「メンタルやられた」日本代表・姫野和樹がどん底から再起するまで
「世界一のバックローになる」と新たな目標を掲げるまで「想定外の苦難」と戦っていた
2019年ラグビーワールドカップ(W杯)で日本代表の8強入りに貢献した姫野和樹は今年、ニュージーランド挑戦を経て、精神的に逞しくなった。現地で味わった苦難、異国の文化に触れて広がった視野について、現在実施中のツアーの前に記者団へ語っている。2023年のワールドカップフランス大会を見据え、日々進化する。
笛が鳴った瞬間、叫びながら拳を突き上げた。
10月23日、昭和電工ドーム大分。日本代表のナンバーエイトである姫野和樹が、前半33分、ハーフ線付近で倒れる走者の目の前で腰を落とす。手元の球へ絡む。
向こうの援護役に引きはがされそうになりながら、自分の腕はボールにつけたままだ。一連の流れを受け、レフリーが相手の反則を認める。
約2年ぶりの国内代表戦に出た姫野が、ジャッカルと呼ばれる得意技を披露したのだ。ガッツポーズを作るのは必然だった。
この日は、壁を突き破る突進力も示す。世界ランクで7つ上回る3位のオーストラリア代表に23―32と惜敗も、存在感があった。
いまの目標は「世界一のバックロー(フランカー、ナンバーエイトによるポジション群)」。相手チームのマイケル・フーパー主将は憧れの対象ではなく、越えるべき壁でありライバルと見る。9月下旬からの事前合宿の序盤、こう話していた。
「世界一のバックローになりたいという思いが強くなっている。今後、ラグビーをやれる時間は10年くらいあります。まだ時間はあるので、足元を見つめ、自分と向き合いながら、自分の成長にドライブし、足りないものが何かを常に考える。後々はマイケル・フーパー、アーディ・サヴェア(ニュージーランド代表)に肩を並べ、越えられるようにしたいです」
高い目標を定めたのは、しばらく異国で揉まれたからだ。
身長187センチ、体重112キロの27歳の姫野は、2019年秋にはワールドカップ日本大会で5試合に先発。初の8強入りを果たす。強豪のアイルランド代表との試合で決めたジャッカルは、スポーツニュースはもちろんワイドショーでも特集される。
さらなる進化のために選んだのが、ニュージーランド挑戦という道だった。
この国ではナショナルチームがW杯で3度、優勝している。サヴェアら現役の代表戦士も数多く揃う。姫野が飛び込んだのは、そういう国だった。かつて元日本代表の田中史朗も在籍した、ハイランダーズへの期限付き移籍が成立。そこに大志があった。
「日本人としての力の証明。自分の力の証明…。それが一番、得たいものです。今後、ラグビーを日本になくてはならないものにしたい。海外で日本人がやれると証明すれば、もっともっと日本での人気、競技人口(の向上)にも繋がるし、子どもたちが夢を持てることにもつながる…」
新型コロナウイルス感染拡大防止のための隔離期間を経て、3月から同国最高峰のスーパーラグビー・「アオテアロア」(リーグ名)へ参戦。新人賞に輝いた。しかしそのタイミングで、想定外の苦難に直面する。
折しも、チームメイトとの共同生活から一人暮らしに移行した頃でもあった。栄誉に浴したタイミングで落ち着いた時間を持つと、どうにも、次への活力が湧かなかった。
オーストラリアのクラブとぶつかるスーパーラグビー・トランスタスマンを5月中旬以降に控え、6月以降に呼ばれていた日本代表への参加を辞退しようと思ったほどだった。
「絶対に『帰りたい』とは言わんとこと思ってきたんですけど、ぽろって、『あ、帰りたいな』と言ってしまって…。相当、メンタルやられてるな…って」
不幸中の幸いは、その折に約1週間のオフがあったことだ。
かねて自分の目標や思いを紙やボードに書くことのある姫野は、リフレッシュ期間に「メンタルの考え方」を変えた。最初にニュージーランドへ持ち込んだ大義をあえて捨てて、いわば解脱した。
「それまでは『自分が結果を残すかどうかで日本人選手の価値が変わってくるんだ』とか、自分で自分自身にプレッシャーをかけていて、かつプライベートでもストレスがかかる環境にいた。それでメンタルがやられる現象が起きてしまったんだなと自己分析しました。そこからはラグビーを純粋に楽しもうとした。結果を残さなくてもいいし、それで日本人選手の価値が下がってもそれはそれでいい。ファンが『まだまだだな』と言っていても、関係ない! …そんなメンタルに持って行ったら、活き活きしながらできたし」
かくして「トランスタスマン」でも好プレーを重ね、決勝戦に進む。心を磨く延長にあったのが、「世界一のバックローに」という新たなテーマだったのだ。
「必要に応じてメンタルを変えられたのは、大きく成長できた要素だと思っています」
海外での心の動きについては、別な角度からも深掘りした。2か国の文化を捉え直し、簡潔な結論を導くのだ。
「ニュージーランドでは時間がゆったりしている。オンとオフの切り替えができるのはいいなと思いましたが、いい意味でも、悪い意味でも適当というか…。僕はもともと2週間ほどフラットでチームメイトと過ごして色々と現地での過ごし方を学びながら、終わったらひとり暮らしをする予定でした。ただ実際は、家を用意されたのが数か月後で、不動産屋にもらった鍵で部屋に入ろうと思ったらその鍵が違う…とか。
逆に日本は凄くきっちりしている分、自分の時間を大切にしないる部分もある。お互いのよさを混ぜればいいのになと思いました。…まぁ何とも言えないですが、自分を大切にすることは凄く大事かな、とは思いますね。はい」
今秋の日本代表活動が始動する前には、主将の交替があった。
過去2度のW杯、さらに姫野が途中参加できた夏までのツアーでその責務を果たしたリーチ マイケルが、状態を鑑みて配置転換された。新主将がピーター・ラブスカフニと発表される前は、姫野も候補者に映った。
代表関係者に「いずれは主将にならなくてはいけない存在」と太鼓判を押されていて、今年代表デビューしたトンガ出身のシオサイア・フィフィタ曰く「姫野さんの英語がうまいことにびっくりしました」。バイリンガルの実力者であれば、チームメイト、首脳陣、レフリーとも円滑に関係を築けそうだった。
しかし当の本人は、現地入り当初は「ある程度は勉強してニュージーランドに行きましたが、最初はスラングもあって全然(会話が)わからなくて」。いまも「日常会話ができるくらいで、そこまで深くは喋れないです」と自覚する。
かたや15歳でニュージーランドから来日したリーチは、日本語で選手へ第二次世界大戦や東日本大震災の講義をしたことがある。英語圏出身のレフリーとの対話も、もちろん完璧だ。
諸々の現実を踏まえると、未来の船頭候補はつい慎重になる。姫野は打ち明ける。
「(代表主将には)興味はありますし、やってみたいと思います。ただ国際的なゲームでは、英語能力が大事になってくる。そういった意味では、まだまだ自分としては少し不安がありますし、厳しい部分がある。大前提として、英語能力を伸ばしていかなきゃいけないと考えています。日本代表はグローバルなチームでもあるので、(主将には)英語と日本語の両方を喋れるのが必須かなと」
チームは10月29日に渡欧し、11月6日からは日本大会で戦ったアイルランド代表、スコットランド代表などと計3試合をおこなう。己の精神状態と立ち位置を客観視できる愛知生まれの英雄は、主将ではなくても人をひきつける。抜群のパフォーマンスと魅力的なキャラクターで。
- 取材・文:向風見也
ラグビーライター
スポーツライター 1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある