『笑ってはいけない』休止でTVから「痛みを伴う笑い」が消える日
NHK『紅白歌合戦』と同様、年末の風物詩ともなっているバラエティー番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!絶対に笑ってはいけないシリーズ』(日本テレビ系)が今年は休止となることが発表された。突然のことで驚いた人も多いはずだ。
当初は、休止が決まった背景にはBPO(放送倫理・番組向上機構)が関係しているのではないか、という報道も出た。
「8月24日BPOの青少年委員会が、『痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー』を審議対象にすることを決めました。BPOは《対象となったのは在京キー局等で放送された『痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー』についてというテーマ自体であり、個別の番組を対象とするものではない》としていますが、具体的にバラエティー番組の“罰ゲーム”や“ドッキリ”“ツッコミ”を指していると思われます。
『笑ってはいけない』も、笑ってしまった罰としてお尻をバットで叩くもので、その行為自体を笑いの対象にしているわけではないのですが、BPOの標的とされないように、日テレが先手を打ったのではないかという論調が目立ちましたね」(スポーツ紙記者)
その報道を受けて、9月27日、日本テレビは杉山美邦社長の定例会見で、
「休止は前から決まっていたことで、BPOの審議は全く関係がない」
と否定した。番組の休止発表とBPOの発表の時期から、関連性を疑われてしまったようだが、休止を決めたのは今年の春ごろというから、まったく関連はない。ただ、休止にしてよかったのではないかというテレビ局関係者もいる。
「BPOは個別の番組を対象にしているわけではないと言っていますが、審議の中で個別の番組について言及されることは十分にあり得ます。標的となるのは過去の番組ではなく放送中のものになりますから『笑っては~』の名前も挙がる可能性はあったでしょう」(キー局プロデューサー)
そんなことになれば、スポンサーが離れる恐れもあり、打ち切りの可能性も出てくるという。偶然にしても、先手を打つことができたと捉えるむきもある。
視聴者は痛い目にあわされる出演者のリアクションを見て笑っていたものだが、笑う反面、“大丈夫なのか、ケガはしないのか”と心配しながら番組を見ている人もいたのだろう。
『笑っては~』とは別に、いま、BPOには「こういう番組は不快に思う」「いじめを助長する」などの意見が継続的に寄せられてきているという。
そのため、罰ゲームやドッキリをウリにしているバラエティー番組の制作スタッフは戦々恐々としている。
「罰ゲームもドッキリも過激なものほどウケますが、それだけケガなどの危険性が増したりします。視聴者が見ていて不快感を抱くだけでなく、出演者にケガ人が出たりしたら、それこそ番組が即打ち切りとなることも考えられます。
そもそも最近では、ゲームに負けただけで罰を課すということがどうなのかという意見が寄せられることもありまして、罰ゲームそのものの見直しも考えられています」(バラエティー番組制作スタッフ)
また、この先“痛み”の解釈がどこまで広がるかも心配だという。つまり“叩かれる”“蹴られる”という打撲の痛みだけでなく、熱い、冷たい、激辛、激臭なども不快に感じる人にとっては苦痛であり、ある種の“痛み”だ。
「熱湯風呂や氷プールへ突き落とされたり、サウナで長時間我慢したり、激辛の料理を無理やり食べさせられる……などですね。そうした企画のなかには、実際はそんなに熱くも冷たくもないのに、出演者が大袈裟にリアクションを取っていることもあるのは、いまやほとんどの人が知っています。
ですが、なかにはマジに受け取る人もいて、“出演者がヤケドしたらどうするんだ”などと局にクレームを入れてくる例もある。熱いおでんを顔にくっつけたりするダチョウ倶楽部のお家芸も今後できなくなるかもしれません」(同・番組制作スタッフ)
これが進んでいけば、頭を叩いたり、お尻を蹴とばしたりするお笑い芸人のツッコミも審議の対象になる可能性も出てくるというのだ。
奇しくも、9月18日、かつて人気を誇ったお笑いコンビ『正司敏江・玲児』の敏江さんがこの世を去った。『敏江・玲児』といえば、“どつき漫才”のパイオニアとして知られている。玲児さんが敏江さんの頭を思いっきり張り飛ばし、敏江さんは飛び蹴りで逆襲する。
そんな漫才のスタイルを確立した。後に離婚しているが、二人は夫婦であって、ステージ上で繰り広げられる激しい夫婦ゲンカは観客に大ウケしたのだった。
しかし中には、見ていてあまりいい気持ちはしないという観客もおり、それも影響してか、テレビのお笑い番組などでは彼らの姿を見る機会は少なくなっていったのである。『敏江・玲児』以降、そこまで激しいどつきあいをするコンビは現れなかったが、ツッコミで相方の頭を張ることくらいは今でもよく見られる。だがその“ツッコミ”も今後テレビでは見られなくなるかもしれない
「何年か前のお笑いの賞レースでも、ツッコミで相方の頭を張って笑いを取っているコンビが、審査員の1人から、どつきは必要ないんじゃないかと指摘されていました。いじめ問題がクローズアップされ、視聴者は暴力に対して非常に敏感になっています。すべてを“笑い”として捉えてもらうことは、年々難しくなっています」(前出・スポーツ紙記者)
番組制作サイドは痛みを伴わない罰ゲームを探し始めているという。テレビから“痛みを伴った笑い”が消える日は近いのかもしれないーー。
取材・文:佐々木博之
宮城県仙台市出身。31歳の時にFRIDAYの取材記者になる。FRIDAY時代には数々のスクープを報じ、その後も週刊誌を中心に活躍。現在はコメンテーターとしてもテレビやラジオに出演中
PHOTO:坂口靖子