来年1月開幕のラグビー新リーグ 盛り上げ気運に水差した「暗闘」
新リーグ発足までになぜ2人の「実質的なトップ」が交代しなければならなかったのか
2019年秋、日本で開催されたラグビーワールドカップ(W杯)は当初の予想をはるかに超える盛り上がりを見せた。チケット販売率は実に99.3%。日本代表だけでなく、海外のラグビーも国内外で受け入れられることが証明された。
並行して日本協会・清宮克幸副会長らが中心となってW杯開幕直前から協議してきた「プロリーグ構想」は、W杯の上昇気流に乗って一気に実現に向かうと思われたが、反対多数で2019年冬には頓挫。その後、従来の企業スポーツの枠組みを維持した新リーグ発足にむけて協議が続けられ、来年1月、「リーグワン」として開幕する。
しかしこのリーグワンは、開幕前から醜聞に塗れた。参加24チームを3部構成のディビジョンに分ける最終段階で、日本ラグビー協会の森重隆会長とその周辺が、「恣意的な順位操作」を行ったのではないかという疑念が持ち上がっているのだ。
プロ化が立ち消え、清宮氏が外れた意外な理由
「2部に替えられたチームに説明はしたのか?」
「なぜ壇上に審査委員会のメンバーがいないのか?」
2021年7月に行われたラグビーの国内新リーグ「リーグワン」の発足記者会見は、終了予定時刻を過ぎても記者から「疑惑」に関する質問が続き、約20分超過した。
「疑惑」とは、2022年1月に開幕するラグビーの新リーグの選定についてのものだ。
新リーグでは参加24チームが3つのディビジョンに振り分けられる。リーグ発足会見では1部の12チーム、2部の6チーム、3部の6チームが発表された。
競技レベルや注目度が高い1部に入れば、入場料など収入面で有利になる。どのディビジョンに入るのかは各チームにとって死活問題だった。
ディビジョン分けをするためには、参加24チームに順位を付けなければならないが、そんな難題に取り組んだのは、日本ラグビー協会が公平性、客観性を保つために設置した第三者委員会「審査委員会」だった。
ディビジョン分けの元となる最終順位は審査委員会が決定。最後に日本ラグビー協会の森重隆会長が承認することで、ディビジョン分けが決定する流れだった。
が、森会長が承認する最終段階で、森会長が理事会の承認を得ていない私的な「諮問委員会」を設置。ここで特定チームに配慮した順位操作が行われたのではないか、という疑念が浮上しているのだ。
18シーズン続いたトップリーグの後継として期待され、22年1月に開幕予定のリーグワンだが、なぜこんな門出になったのか。元日本ラグビー協会関係者は背景をこう語る。
「当初の新リーグ構想は『トップリーグ・ネクスト』として準備が進められましたが、日本でラグビーW杯が開幕する直前の2019年6月に協会の執行部が刷新され、副会長に就いた清宮克幸氏が『プロリーグ構想』を立ち上げました。W杯が盛り上がったのでプロ化の流れが進むのではと期待する声もありましたが、W杯の成功によって逆に『今までのやり方を大きく変えてまでプロ化する必要はあるのか』という保守的な考えが主流になり、プロリーグ構想は協会内や多くのチームの反対にあいました」
関係者によると、当初プロ化に賛成したのはわずか2チームだった。トップ級の話し合いなどでその後別のチームもプロ化に傾いていたというが、結局、反対チームが多数だった。
結局、反対多数ということで、プロ化が無理筋となり、19年冬頃から折衷案としての新リーグ構想が動き始める。企業スポーツとしての枠組みは維持しつつも、チーム運営はプロ化して事業力を強化していく方針に決まったのだ。
そんな新リーグの責任者として担がれたのが、法学者の谷口真由美氏(元協会理事)だった。
「谷口真由美さんは、清宮さんが立ち上げた『プロリーグ構想』プロジェクトの中心人物の一人でした。その際の中立的な言動がプロ化の反対派からも評価され、新リーグの準備室長に選ばれたのです。しかし谷口さんも結果的に途中で外されました」(元協会関係者)
冒頭に紹介した順位操作疑惑に行き着いたゴタゴタの顛末はこうだ。
2020年1月、新リーグ法人準備室長となった谷口氏は、新リーグの制度設計において中心的な役割を担い、企業スポーツとして発展してきた社会人リーグの改革を目指した。
ラグビーは1チームの人数が多く、親企業頼みの運営費は年間10~20億といわれる。過去に親企業の業績悪化によって強化中止に追い込まれた例は少なくない。そんな従来の不安定な構造にコロナ禍が追い打ちをかけ、親企業依存のリスクは高まっている。
