消えた天才!礒貝洋光が50キロ大減量して狙う「数奇なゴール」 | FRIDAYデジタル

消えた天才!礒貝洋光が50キロ大減量して狙う「数奇なゴール」

帝京やガンバ大阪で活躍し、天才と呼ばれた礒貝洋光。若くして電撃引退するとプロゴルファーや大工など職を転々とし、このたび、大ダイエットをしてフットゴルフのツアーに参戦。将来の五輪を目指す。

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天才は「レイザーラモンRG」を思わせる愛嬌ある風貌になっていた

高校サッカーの名門・帝京高で1年生からエースナンバー10を背負い、93年のJリーグ開幕当初にガンバ大阪の司令塔として活躍した元祖天才MF礒貝洋光(52)を覚えているだろうか。カズ(三浦知良)やラモス瑠偉らとともに日本代表でもプレーし、左右両足から繰り出す正確なキックと絶妙なスルーパスを武器にラモスの後継者と期待されたこともあった。

29歳で突如、サッカー選手を引退してプロゴルファーに転身し話題を呼んだ。だが、長続きはせず、その後は定職に就くことなく知人宅などを転々としながら生活を送る日々。大阪と東京を行き来しながら大工や塗装業など日雇いの仕事をこなし、馴染みの飲食店で焼き鳥を焼いていたことも。40代に入った頃には体重が130キロを超えるなど、スマートだった現役時代とは変わり果てた姿がテレビのバラエティ番組で紹介されたこともあった。

かつての栄光を考えれば、その落差に驚かされる。だが、不思議と本人に悲壮感はなく、ケラケラと楽しそうに笑う姿が印象的だった。

そんな礒貝が、約50キロのダイエットに成功し、いま新しく挑戦しているのがサッカーとゴルフを融合した新競技フットゴルフ。9月25日から26日にかけてはジャパンツアー(さくらチャンピオンシップ「栃木県さくら市」)に参加し公式戦デビューも果たしている。

フットゴルフのジャパンツアーでの雄姿

フットゴルフとは文字通り、‟サッカーボールを使ってゴルフをする”競技だけに、その両方でプロキャリアを積んだ礒貝ほどピッタリな選手はいないように思えるが、そう簡単ではないようだ。大会は2日間の日程で36ホールが行なわれ、結果は+25と67選手中57位タイだった。

「舐めてました。もうサッカーでは走れないオレにはちょうどいいと思ったけど、ゴルフと比べれば圧倒的に体力を使う。ゴルフは道具でなんとかなる部分もありますが、フットゴルフは自分の足でボールを蹴るわけですから。思いっ切りボールを蹴ることに慣れていなかったし、(ダイエットで)筋力も落ちて全然ボールが飛ばない。若い選手はやっぱり飛ばすし、距離が出ないと話にならない。靴もブカブカだったし、足腰に疲労が溜まりまくり。次はもうちょっと準備しないと(笑)。でも、やっていて面白かったし、楽しかったですよ」

ショートホールでは強弱を使い分けた巧みなキックでのアプローチが光ったが、ロングホールではティーキックが左右に逸れて崩れる場面も目立った。

「ゴルフならいまも70台は楽勝なんですが、筋力がないとボールもまっすぐ飛ばないですから(苦笑)。ゴルフと同じで、フットゴルフもハマっちゃうとダメなホールがある。2日目の14番(パー5)で11打もかかったのは痛かった。ただ、アプローチは悪くなかったんじゃないですか」

フットゴルフはまだまだ歴史の浅い競技だが、日本フットゴルフ協会のもと、国内でも2014年から賞金トーナメントが開催されている。国際フットゴルフ協会では将来的な五輪での正式種目入りに向けた動きもあるようで、帝京高の後輩がやっていたことをキッカケに始めた礒貝もすでに選手登録を済ませ、国際大会出場への希望も口にする。

「真面目という表現が適切かはわからないけど、やるからには真剣に。もちろん、続けてみないとどうなるかはわからない。でも、とりあえず2年は頑張って国際大会とかに出られたら最高。海外ではワールドカップに出たようなサッカーの元代表選手などもやっているし、自分がやることで少しでも競技の普及に繋がればいい。もちろんスポンサーの方の応援が増えれば、もっと頑張っちゃうんですけどね(笑)」

