TOEIC945点の大河俳優が漁師との二刀流生活に挑む理由 | FRIDAYデジタル

TOEIC945点の大河俳優が漁師との二刀流生活に挑む理由

大谷翔平も驚き? NHK大河俳優の長谷川直紀さんにインタビュー

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2016年に放映されたNHK「夏目漱石の妻」撮影時の楽屋にて。今年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』の第2話、5話にも出演していた(写真:長谷川直紀さん提供)

野球界の世界最高峰、米メジャーリーグで大谷翔平が本場アメリカを驚かせる活躍を続けたが、日本には思いもよらない2つの業種で走り続けている人がいる。今年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」にも出演する俳優の長谷川直紀さんは、大学卒業後は大手総合商社の丸紅に入社。しかし「将来が約束されている人生には憧れを持てなかった」と1年間で、一流商社マンの道を捨て、俳優の道に進んだ。ただ、そこで人生初かもしれない「壁」に直面する。そこで長谷川さんは日本で唯一無二の存在になる、決断をした。

「高校時代に1年間、アメリカに交換留学に行かせてもらったことが今の人生に影響を与えています。『自分から行動を起こせば必ず変化を起こすことができる』ということです」

最初は「ハンバーガー!」と言っても通じなかった。習ってきた英語が全く使えず、愕然としたが、当たって砕けろ、と思い切ってこちらから喋り続けた。すると「君、留学生だったの?」と言われ、周囲の反応が変わった。

帰国後、高校3年夏から受験勉強を始め、合格した国際基督教大(ICU)時代には英・ロンドン大にも留学。在学時に990点が満点のTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)で945点を取った。在学中に40カ国、バックパッカーで旅をし、日本ではガイドブックのない国もたくさん見てきたからだ。

大学卒業後、進路として商社を選んだのも『ビジネス経験をつけて個人として何かできるようになりたい』という思いから。希望通り、大手一流商社の丸紅に入社。退社前には海外勤務が内定していた。学生時代から自分が望み、頭に思い描いていた人生は、努力によってすべて形になっていた。長谷川さんは振り返る。

「石油製品のトレーディングを担当し、億単位のビジネス規模で、個人では触れることのないダイナミックな世界でしたね。でも、現場に出て動くか、といえばそうではない。パソコンや電話、SNSの中での話でした。最高に幸せだぁ!とは思えなかった。一つの組織にいて安泰でいられることに関心がなかったし、憧れてもいませんでした」

他の人からすれば羨ましいほど順調な人生を歩む中で、『個人として何かできるようになりたい』と考えていた長谷川さんは転身を決意する。ただ、なぜ俳優に・・という疑問が浮かぶ。23歳の時だった。

「きっかけは商社で働いていた時に付き合っていた彼女に振られたことです。週末が暇になってしまって…アハハ。そういえば大学の時にやっていた演劇は楽しかったなと。その時、社会人劇団を調べて行ったら、ハマっちゃいましたね。やるしかないと、即断即決。まず、演技の実力をつけないといけませんでした」

「新国立劇場演劇研修所7期生」の受験に挑戦し、面接や一人で行う「モノローグ」、演出家の要求に応えて動く演技テストなどを経て、無事合格した。

「俳優だけで食べていく、メジャーになってやる」。

自分で動けば変化が生まれる。学生時代から努力で思い描くことを形にしてきた長谷川さんは、その自信はあった。

「でも俳優業だけは違いましたね。オーディションに行くと落ちることも沢山ある。なんであの人が合格なの?と思うこともありました。テレビや映画でも演技の実力で選ばれてはいない。事務所の力とかもある、と思っていた頃でした」

商社マンは高収入の職種と言われる。長谷川さんがいた丸紅は大手5大総合商社(三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事、丸紅)の一つ。平均年収は1452.8万円(2020年3月期有価証券報告書)、30代では年収1000万円をコロナ禍の今でも楽に突破する。その道を自ら閉ざした長谷川さんは養成所を卒業しても5年近くはアルバイトを続けざるをえなかった。中にはコールセンターでの苦情係もした。

「国立の養成所なので、外部作品には出演はできません。養成所での3年はアルバイトと奨学金で生活していました。でも楽しかった、本当に。1週間、毎日お芝居ばかりした3年間はすごく豊かな時間でした」。

長谷川さん自ら主演、共同脚本、プロデューサーをつとめた来春公開予定の映画『海の色は夢のつづき』の1シーン。実生活では漁師であるため、何気ない仕草にリアリティがある(撮影:渡辺知寿)

