映画『旅するダンボール』が泣ける! アーティスト島津冬樹の魅力 | FRIDAYデジタル

映画『旅するダンボール』が泣ける! アーティスト島津冬樹の魅力

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世界中を渡り歩き、路地裏やゴミ置場に捨てられている段ボールを拾い続けて11年。“中身を出したら必要ないもの”に無償の愛を注ぎ続ける男がいる。島津冬樹さん。いま国内外から注目を浴びる「段ボールアーティスト」だ。

この冬、彼の活動を追ったドキュメンタリー映画『旅するダンボール』が全国で公開される。そこには、拾い集めた段ボールを財布へと甦らせ、不要なものを価値あるものへとアップサイクルする島津さんの姿が映し出されている。“段ボール愛”が嵩じて、その生き方が映画化までされるーー。島津冬樹さんとは、一体どんな人物なのか?

1ヵ月で30~40箱ペースで拾い集めているという段ボール。自宅では、レコードを並べるようにきれいに整頓し、いつでも取り出して眺めることができるという。ただ物として“溜め込む”のではなく、ひとつひとつの作品として丁寧に扱う保管方法から、島津さんの“段ボール愛”がひしひしと伝わってくる。

段ボールを拾い始めたのは大学生の頃だが、それ以前にもさまざまな“モノ”にハマっては、コレクションしてきたという。なんと収集癖の前兆は幼稚園の頃から。

「海の近く(神奈川県藤沢市)で生まれ育ったのですが、幼稚園の頃、砂浜で貝がらを拾うようになったのが、コレクターとしての始まりでした。そして、それがどんな貝なのかを図鑑で調べたり、標本を作ったり……ただ拾うだけじゃなく、モノの本質を探りその記録をアーカイブすることが好きでしたね。『分からないことは、まず自分で調べなさい』そう両親に言われ続けてきたのもあると思います」

貝がら収集を皮切りに、成長とともに飛行機、百合の花、きのこ……etc.ジャンル問わずあらゆるものを取り憑かれたように収集し、その魅力にひとり没頭した。興味を持ったら最後、とことん調べるまで気が済まない島津さんは、中学生の頃、本気でマジシャンとなるために手品を独学で学び、鎌倉芸術館のステージでマジックを披露した経験も。

そんな島津さんだが、高校3年生になった頃のある日、自販機で缶コーヒーを買おうとした際、そのパッケージデザインに目を奪われた。当時から絵を描くことが好きだった島津さんは、自分がデザインした缶コーヒーを、日本中の人たちが飲んでいる姿を妄想し、そこに強い浪漫を感じたという。それから、グラフィックデザイナーになるために予備校へ通い多摩美術大学へ入学。希望の学科には入れなかったが、情報デザイン学科で4年間グラフィックデザインを学ぶことになった。

1年生の頃だった。あるとき、空間デザインの模型を作る課題が出された。それには加工がしやすい段ボールが必要だと思い、地元のスーパーにある使用済み段ボールが置かれたコーナーへ走った。そこは、以前から「おしゃれな段ボールがあるな」と目をつけていた場所だ。いくつか気になる段ボールを見繕って持って帰ったその日から、島津さんの“段ボール人生”が始まった。

島津さんの中でお気に入りを決める“ベスト段ボール賞”を贈るならこの2つ。 左・難民キャンプや戦場でしか見ることのできない「シリア赤十字社の赤新月」 というシリアを人道支援する団体の支援物資用の段ボール。なぜかブルガリアの首都ソフィアに落ちていたそう。右イスラエル・テルアビブで拾ったコカ・コーラの段ボール。海外で拾ったものは二度と手に入らないので、財布にできず手元に置いてあるという
島津さんの中でお気に入りを決める“ベスト段ボール賞”を贈るならこの2つ。 左・難民キャンプや戦場でしか見ることのできない「シリア赤十字社の赤新月」 というシリアを人道支援する団体の支援物資用の段ボール。なぜかブルガリアの首都ソフィアに落ちていたそう。右イスラエル・テルアビブで拾ったコカ・コーラの段ボール。海外で拾ったものは二度と手に入らないので、財布にできず手元に置いてあるという

「ちょうどそのとき、ボロボロの財布を使っていて。買い替えるにもお金がないので、革を買ってきて自分で作ってみたんです。でも、どうもミシンがうまく使えず。それなら、段ボールはどうか? 小さい頃、よく作っていた紙飛行機のように折って貼るだけだし、できるんじゃないかと思ったんですよね」

とはいえ、段ボールで財布を作るなんて、そう簡単にいくわけがない。縫うことができないため、強度はボンドがすべて。そのためには、紙の“流れ目”が重要ということも、何度も失敗を繰り返すうちに気づき、少しずつ完成度を高めていった。それからすぐに、大学の芸術祭で1つ500円で販売したところ、なんと初日に20個すべてが完売。翌日のために慌てて追加で10個作ったが、それもまた完売。今まで誰も見たことのなかった“段ボールでできた財布”の存在は、瞬く間に広まっていった。

左から順に・コストコ、カルフォルニアのレモンメーカー、イタリアの炭酸水、サンペレグリノのもの。真ん中は、島津さんが実際に愛用しているお気に入りだ。素材は、つるつるしたものより、ざらっとした手触りの素材のものだと糊がつきやすくて重宝するそう
左から順に・コストコ、カルフォルニアのレモンメーカー、イタリアの炭酸水、サンペレグリノのもの。真ん中は、島津さんが実際に愛用しているお気に入りだ。素材は、つるつるしたものより、ざらっとした手触りの素材のものだと糊がつきやすくて重宝するそう

“段ボールでできた財布”を、周りが放っておくわけはなかった

「このプロジェクトを『Carton(カルトン http://carton-f.com/collection)』と名付け、自身のブログやフリーマケットでも販売していくうちに、少しずつですが、いろんな方々に声をかけていただけるようになって。アパレルブランド「ビームス」とのコラボ作品を制作したり、台湾のアートフェスやフランスのアートイベントで作品を展示するなど、素晴らしい機会に恵まれました」

“要らないもの”として、道端に捨てられていた段ボールが、“価値あるもの”として生まれ変わり、国内外でじわじわと注目を浴び始めた頃、島津さんはまだ大学3年生だった。段ボールアーティストとして食べていくつもりでいるが、就職はどうしよう。先生に相談したところ、「クリエイティブというものがどのようにして動いているのか、一度みてみるのもいい」と言われ、超難関と呼ばれる大手広告代理店に入社。そこでアートディレクターとして3年半勤務することになった。

「いずれは段ボールアーティストとして生きていく。そのために、最初から3年で辞めるつもりで入社しました。結局3年半いたのですが、有言実行を貫くため、あえてプレッシャーをかけるように、上司や同僚にはもちろん、両親にもそのことは言っていましたね。この会社にいれば、経験とともに給料も上がり、どんどん居心地がよくなって、動けなくなることが怖かったんです」

社会人として会社勤めが始まっても、段ボールアーティストとして財布作りは続けていた島津さん。とはいえ、広告業界の中でも、アートディレクターとなると作業は0時をまわることも多く、拘束時間はかなり長い。今までのように暇さえあれば段ボールを探し歩き、時間を見つけては財布作りに没頭する、ということができない。そのフラストレーションをどう回避していたのだろうか?

「これがないと財布は作れない」という愛用の工具たち。段ボールをつぶすために使うポンチ、カッター、大学時代から使っているフィンランド産のはさみ、段ボールを折るときに使う三角定規に、糊が乾くまで固定する大型クリップ
「これがないと財布は作れない」という愛用の工具たち。段ボールをつぶすために使うポンチ、カッター、大学時代から使っているフィンランド産のはさみ、段ボールを折るときに使う三角定規に、糊が乾くまで固定する大型クリップ

「いつも、『早く家に帰って作業(財布作り)がしたい』と思っていましたよ。たまに早く終わったときは、築地市場に段ボールを探しに出かけたり。段ボールとの出会いはまさに一期一会。『これだ!』というものがいつ見つかるか分からないし、破棄されてしまったらそこで終わり。上司とクライアント先へ行く道中にもかかわらず道端に落ちてる段ボールを拾ったことがあり、さすがに『仕事より段ボールの方が大事なのか!?』とびっくりされましたけどね(笑)」

