懲役8年…裁判で見えた「ノコギリ惨殺老婦」の複雑すぎる家庭事情 | FRIDAYデジタル

懲役8年…裁判で見えた「ノコギリ惨殺老婦」の複雑すぎる家庭事情

76歳妻は、なぜ83歳夫を殺すことを決意したのか

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丸洋子被告の自宅。長男の証言では「事件前にノコギリで木を切り出した」。夫殺害のために、庭にあるこの木を切っていたのだろうか(撮影:高橋ユキ)
丸洋子被告の自宅。長男の証言では「事件前にノコギリで木を切り出した」。夫殺害のために、庭にあるこの木を切っていたのだろうか(撮影:高橋ユキ)

自宅で夫の首をのこぎりで切り殺害したとして殺人罪に問われていた妻の裁判員裁判で、横浜地裁(景山太郎裁判長)は9月17日、懲役8年の判決を言い渡した(求刑懲役12年)。

判決などによると丸洋子被告は今年の3月5日午前、茅ヶ崎市の自宅において夫の寿雄さん(83=当時)の首をのこぎりで切り付け失血死させた。事件の悲惨さの背景を追っていくと、どの夫婦にも、そしてどの家族にも起こり得る事情が浮かび上がってくる。

被告は公判中、床に倒れてしまった

同月8日の初公判。乱れたグレイヘアに、銀縁眼鏡、薄緑色の半袖ブラウスと黒いパンツという服装の丸被告は、ヨロヨロとした足取りで弁護人席の前にある長椅子に座った。

罪状認否で裁判長に「公訴事実にどこか違っているところはありましたか」と問われ、首を横に振りながら、かぼそい声で「いいえ」と答える。夫に馬乗りになり、その首を切ったという行為が結びつかないほど弱々しい。

罪状認否で起訴状の内容を認めており、争点は量刑のみ。ところが公判はスムーズには進まなかった。最初は静かだった丸被告が、途中から、ほぼ無言ながら身体全体を動かし、音を立て始めたのである。

様子が変わったのは、双方の冒頭陳述が終わり、休廷を挟んだのち法廷に再び現れてからだ。椅子に座った被告は両手を組んで背中を丸め、また背中を起こし、自分の額を手のひらで何度も叩く。そしてまた、背中を丸めて、起こし……を繰り返す。その途中で勢いがつき、背中を丸めるタイミングで床に倒れ込んでしまった。

職員に抱えられて一旦、法廷の外に連れられてゆく。再開予定時刻を約10分過ぎたところで法廷に現れた被告は、左にヨロヨロ、右にヨロヨロと、歩くことすらおぼつかなくなっていた。不穏な空気漂う中、検察官による証拠書類の読み上げが始まったが、現場の状況を示す証拠が法廷の大型モニターに映し出されたころから、再び被告が、前後左右に体を動かし始めたのだ。時折唸り声をあげながら、手のひらで額をパチンパチンと叩いたり、縦に横にとゆっくり首を振ることを繰り返した。

「まーるさん、何か言いたいんですか?」

裁判長がそう問いかけても、被告は何も答えず、その代わりか、手のひらで自身の頭をペチンペチンと叩き続けながら、今度は足を踏み鳴らし始めた。

「まーるさん、やめてください」

裁判長がたびたび呼びかけても、何も言わない被告だが、体を揺らしながら足踏みをしたり、頭を叩く行為はやめない。再び休廷を挟んだが、その後は「できない〜、できないよ〜、できないよ〜」と小さな声で繰り返しながらバタバタと足を踏み鳴らす。こうした行為により、丸被告は退廷させられ、被告人不在で審理が行われた。翌日も被告人質問まで、丸被告の姿は法廷になかった。

被告の行為の理由が判然としないまま続けられた審理によれば、丸被告は事件当時、夫の寿雄さんについて強い嫌悪感を抱いていたという。それは寿雄さんの長年の行い、そして生活態度にあった。

被告は寿雄さんと1970年に見合い結婚し、長女、長男を出産する。長女が結婚し、独立したのちの1998年に一旦離婚。長男と寿雄さんふたりが自宅を出てアパート住まいをしていたが、2005年に再婚し、自宅に戻った長男と寿雄さんと3人で暮らしていた。だが「寿雄さんは当時、ほぼ1日、1階の六畳和室に引きこもる生活」(検察側冒頭陳述より)だったという。

さらには「長年風呂に入らず、部屋を出るのはトイレの時だけ、長男や被告人が渡すパンやおにぎりなどの軽食を食べ生活していた」と、自宅にいながら完全な引きこもり生活を送っていたことが明らかになった。

「昼食はコッペパンとアイスクリーム、夕食は買いだめしていたオニギリを渡すだけでした。着替えは、1年に一回、パジャマ着替えてました。『着替えて』って言って渡して、着替える」(証人尋問での長男の証言)

証拠として大型モニターに映し出された現場の六畳和室は、扉の障子がビリビリに破れ、また寿雄さんの吸っていたタバコのためか、それとも風呂に長年入っていなかったためか、黄ばんでいた。寿雄さんの髪は腰付近まで伸びていたと長男は証言する。