フットゴルフをやりつつも、大工や塗装などの仕事は継続中だ。

「たとえば、夕方に少年サッカーチームのコーチをするにしても午前中は暇ですから。それに、いまの時代は台風とかも多いし、いざというときに家くらい建てられた方がいいじゃないですか。屋根に上がれと言われたら、いまも上がっています。体重が100キロを超えていた頃は安い瓦が割れるんじゃないかと心配したこともありましたが、もう大丈夫。50キロ痩せたらもう感覚的には別人だし、ダイエット本のオファーとかきたら喜んで書くんですけどね(笑)」

この夏には新型コロナウイルスに感染したが、幸い症状は軽かったという。普段は大阪から東京へ移動する際も自らハンドルを握り、車中泊も珍しくない。体調などの問題はないのだろうか。

知人宅を転々とする生活を続けて十数年。「車中泊もいといません」(礒貝)

「心が弱いだけで、持病はないので(笑)。コロナに感染はしましたが、わかったときにはもう治りかけだったので、少し味覚が狂ったり、ダルさがあったくらい。まあ、そんなに心配しても、どうすることもできないですから。車で寝ることが多いのは、そっちのがよく眠れるから。とくに、いまの時期は涼しくなってきて、まだ寒くもないので最高。知人の家に泊まるときは人のいびきが気になったり、トイレに行く音で起きてしまうことも多い。でも、車ならコンビニの駐車場やパーキングに停めて、朝8時くらいまで爆睡しちゃいます」

幼少期から天才と騒がれ、若くして日の丸をつけて、Jリーグ創成期にはスター選手の1人として活躍したが、いまサッカーが好きか嫌いかといえば「嫌い」だと即答する。

「サッカーは嫌い。もう走れないしね。一生懸命やって筋肉が切れたこともある。現役時代は、誰かの考えられないミスで、それを補うために走って守備に入ったら、そこでタックルを食らってケガしたことも。自分の予想もしない形でぶつかったり、ケガするっていうのがサッカーのいちばん嫌いなところ。周りはオレのことを天才とか、そういう目で見ていたのかもしれないですけど、自分のなかでは特別な意識はなかったし、天才といえたのは小学生の頃まで。

大学時代に初めて日本代表に入ったころは、代表選手がどれだけストイックにやっているのかなと思ったら、休憩時間にパチンコ行ったり、試合前にカレー食って、ユンケル飲んでいる選手がいて愕然としたこともあった。オマケに学生ということで自分だけが勝利給をもらえなかったり。

そうしたことでモチベーションが下がった部分もあったかもしれないですけど、基本的にオレはいまも昔も何も変わっていない。周りの人が勝手に期待して、ダメになったら、いろいろ言っているだけだというか。おカネだって、あればあるで使うし、なければないなりに生活するだけですだから」

サッカー選手を辞めて20年以上が経った。かつてのように大金を稼ぐことはできなくなったが、いまは好きなことを自由に、誰に縛られることなくやっているから、どんな状況に身を置こうと、毎日を楽しく過ごせているのかもしれない。

「自由なんてないけどね。でも、オレは早く死ぬのかなというか、死ななくてもいつそうなってもいいと思って、人と会えるときは会って、仕事があるから次でいいやじゃなく、まずはやりたいことを先にやっているだけ。サッカーからゴルフに行ったときもそうで、ゴルフのほうが楽しくなったから。ただ、若いときはすべてをサッカーに捧げて、そのときの仲間にいまも支えられているし、そういう意味ではサッカーに感謝はしています」

最近、何をしているんですか?と聞かれても「ぷらっとしてます」としか答えようがないという。だが、礒貝自身も「さすがに職業=自由人はマズいでしょ」と笑う。50歳を過ぎたいま、これからやりたいことは何か。

「港で働いて、船に乗って、とれたてのうまい魚とかタダで食えたらいいよね。ただ、冬は寒いし、それに耐えられるかわからない。農業も楽しそうだし、山で栗とか柿を作るのもいいって聞くしね。もしかしたら選挙に出て、政治家を目指すかもしれないし、先のことは誰にもわからないじゃないですか。いまもゴルフは好きでやっているし、プロサッカー選手、プロゴルファーと来て、プロフットゴルファーと3つ目のプロ選手になったら面白いでしょ。人生に昨日はないし、明日しかないわけだし、楽しく前を向いていくだけですよ」

  • 撮影・文栗原正夫

    ノンフィクションライター

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