アートディレクターと段ボールアーティストという二足のわらじをはきながら、あっという間に3年半が過ぎた。「予定では、段ボールアーティストとして、もう少し地に足がついているはずだったんですが、全然ダメでした」。29歳での独立、しかもフリーランスになったと同時にデザイナーとして食べていけるわけでもない。元同僚からデザインの仕事を少しもらえる程度だった。かなり勇気のいる決断だったはずだが、島津さんはさらなる大きな決断をくだそうとしていた。

学生時代に作ったという自身の作品を載せたポートフォリオ。デザイナー志望なだけあり、写真やレイアウトデザイン、どちらもクオリティの高さに圧倒される
学生時代に作ったという自身の作品を載せたポートフォリオ。デザイナー志望なだけあり、写真やレイアウトデザイン、どちらもクオリティの高さに圧倒される
世界30ヵ国を旅した際に撮りためていた段ボールの写真集。街角に捨てられた段ボールと、そこで暮らす人々。現実を映し出すリアルな光景には、心をぐっと惹きつけられるような強いパワーがある
世界30ヵ国を旅した際に撮りためていた段ボールの写真集。街角に捨てられた段ボールと、そこで暮らす人々。現実を映し出すリアルな光景には、心をぐっと惹きつけられるような強いパワーがある

「実は、退職した年に結婚したんですよ。彼女のご両親に『会社を辞めました。そして、結婚させてください』と言うつもりでした(笑)。でも、ご両親は僕のHPをみて辞めたことはどうやら知っていたようで。以前から財布作りのワークショップにも足を運び、応援してくださっていたので、結婚も快く承諾してくれました」

そう、島津さんの魅力はこういうところなのだ。財布作りをはじめた学生時代、フリーマーケットやアートイベントをはじめ、各方面から声がかかったり、独立後も前職の同僚から仕事が回ってきたり、関わる人たちみんなが島津さんを素直に応援したくなる。本人は「ないと思っていた」というけれど、こんなにも周りを巻き込むパワーを持っている人はそうそういない。つい心をゆるしてしまいそうな親しみやすさがその理由なのか。なにより、“クリエイター”にありがちな、妙な“近寄りがたさ”が島津さんには全くもってないのだ。

どんな問いにも穏やかに、安定したトーンで答えてくれる島津さんに、お決まりの質問を投げかけてみた。段ボールの魅力とは?

「たくさんあるのですが、いちばんは“儚さ”でしょうか。海を越え、色んな人に触られ、マジックで乱暴に文字を描かれ、遠くの国からはるばるやってきたのに、中身を出したら潰して捨てられて、はいおしまい。何十日も何ヵ月もかけて運ばれてきた段ボールに対して、あまりにもひどい扱いですよね。そして、段ボールの擦り切れた底には物語があります。出荷元の土がかすかに残っていて、層には空気が入っている。嗅ぐと心なしかその土地の匂いがするんです」

普段なかなか目を向けることのない段ボール。「次は、財布作りで余った段ボールの端材を使ったクッションなど、部屋のインテリアに溶け込むような段ボール雑貨を作りたいです」。街に捨てられている“不要物”からから引き出した島津さんの可能性は、まだまだ広がり続けている。自分にとって“価値あるもの”とは、意外と身近にあふれているのかもしれない。

島津冬樹 段ボールアーティスト・グラフィックデザイナー 1987年神奈川県生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科卒業。2009年より段ボールで財布を作るプロジェクト「Carton」を立ち上げる。その後、広告代理店でアートディレクターを経験したのち独立。現在は、段ボールアーティストとして国内外での展示やワークショップを開催。デザイナーとしても活動を続けている。2018年12月には自身のドキュメンタリー映画「旅するダンボール」が公開される。

取材・文:大森奈奈 撮影:田中祐介

12月7日公開! 映画『旅するダンボール』公式サイトはコチラ

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