「ラストに『希望』を感じた」東出昌大3年ぶりの主演『草の響き』
とにかく死なないで生きていくこと。東出昌大インタビュー
「性格を変えたいと思いました。僕はまるで正反対の僕にならなければ、助かる道はないと思いました」
荒れた肌、眉根にきつく皺を寄せ、視線がおどおどと動く。いちばんはじめのシーンだ。
3年ぶりの主演映画『草の響き』が公開になる東出昌大さんにインタビューをした。

「夫として、精一杯だったと思う」
映画の冒頭、心に変調をきたした主人公が医師の診断を受ける。
「自分がダメな人間だと思うことはありますか」
「はい」
「死にたいと思うことはありますか」
「はい」
精神科医役の室井滋さんが、たたみかけるように問う。それに答える「和雄」役の東出さん。大きな東出さんが、とても小さく見える。
「この役を演じるとき、自律神経失調症という彼の病気の症状を意識していました。和雄は夫として、精一杯だったんだと思います。よくなりたいと思って、それでも病んでしまった。そしてそんな精神状態に没入してしまった彼は、周りから見るとすごく自分勝手に映ってしまう」
東出さんは、丁寧に答える。映画のなかの和雄は、着たきりのスエットでひたすら走っている。目の前の俳優・東出昌大は、エッジの効いたデザインの黒のスーツを着て、美しく整っている。インタビューを受ける東出さんは大きくて、スクリーンの彼とはよく似た別人のようだ。
函館の街を、ただ走り続けた
「今回の撮影は、秋の終わりの函館ロケでした。ほとんど台本の最初から順に撮っていって、17日間、函館で過ごしたんです。合宿みたいだった」
夭折の作家・佐藤泰志の小説を原作にした映画『草の響き』は、函館シネマアイリスが製作する佐藤作品5作目になる。前作『きみの鳥はうたえる』は、ひと夏を鮮やかに切り取った傑作で、熱狂的なファンも多い伝説の映画だ。
「函館は観光地ですが、観光地的なところで撮影することは避けました。それがかえって、函館の魅力を映し出したように思います。東出さんが走り続ける姿はイメージ通りです」(プロデューサー・菅原和博さん)
原作の佐藤自身がモデルの主人公・和雄は、医師からの指示で毎日ランニングをする。函館のふつうの街を走り続ける。心を病み、妻の気持ちを汲むことはできない。
「でもあの時、和雄は精一杯だったんだと思うんです。余裕がなくて、あれが精一杯だったんじゃないかと」
言葉を選ぶように、ゆっくりと話す。
「原作もそうなのですが、映画の台本も『答えはこうだ』と断定するのではなく、生と死、幸と不幸が薄皮一枚を隔てていることを示していると感じました。その台本と監督を信頼しながら撮影をしました。
そのうえで、今回は監督に『共犯者になろう』という言葉をいただいたんです。映画は監督のものだと常々思っているのですが、共犯というのは『演出も兼ねて』と解釈をして、撮影中は僕から提案することもありました」
とにかく、死なないで生きていく。
「監督はなるべく嘘がないようにと意識して演出をしていたように思います。分かりやすく説明することなしに、どこまで伝えることができるのか、それはお客さんを信じているということだと思います」
『寝ても覚めても』(2018)や『スパイの妻』(2020)では狂気を感じさせる役を演じ、存在感をみせた。
今作でいちばん印象的なシーンは?と尋ねてみた。
「『人の心に、触れやしないよね』っていうセリフがありました。真理のような気もするし、でもそんなことないぞと言いたい気持ちもあるし。人の心に触るって怖いことなんだけど、触りたいと思いながらみんな生きてて、でも触れないから寂しいのかもしれないし。なんかいろいろなことを思いました」
「人の心には触れない」と言ったとき、言葉につまって涙声になった。演技かもしれない。だとしたら、凄すぎる。
この作品で見せたい「東出昌大」は
「自分自身をどう見せたいとかはありません。ただ、今、生きづらい思いを抱えている人の荷物をすこしでも軽くしたい。初めに脚本を読んだ時も思いましたが、改めて完成した映画を観て、僕はこの映画のラストシーンに『希望』を感じたんです。
今、ものすごい悲しみの淵にある人が映画を見て救われるとは思わない、けど、わからないながらも精一杯演じようと思いました」
キレのいい、キャッチーな言葉はでてこない。考えて、ときにこちらがとまどうほどに考えて答えを口にする。この人はそういう人なのかもしれない。映画『草の響き』には、明快な答えもハッピーエンドも用意されていない。そこには、精一杯生きて、とにかく死なないで生き続ける姿が映し出されている。

映画『草の響き』 出演:東出昌大、大東駿介ほか 10月8日(金)より、新宿武蔵野館・ヒューマントラストシネマ有楽町/渋谷ほか全国で順次公開。函館シネマアイリスでは先行公開中。