新リーグでは、そんな過度な依存を解消しつつ、親企業とWin-Winになる道を志した。
具体的には、チーム運営は「事業性」を高めて利益を生み、親企業の負担を減らす。またチームがイジメ問題など地域課題を解決する「社会性」も備えることで、地域に愛される存在となり、ひいては親企業、街そのもののブランド向上にも寄与する。
強豪であるかどうかといった「競技性」は、現状では親企業に依存することでしか担保されておらず、最重要視されたわけではなかった。
果実を得るまで時間はかかるが、新リーグでは5年後、10年後のために、福利厚生や広告宣伝のための企業チームではなく、街のスポーツチームとして自立する意志を求めたのだ。
谷口氏退任の引き金になった「不穏な言葉」
しかし過度な親企業依存からの脱却に後ろ向きで、自立の必要性を感じていないチームもいた。
そんな一部のチームが、水面下で騒動を起こす。
新リーグでは参加24チームが3つのディビジョン(1部12チーム、2部6チーム、3部6チーム)に振り分けられたが、その順位付けは第三者委員会「審査委員会」が担当した。
谷口氏はその審査委員会の委員長となり、2020年秋から「事業性」「社会性」「競技性」を柱としてチームを評価した。単純な「強さ」「成績」で決められるわけではないところがポイントだ。
そして審査委員会は2021年1月、審査の8割が終わった段階で、全チームに対して暫定順位(非公表)を通達したのだった。
ところが、この暫定順位に対し、一部のチームが反発した。
暫定順位に大きな影響を及ぼしたのは、街のスポーツチームとして自立する意志、本気度だった。
新リーグが要求した24年度シーズンまでの努力要件である「1万5千人収容のホストスタジアム」を早々に達成したチーム、事業会社の設立計画をアピールするなどしたチームは暫定順位が高くなった。
そうしたチームが審査のために提出した書面と、事業性や社会性が不十分だったチームの書面には歴然とした差があった。それらのチームの競技力がいかに高くとも、相対的に暫定順位は下がったのだ。
これに納得のいかない一部チームが、水面下で暗闘を始める。
審査委員会は2021年1月、提出書面が不出来だったある強豪チームに暫定順位を伝えた。対応したフロントは順位に対して不満を示した上、「いろんな人と話をさせてもらう」という不穏な言葉を残したという。
すると、2021年2月3日に行われた日本ラグビー協会の理事会で、森重隆会長が驚きの発言をする。
ここまでの全チームの審査は、谷口委員長を始めとする審査委員会が秘密裡に行っていた。協会トップの森会長ですら審査とは距離を置いていたが、複数の関係者の話を総合すると、2月の理事会では一転、「“幹事”が審査委員会に対する不満を言ってきた」「彼らには最終的に自分が決めると言った」という趣旨の発言をしたという。
最終順位が変わる可能性について、全チームの了解は取れていない。鶴の一声が事前に了承されないのは当然である。
ここで言う“幹事”とは、チームの代表者数名で構成されていた全チームのリーダー的存在となるグループで、協会や新リーグ準備室との交渉を詰める役割があった。彼らは同時期の日本代表、大学同窓などラグビー人脈で繋がっており、プロリーグ構想の際はプロ化反対で団結していたという。
その「“幹事”グループ」が暫定順位に対して不満を言ってきた、と森会長は発言したのである。
“幹事”グループのチームはいずれも暫定順位が芳しくなかった。そんな彼らは会長直訴のさい、自分たちの審査委員会に対する不満を「全チームの不満」にすり替えていたという。あるチーム関係者が証言する。
「彼ら(“幹事”グループ)は森会長に『みんな審査委員会に不信感を持っている』『誰も納得していない』と伝えたようです。しかし実際には全チームが不満を持っているわけではありませんでした」
つまり証言が正しければ、“幹事”グループが「みんなが納得していない」という理由をつくりあげた上で、会長に直訴するというアンフェアな方法で状況を変えようとしたことになる。
このやり方に、今度は“幹事”グループに属していない他チームから不満の声が上がった。大多数のチームは、2020年5月に新リーグ準備室から通達・了承していた審査基準の下、フェアに努力をしていたのだから当然である。
