コロナ禍支援のため、パラ参加のヴァイオリニストらが病院で演奏会
森の中をゆったりと流れるヴァイオリンの調べに誰もが足を停めて聞き入っている。
10月8日の午後にヴァイオリンの演奏が行われたのは、東京都八王子市高尾にある東京医科大の八王子医療センターの正面玄関前の中庭だった。真夏のような暑さだったが、湿度が低くカラッと澄み切った青空が周辺の緑の木々と溶け合って良い雰囲気を醸し出している。
高尾駅からバスで7分ほどの森を切り開いたところにある同センターは40年以上の歴史があり、新型コロナでの入院患者を受け入れるなど、約1000人もの医療従事者がいる地域の基幹病院である。
「コロナ禍の緊急事態時に医療従事者たちや患者さんたちを励まそうということで企画され、昨年は私だけが医療センターで演奏して日本テレビの『news every.』(日本テレビ系)でもその様子が放送されて好評だったようです」
そう語るのは、この日も演奏したジプシーヴァイオリンの第一人者・古舘由佳子さんだ。ハンガリーのブダペシュトに渡って研鑽を積み、その後、国内外のコンクールでの受賞歴もある実力派だ。
20年以上も続いた有名な銀座のライオンビアホールの舞台で定期的に演奏も行ってきていたが、昨年3月でコンサートができるホールは閉鎖されてしまい、そして自らのコンサートなどもコロナの影響で全て中止になってしまった。
「収入が途絶えてしまい、私も友人の音楽家も皆困っているんです」
古舘さんはテレホンアポインターなどのアルバイトで糊口を凌いでいるという。
「そこでなんとかできないかと、テレビのプロデューサーである渡辺千秋さんに相談してヴァイオリニスト3人のユニットを組み、クラウドファンディングで募金をしてもらうことにしました。やっと皆様の前で披露ができることになりました」
約2か月かけてセッティングをし、3人組のユニットで演奏をすることに…。
他の2人は東京芸大から公費でフランスはパリの国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)に留学して首席で卒業。欧州や日本でもソリストとして活躍していた佐藤美代子さん。
私生活で数々の不幸に見舞われ、大きな舞台で活躍する機会は減っていたが、それでもヴァイオリンを諦めることはなく、活動を継続してきた。
そしてもう一人は、先日の東京パラリンピック閉会式でルイ・アームストロングの名曲「この素晴らしき世界」を含む2曲を披露した、脳性まひのヴァイオリニストとして有名な式町水晶氏だ。
3歳の時に脳性麻痺の診断を受け、4歳から手足のリハビリのためにヴァイオリンを始めた式町氏は小学校時代には特別支援学校や盲学校などに通っていたが、5年生から車イスで普通学級に通うものの、激しいいじめに遭うことに。だが、決して負けなかったのは、ヴァイオリンがあったからだ。
8歳のときに世界的ヴァイオリニストの中澤きみ子氏の指導を受けると、10歳からはポップスヴァイオリニストの第一人者である中西俊博氏に師事。ヴァイオリニストとしてのキャリアを順調に積んでいき、‘18年にはキングレコードよりメジャーデビューを果たした。いじめや困難に負けず、メジャーデビューまでの道のりは、『水晶の響』(斉藤倫・講談社刊)として漫画化されているほどだ。
前年演奏した古舘さんを除けば、病院の野外で観衆を目の前にしての演奏は初めてのこと。3人のユニット名はそれぞれの名前の一文字を取って「美由水」と書いて「ミューズ」と名付けられた。
「前日からドキドキして緊張しっぱなしでした。でも一度曲を弾きだすと落ち着くことができて楽しかったですね。屋外で弾くのは初めてでしたが、木々の間をメロディーがすり抜けていく感覚というのは素晴らしかったと思います。
病院のスタッフの皆様の笑顔を見られて良かったし、車いすの患者さんが玄関前まで来て耳を向けてくれたのも嬉しかったです」(式町氏)
また、3人の中で最もベテランで80歳にも手が届く佐藤美代子さんも、笑顔を見せた。
「欧州で暮らしていたのでフランスやイタリアなど各地で演奏した経験はありますが、屋外での演奏は初めてでしたので非常に緊張しました。でも皆さんが喜んでくれていたのを見ることができて良かったと思っています」
これらの演奏の様子は、クラウドファンディング上のネットでも配信されていく予定だ。
「緊急事態宣言がやっと終わったけれど、医療従事者さんらの苦労はこれからも続くと心配しています。このような演奏ができる病院は限られているので、私たちへ来て欲しいという要望は出来るだけ受けるつもりですし、勿論無料ですから応募してきて欲しいですね。次は近日、埼玉県三芳町の“ふじみの救急病院”で行います」
と、プロデューサーの渡辺さんは手ごたえを口にした。生の演奏はやはりいいものである。
- 取材・文・撮影:吉田 隆(ジャーナリスト)