑)。もちろん、こういうものが好きなことは間違いないんですけど、なんか「集めたい」という気持ちとはちょっと違うんですよ。

──使命感、もしくは義務感ですかね。

メロ だから、同じ方向を向いてる人がいたら、自分はじゃあキーホルダーだけとか、湯のみだけ集めますとか言えるんですが、そういう人がいない以上、自分で全部やるしかない。

──それは大変だ。ゴールは大きいけど、フィールドも広いー。

メロ でも、まあ、『ファンシー絵みやげ大百科』という本を出版できたし、それなりに認知度も高まったので、振り返るとまあまあ良かったというか、大変だったけど良かったですよ。

かつて喫茶店でよく見かけた星座占い器。メロさんの部屋では時空が歪んでいる

──ご家族、とくに7つ上のお姉さんは、いまのメロさんの活動とか、テレビにも平成レトロファッションで出演してるわけじゃないですか。それを見てどう思ってるんでしょう?

メロ どう思われてるんですかねえ(笑)。「テレビ見たよ、すごいじゃん」とか言われますが、それくらいですよ。詳しく追求すれば教えてくれるかもしれないけど、いまだ聞いたことはないです。

──ぼくは「山下メロ」さんそのものが、いつかファンシーなキャラクターとして作られたらいいなあと勝手に思ってるんです。つまり、このコレクションの終わりはどこにある? って話なんですけど、この分野って終わりがなさそうじゃないですか。

メロ 果てしないですねえ。全体のうち、まだ10分の1も集めていない気がします。

──先ほど「一人でゴールに蹴りこむ」とおっしゃいましたが、そのゴールはどこにあると思います?

メロ いちおう自分の中では設定しているゴールがあって、それは大英博物館に入れること。

──うわー、大きく出た!

メロ 全部じゃなくてもいんですよ。大英博物館に民俗学の資料として展示されたら、それがゴール。私はエドワード・モース(※1938~1925 アメリカの動物学者。日本の人類学、考古学の基礎を築いたと言われる)にとても親近感を覚えていて、あの人は江戸時代に捨てられた下駄とかのゴミを民俗学資料として大英博物館に収蔵させてるんです。

──そうか、ファンシー絵みやげだってその時代の風俗を示す遺産ですからね。

このゴミ箱だけでも大英博物館に入ってしかるべき国宝級の逸品だと思います!

メロ 周りからは「そんなゴミ集めて」とか散々言われるわけですよ。でも、そんなゴミやガラクタが大英博物館に入った前例があるのなら、ファンシー絵みやげだってあり得ないことじゃない。でも、いちばんの問題は「どのようにして?」なんですね。

──たしかに。

メロ 思いっきりゴールに蹴り込みたいとは思ってるけど、大英博物館にコネをのある人物を探すとか、具体的な動きはまだしていません。でも、それをゴールに設定しておくのは意味のあることだと思っています。

編集氏 大英博物館には、日本の文化をいろいろ気にしてるキュレーターがいますね。一時、『聖☆おにいさん』が展示されてたことがあるんです。だから、あながち無理な話ではないと思いますよ。

──それくらい夢は大きく持っていた方がおもしろいです!

(取材後記)
メロさんと初めてお会いしたのは、いまから5年前。とある業界のパーティーだった。そのときすでにメロさんは全身を平成レトロファッションでキメていて、会場でも超絶目立っていた。いつか彼のコレクションを取材させてもらおうと思っていたが、ぼくが手を貸すまでもなく、メロさんは平成レトロ研究家としてどんどん活動の幅を広げていった。すっかり有名になった「ファンシー絵みやげ」だけど、今回、その発見の瞬間を伺えたのが最大の収穫だった。

(この連載は、毎月第1金曜日の更新となります。次回は1月7日の予定です。どうぞお楽しみに!)

  • 取材・文とみさわ昭仁

    コレクションに取り憑かれる人々の生態を研究し続ける、自称プロコレクター。『底抜け!大リーグカードの世界』(彩流社)、『人喰い映画祭』(辰巳出版)、『無限の本棚』(筑摩書房)、『レコード越しの戦後史』(P-VINE)など、著書もコレクションにまつわるものばかり。

  • 撮影村田克己

Photo Gallery15

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事