そんな寿雄さんに対して丸被告は「若い頃に家計にお金を十分に入れなかったことや、家事育児を一切しなかったことを恨みに思っており、その悪臭や生活態度に強い嫌悪感を抱いていた」(検察側冒頭陳述)ために、恨みつらみをノートに書き綴る毎日を送っていたのだという。

「のこぎりで滅多切り 3/5 決めた」

精神疾患のある長男は通院日の午前中が不在になる。次の通院予定日に決行することを決め、こうノートに書き記した。丸被告は、以前、両手を骨折したためか、包丁を使わなくなり、自宅にある刃物は、ハサミとノコギリだけだった。その日に備えたのか「事件前にノコギリで木を切りだした」(長男の証言)という。

そして当日。長男が車で病院に出かけたのを見計らい、玄関に置いてあったノコギリを手に取り、六畳和室へ。仰向けに寝転んでいた寿雄さんに馬乗りになり、頭部や顔面を切り付けはじめる。寿雄さんに抵抗され、もみ合いになりながらも、首元を3回程度切り付けた。その後も馬乗りになり、息を吹き返さないか確認し続けたという。

親の手が必要な子と、1人では生きられない夫

「滅多切りした、成功」

丸被告からのそんなメールが二通、携帯に届いていたことに長女が気づいたのは、その日の夕方。友人とコストコで買い物をしている最中だった。友人の運転で慌てて実家に駆けつけた長女に促され、被告自ら110番通報したのだった。長女は事件2日前、丸被告からリュックを渡されており、その中には通帳や土地の権利書などが入っていた。

さて被告は法廷では足を踏み鳴らすなどの行為を繰り返し、またその理由も話すことはなかったが、逮捕後の取り調べにおいては、事件を起こした理由を詳細に語っている。

「夫の寿雄を殺しました。今の気持ちはほっとしたという感じです。力で負ける女の自分は夫を殺せるか分からなかった。殺すことができてほっとしている。
見合い結婚したが、好きだと思ったことは一度もない。暴力振るうところが一番嫌いでした。顔を殴られたことは3回あります。それ以外にも、殴られそうになったり、ものを投げられたことは何度もあります。

他にも嫌いなのは、お金をくれないところです。工場勤めだった寿雄は、結婚3ヶ月後から、給与を渡さなくなり、最初のボーナスもくれませんでした。給与はほとんど酒やパチンコなどの遊びに使っていた。私は働き詰めで家計を支え、子供を育ててきました」(丸被告の調書より)

その後、一度は離婚したが、寿雄さんは酒による栄養失調で入院し、退院後は一時介護が必要な状態になった。オムツを替えるなど元夫の介護を行いながら「長男に介護は無理、娘にもやらせるわけにはいかない」と、復縁を決意したのだという。

「夫の嫌なところは他にもある、それは臭いです。17年以上風呂に入っておらず、結婚後、一度も歯磨きをしていない。食事やトイレで和室の扉を開けた時に耐えられない悪臭がする。マスクをしたり、息を止めていても、夏場の臭いは半端なものではない」(同)

そして事件の数ヶ月前。

「杖をついて外を歩いているとき、急にフラッとよろけて動けなくなりました。あとから息子に地震があったと聞きましたが、少しの揺れでもバランスを崩す。体力が落ちていると思った。私には寿雄と結婚した責任がある。子供に迷惑をかけるわけにはいかない。だから夫を殺そうと思った。誰にも言っていない」(同)

丸被告は、9日の被告人質問になり、ようやく4人の職員に連れられ法廷に現れたが、足踏みだけでなく、証言台を手のひらでバンバンと叩く行為を繰り返した。だが裁判長による根気強い問いかけにより「分からない」と小声で答えたり、また首を縦や横に振ることで意思を示すようになっていた。

裁判長「今現在、辛いですか?」
丸被告「………」
裁判長「辛いですね、何が辛い?」
丸被告「全部」
裁判長「娘さんや息子さんに、あなたがしたことで影響が及ぶと思いますか?」
丸被告「思います」
裁判長「そのことも、辛いことの中に入ってる?」

裁判長の問いかけに被告はうなずいていた。このように若干の意思表示がみられるようにはなったが、判決では、被告の態度について「罪に真摯に向き合う態度はうかがえない」と指摘されている。

証人出廷した長女は「(事件を起こすぐらいだったら)私に相談して欲しかった」と被告への思いを語っていた。しかし被告は、今でこそ相談しておけばよかったとは思うものの、当時は“相談していればとは思わなかった”という。

家族だけでなく近所にも自身の苦しみや決意を気取られぬよう、密かに決意し、実行した。親の手が必要な子と、1人では生きられない夫を抱え、周囲にSOSを出さず過ごしてきた丸被告のように、誰にも言えない家族の事情に悩んでいる人は、きっと他にもいる。

  • 取材・文・写真高橋ユキ

    傍聴人。フリーライター。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

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