乱打戦のヘビー級試合に元王者が投げかける「懸念と苦言」 | FRIDAYデジタル

乱打戦のヘビー級試合に元王者が投げかける「懸念と苦言」

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10月9日、ラスベガスで行われたWBCヘビー級タイトルマッチは、チャンピオンのタイソン・フューリーが前王者のデオンテイ・ワイルダーを11回KOで下して王座を防衛した。

PHOTO:Mikey Williams / Top Rank
PHOTO:Mikey Williams / Top Rank

3ラウンド、フューリーが右フックで挑戦者を沈めると、翌4ラウンドにはワイルダーも得意の右をヒットして2度チャンピオンからダウンを奪う。ヘビー級のなかでも特に大柄な2人による、乱打戦が続いた。

10、11ラウンドとチャンピオンの右を浴びたワイルダーは、それぞれ前のめりに倒れる。

第11ラウンド1分10秒、挑戦者のダメージを考慮したレフェリーが試合を止めた。

PHOTO:Ryan Hafey / Premier Boxing Champions
PHOTO:Ryan Hafey / Premier Boxing Champions

「俺はベストを尽くした。でも勝者となるには十分じゃなかった。何が起こったのか正直分からない……」とは敗者の弁。ワイルダーは、自身が持てる力の全てを出し切って敗れた。

倒し倒されのスリリングなファイトに、Tモバイル・アリーナを埋めた1万5820人の観衆は酔いしれた。

PHOTO:Mikey Williams / Top Rank
PHOTO:Mikey Williams / Top Rank

この日は前座にも4試合のヘビー級カードが組まれたが、メインイベントは格が違った。2メートル強の重量級が派手に殴り合う様に、ファンは歓喜した。

試合後の記者会見で、同興行の共同プロモーターであるボブ・アラムは「高いお金を払って、このような退屈なファイトを目にした全てのファンにお詫びしたい」というジョークで笑いを取った後「こんなに気高い試合は目にしたことが無い」と語ったが、最初の発言に、ある種の含みがあったように聞こえた。

ハーバード大学のロースクールを卒業し、辣腕弁護士として活躍していたアラムがボクシング興行に乗り出したのは1966年。モハメド・アリのプロモートを手掛け、80年代はマービン・ハグラー、シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズ、ロベルト・デュランら4人の中量級名王者の“リーグ戦”をマッチメイク。

そして90年代以降は、オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー・ジュニア、マニー・パッキャオ等、パウンド・フォー・パウンド上位に挙げられるファイターたちの試合を組み続けた。

フューリーvs.ワイルダー戦は、今回が3度目の顔合わせであったが、90年代にヘビー級で鎬を削ったイベンダー・ホリフィールドvs.リディック・ボウの3連戦の方がはるかにハイレベルな闘いだった。ホリフィールドとボウのファイトを取材した記者たちは、「あの頃の方がベターだった」と口を揃える。10月9日に行われたWBCヘビー級タイトルマッチは、確かに近年稀な熱い闘いではあったが、同時に最重量級の低迷も示していた。アラムの件の発言は、その危機感を十分に覚えているからこそのものだと感じられてならない。

UKメディアの解説者に抜擢され、取材者としてフューリーvs.ワイルダー3を見届けた元世界ヘビー級チャンプ(84年にWBC、 86年にWBA王座を獲得)、ティム・ウィザスプーンにも感想を聞いた。

「リングサイドに座っていたから、会場内がヒートアップしていることは良く分かった。ビッグなヘビー級2人が激しくぶつかり合ったんだから、楽しんだ人も多かっただろう。PPVを購入したファンには狂喜した人もいるな。”OK”と表現できる興行だったよ。

でも、正直、俺は失望した。ボクシングは芸術なんだ。アリがソニー・リストンをKOしたシーンや、フレージャーとの3連戦、80年代のミドル級の4強たち、マイク・タイソンって美しかっただろう。絵画を目にして溜息が出る時のような“美”をリングで表現した。

ヘビー級の頂点に立つ男には、どうしたって優美さや壮大さが求められる。フューリーもワイルダーも、いいものを持っているけれど、生かし切れていない。とにかく足りないのがディフェンスだ。倒し合うってことは、互いに防御に問題があるってことさ。ファンをいくら喜ばせたところで、お客さんは引退後のボクサーの苦しみなんて、何も分かっちゃいないぜ。

俺に言わせれば、フューリーvs.ワイルダー3はロッキー・バルボアvs.アポロ・クリードだよ。ダウンの応酬はたしかに盛り上がる。でも映画じゃないんだ。ボクサーは打たれ過ぎたら、障害を抱えて生きていかなきゃならない。力を振り絞った姿には敬意を払うが、ワイルダーの倒れ方は危ないと感じたね」

気さくに、しかし厳しいコメントをくれたティム(撮影・林壮一)
気さくに、しかし厳しいコメントをくれたティム(撮影・林壮一)