気がつけば30歳を越えていた。いつまでもアルバイト中心というわけにもいかない。元タカラジェンヌの永楠あゆ美さんとの結婚を控え、今後の生活のこともあった。2人の姉がいる長男ということもあり、ここで家業を継ぐ決断をした。

「静岡県の焼津市で『定置網漁』をしています。やるつもりも、関わるつもりも全くなかった。家の仕事なのに全く知らなかった。(家業を継ぐことは)すごく負けた気持ちになった。とても嫌でした」。

「俳優」という魅力的ではあるが、決して安定した収入は見込めない仕事に就き、ダメになったら戻ってくるという、ありがちな流れに抵抗があった。でも現実は俳優でメジャーになる道が完全に崩れかけていた。

「俳優になる登り道は一本しかない、頑なに思っていましたね。でも、他の登り方もある。漁師をやりながら、俳優をやっている人はいない。他にはない生き方だ、と気づいたんです」

そんな時、新型コロナウイルスが蔓延しはじめた。長谷川さんは東京と焼津の二重生活だったが、家業にしっかり向き合うようになったこともあり、東京の家は引き払い、焼津に軸足を置いた。毎晩夜9時までには就寝し、深夜2時すぎは起床する。昼過ぎには仕事が終わる。

「毎日、朝日を見る仕事になりました。同じ仕事に見えても潮の流れや方向、強さ、速さで網の上げ方からして違うんです。仕事が終わった後、オーディションがあれば、午後から東京に出ることもあります。漁業としっかり向き合えるようになりましたが、その分、俳優としてもこうありたい、とより強く思うようになりました」

結婚を機に妻・あゆ美さんが焼津に移住してきた。そして俳優として新たなスタイルを発信していきたいと「映画を撮る」ことを決めた。タイトルは『海の色は夢のつづき』。専門スタッフはSNSを駆使して直接会いに行ったり、紹介してもらったりして人員を集めた。自ら企画を立てた。全てが初めてのことばかりだった。主役は焼津名産(鰹の)「なまり節」工場の跡取り息子。家業もあるけど水中写真家になる夢もある。今の長谷川さんの生き方に重なる。

「生きていくにはやりたいことと、やらなきゃいけないことがある。そこから自分なりの生き方を見つける物語にしました」。

エキストラを入れると100名を超える人が集まった。コロナ禍の7月にクランクアップ、撮影は静岡県内にこだわり制作費は200万円。「僕と妻の貯金。来年の頭に完成です。地元の居酒屋さんやウチの船でもロケをしました。大きな予算があっても撮れない映像がたくさんある。今後は幾つかの映画館に上映をお願いをしたり、国内外の映画祭に応募する予定です」。クラウドファンディングも計画中だ。

NHKの大河ドラマ(2話、5話)には上記の映画を撮る前に出演した。竹中直人、大谷亮平、平田満、渡辺いっけいらと共演し、その後、自ら映画を撮って気づかされたことがあった。

「売れている役者の方は出演するほかのみなさんにさりげなく気を配っていらした。仮に間違えても、気にしないんです、堂々としている空気感があった。そうすることで間違えた人が必要以上に不安にならなくて済む、ということもあったと思います。今回、自分が主演として映画に出演しましたが、自分にはそんな余裕は全くなかったですから。
 俳優としてメジャーになることを目指すのであれば『自分が目立ちたい』となりがちですが、映画製作をやってわかったのは、俳優に求められることは『ストーリーを成立させるために与えられている、それぞれの役割を全うすること』。演技力以上に『またこの人と一緒に仕事をやりたい』と思ってもらえる、人間力が大切なのかなあ、と」

二兎を追うものは一兎をもえず、という諺が存在し、一つのことを極めるために、もうひとつのことを諦めることが「美徳」とされてきたが、そんな時代ではなくなった。長谷川さんは家業を継ぎながら、俳優でメジャーになる夢はあきらめていない。2つを追い求める中で、理解できたこともある。長谷川さんは来年初頭に公開する映画の中で、主役の跡取り息子をどう描くのだろうか。

海に出た漁師の長谷川直紀さん
来春公開予定の映画『海の色は夢のつづき』の1シーン(撮影:渡辺知寿)
来春公開予定の映画『海の色は夢のつづき』の1シーン(撮影:渡辺知寿)
来春公開予定の映画『海の色は夢のつづき』の1シーン。共演した女性は元タカラジェンヌで長谷川さんの妻でもある永楠あゆ美さん(撮影:渡辺知寿)

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