拉致被害者5人帰国から19年…本誌が報じた「北朝鮮の暗部」 | FRIDAYデジタル

拉致被害者5人帰国から19年…本誌が報じた「北朝鮮の暗部」

歴史的事件を『FRIDAY』はどう報じたのか。「あの日あの時」を当時の報道で振り返る

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02年10月15日に一時帰国した拉致被害者たち。5人の胸には北朝鮮のバッチが

〈5人は、控えめな笑みを浮かべながら家族の前に姿を現した――〉

02年10月15日午後2時34分。24年ぶりに北朝鮮から日本に「一時帰国」した拉致被害者5人の様子を、本誌はこう報じていた(02年11月1日号より。以下、引用は同)。

10月4日に総理大臣に就任した岸田文雄首相は、「拉致問題の解決が最優先課題」と意気込んでいる。だが北朝鮮は、02年に5人を一時帰国させたことで「すでに解決済み」という姿勢を崩していない。両国の主張が平行線をたどる問題の本質は、どこにあるのか。当時の本誌報道から振り返りたい。

〈家族に抱かれ泣き崩れる人、うつむき涙を流す人。(中略)再開の直前まで「会うのが怖い」と話していた家族もいたが、この光景は少なくとも幸せな瞬間だったに違いない〉

小泉純一郎首相(肩書は当時、以下同)と北朝鮮の指導者・金正日氏による日朝首脳会談などをへて実現した、拉致被害者の帰国。羽田空港に降りたった地村保志さん、浜本富貴恵さん、蓮池薫さん、奥土祐木子さん、曽我ひとみさんの5人を、人々は暖かく迎えた。

「いまはいいじゃないか」

だが、喜んでばかりいられない一面もかいまみえた。蓮池薫さんの兄・透さんが、拉致当時の状況を弟にたずねると、こう反応したとされる。

〈薫さんは「いまはいいじゃないか。いずれ話そう」と言葉を濁したという〉

帰国した被害者の反応や北朝鮮の暗部について、当時、識者はこうコメントしていた。

〈故郷でどんなに心を解放されたとしても、この一時帰国では重要な証言はしないだろうとみています〉

その後、日本政府は世論や拉致被害者家族会の要望により、5人を北朝鮮へ「帰す」ことを拒否。5人は、日本で社会復帰を果たした。一方で、02年10月の「一時帰国」以降、日朝関係に大きな進展はない。長年の課題を解消するため、岸田首相と金正恩氏の「条件なき対話」の実現が望まれる。

  • 写真共同通信社

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