審査レースは水面下で色めき立つ。この騒動の責任を取ったのは谷口委員長だった。
理事会での森会長の発言に驚いた谷口委員長が、森会長への直訴が全チームの総意であるかを他チームにヒアリングをした。その結果は「聞いていない」だったというが、このヒアリングが「理事会の内容の漏洩にあたる」として、2021年2月、谷口委員長は1年間務めてきた準備室長の任を解かれたのだ。
「再計算の謎」
それでも谷口氏は審査委員会の委員長任務を2021年6月まで続けた。が、総仕上げの段階で、さらなる暗闘が始まる。
審査委員会は21年6月、森会長側に参加24チームの最終順位を通達した。
するとこの後、この最終順位を不服とした森会長が、不公正ともいえる審査介入を実行に移す。
森会長は理事会で承認されていない私的な諮問委員会を立ち上げ、従来の審査委員会のディビジョンの評価の方法が「一部整合性が取れない」として再計算を行ったのである。
「疑惑の再計算」により最高峰の1部に上がったのは、幹事の中の1チームであるトヨタ自動車だった。
一方で、2部に替えられた近鉄に対し、なぜ最終段階で12位から13位に順位が落ちたのかについて、事前の説明や了承はなかったという。
2部になると様々な不利益をこうむるのだから大問題だ。チケット収入など興業面で不利になるほか、日本代表の選抜対象が、ハイレベルな1部が中心になるため、日本代表に入りたい有力選手にとって1部チームは魅力的だ。2部以下になった途端、そのチームは有力選手の流出危機に直面するのである。
各ディビジョン間で毎年入れ替え戦が用意されてはいる。しかし少なくとも初期は、高卒・大卒新人のリクルートの面でも不利になるだろう。いずれ選手層が薄くなり低迷が続けば、親会社による強化中止のリスクが高まりかねない。「疑惑の再計算」によって2部に替えられたチームが、複雑な感情を抱いていることは間違いない。
この件に関して、協会を通じて森会長に「再計算はご自身の独断か」といった内容を含む質問状を添えて取材を申し込んだ。しかし以前の会見内容と重複する、との理由で実現せず、代わりに日本ラグビー協会広報として以下の回答(一部抜粋)があった。
「森会長が独断で新リーグの順位付けを行ったという事実はございません。新リーグのディビジョン分けの審査にあたっては、JRFUが審査結果を最終決定いたしましたが、JRFUの森会長が、特定チームに有利になるように計算方法につき恣意的な修正を行ったという事実も一切ございません」
とはいえ実際に納得いかないという声があるのは事実だ。森会長の私的な諮問委員会による再計算について、十分な説明がされていないのだから、そのような声が上がるのも当然だろう。
であれば、情報開示をして、潔白を証明すればいいだけの話である。なぜ「疑惑の再計算」の詳細を、元審査委員会との連名で公表できないのか。
そもそも、日本ラグビー協会は実質的に税金が投入されている公益財団法人であり、情報公開に対しては積極的であるべきだろう。日本ラグビーを束ねる人びとこそ、ラグビー憲章にある5つのコアバリュー「情熱・結束・品位・規律・尊重」を掲げる以上、まずみずからが胸に刻み、範を示してもらいたい。
【各チームに通知した最終結果の順位表】 ≪1部:DIVISION1≫
①クボタスピアーズ:クボタスピアーズ船橋・東京ベイ
②サントリーサンゴリアス:東京サントリーサンゴリアス
③NTTドコモ:NTTドコモレッドハリケーンズ大阪
④パナソニック:埼玉パナソニックワイルドナイツ
⑤ヤマハ発動機ジュビロ:静岡ブルーレヴズ
⑥NECグリーンロケッツ:NECグリーンロケッツ東葛
⑦リコーブラックラムズ:リコーブラックラムズ東京
⑧キヤノンイーグルス:横浜キヤノンイーグルス
⑨神戸製鋼コベルコスティーラーズ:コベルコ神戸スティーラーズ
⑩NTTコム:NTTコミュニケーションズシャイニングアークス東京ベイ
⑪東芝ブレイブルーパス:東芝ブレイブルーパス東京
⑫トヨタ自動車:トヨタヴェルブリッツ
≪2部:DIVISION2≫
⑬近鉄ライナーズ:花園近鉄ライナーズ
⑭三菱重工相模原ダイナボアーズ:三菱重工相模原ダイナボアーズ
⑮日野レッドドルフィンズ:日野レッドドルフィンズ
⑯釜石シーウェイブスRFC:釜石シーウェイブスRFC
⑰Honda HEAT:三重ホンダヒート
⑱マツダブルーズーマーズ:マツダスカイアクティブズ広島
※注:太字は今季からのチーム名
- 取材・文:多羅正崇
スポーツライター