19カ月前、7ラウンドでKOされたワイルダーはかなりのダメージを負った。タオルを投入したセコンドの判断は正しかった。が、ワイルダーは長年連れ添ったチーフトレーナーを解雇し、自分がファーストラウンドで簡単にノックアウトしたかつての対戦相手、マリク・スコットをトレーナーとして雇い入れる。

対戦相手だったスコットをトレーナーとして雇ったワイルダー(PHOTO:Ryan Hafey/Premier Boxing Champions)
対戦相手だったスコットをトレーナーとして雇ったワイルダー(PHOTO:Ryan Hafey/Premier Boxing Champions)

「ボクサーが敗北から何かを学び、自分に足りないものを補おうとする気持ちはよく分かる。でも、何故、実績のないスコットを呼び寄せたのかが解せなかった。スコットにしてみれば、こんなに美味しいオファーは無い。通常、トレーナーは預かった選手のファイトマネーの10パーセントを受け取れるからね。フューリーもワイルダーも、今回、ファイトマネーだけで2500万ドルが保証されたんだよな。

でも、スコットが何かを教えられるとは思えない。世界ヘビー級チャンピオンを指導するレベルのトレーナーじゃない。だから俺は、ラスベガスでの記者会見で直接ワイルダーに訊ねたんだ。『どんな点を得るために、新たなトレーナーと契約したんだ?』って。でも、明確な回答は返って来なかった。

2020年2月に金星を挙げたチャンピオンのフューリーは、シュガーヒル・スチュワードを新たなコーチとして迎え入れていたな。シュガーヒルは、エマニュエル・スチュワードの甥っ子って話だ。でも、ボクサーとしてもトレーナーとしても知られていないよ」

2012年12月に68歳で鬼籍に入ったエマニュエル・スチュワードは、先に記した中量級4強の一人、トーマス・ハーンズの生みの親である。ハーンズのみならず、WBCウエルター級王者のミルトン・マクローリー、WBOライトヘビー級王者のマイケル・モーラーなどを育てた。

彼の手腕は高く評価され、マイク・タイソンが最後に世界タイトルマッチを闘った相手である元統一ヘビー級王者、レノックス・ルイスのセコンドも長く務めた。ルイスは1994年9月にWBCヘビー級タイトルを失った折、自身が再生するためには敵陣営の参謀だったスチュワードの教えを受けるしかないと判断し、引退まで共に歩んでいる。

ルイスを指導するスチュワード(撮影:林壮一)
ルイスを指導するスチュワード(撮影:林壮一)

「ボクシング界で、エマニュエルの功績を知らない人間なんていないさ。でも、いくら甥っ子だって、どんな風にトレーナーとして学習したんだ? って言うくらい知られていないよ。お前がルイスのキャンプを取材していた頃、キャンプでシュガーヒルの姿を見たことがあるか?」

確かにティムの質問に、私はNOとしか答えられなかった。

「ボクシングをアートの域にもっていける選手っていうのは、ディフェンスが光っている。アリはフットワークで相手を寄せ付けなかっただろう。マービン・ハグラーには固いガードがあり、ブロッキングも巧みだった。シュガーレイやメイウェザー・ジュニアは、紙一重でパンチを躱していた。

パンチをもらっちゃダメなんだよ。フューリーもワイルダーも防御の意識が低過ぎる。一体トレーナーは何を教えているんだ? 選手のスキルを磨いてやれよって、俺はそればかり感じた。両者を比べたら、ややフューリーのディフェンスが優っていた。その差が勝敗を分けたね。

ワイルダーはパリングやブロック、ヘッドスリップをせずに、とにかく自分のパンチをフューリーに当てることだけを考えていた。ハートは見せたけれど、あのスタイルじゃ体がもたない。ディフェンスを身に付けていたら、スーパーチャンピオンになれたかもしれないのに。

ディフェンス技術をもっと磨けば…(PHOTO:Ryan Hafey / Premier Boxing Champions)
ディフェンス技術をもっと磨けば…(PHOTO:Ryan Hafey / Premier Boxing Champions)

フューリーはWBA/IBF/WBO統一ヘビー級王者のオレクサンドル・ウシクとやっても、勝つだろう。ウシクは技術はあるけれど、元々クルーザー級だけあって小粒すぎる。フューリーの方が15センチ、25キロも上回っているから1発ヒットしたら終わりだし、ウシクはフューリーの懐に入れないさ。

今のヘビー級を見てつくづく感じるのは、優秀なトレーナーがいないってことだ。世界ヘビー級チャンピオンは2500万ドルなんて、途方もない金額を稼げるようになった。プロモーターやTV局はビジネスが成功すればそれでいいんだ。昔から変わらない。

でも、トレーナーはカネ勘定だけじゃなく、預かった選手が痛まないように、勝利することを考えなくては」

打たせないボクシングを武器に45歳までリングに上がったティム・ウィザスプーンは、深刻なダメージに悩まされることなく、5人の子供を育て上げた。そして今、11歳の五女と生活している。

彼の言葉は、引退後のファイターがいかに辛い日々を送っているかを知るが故のものである。

《ティム・ウィザスプーンの壮絶な人生については拙著『マイノリティーの拳』をご覧下さい》

  • 取材・文林壮一

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