「ボクシング界最強の男」が日本製シューズを履き続ける理由 | FRIDAYデジタル

「ボクシング界最強の男」が日本製シューズを履き続ける理由

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練習に励むカネロ。履いているのはミズノ製のリングシューズだ(Photo:Esther Lin/SHOWTIME®)
練習に励むカネロ。履いているのはミズノ製のリングシューズだ(Photo:Esther Lin/SHOWTIME®)

乱闘騒動

日本時間10月28日午前2時30分より、WBA/WBC/WBOスーパーミドル級チャンピオン、サウル・”カネロ”・アルバレスのZOOM会見が行われた。ファン待望のビッグマッチということで、出席した記者の数はおよそ90。質問のある者は、挙手ボタンをクリックし、司会者からの指名を待たねばならない。

カネロがメキシコ人であるため、この日参加したメディアはヒスパニックが多かった。現在のボクシング界でパウンド・フォー・パウンドKINGとされる3冠チャンプは、質疑応答の冒頭で「俺と戦うんだから、ヤツ(対戦相手のIBF同級王者、カレブ・プラント)は固い顎を持っていなきゃな。絶対に必要だ。こちらは常に万全の準備をしている。試合の日が待ち切れないよ。俺は強く、速い。カレブは人として、越えてはならない一線を越えてしまった。自分はそれを忘れちゃいない。だからこそ、非常に大事な一戦となった」と語り、禍根を残していることを隠そうとしなかった。

11月6日に行われる主要4団体統一スーパーミドル級タイトルマッチ。同ファイトが正式に発表された9月21日の記者会見において、両者は乱闘騒動を起こしていた。

記者会見時に起こった乱闘。本番も盛り上がることは間違いない(Photo:Amanda Westcott/SHOWTIME)
記者会見時に起こった乱闘。本番も盛り上がることは間違いない(Photo:Amanda Westcott/SHOWTIME)

カネロは落ち着いた表情ながらも、プラントへの怒りを露に回答を続けた。

「カレブのスキルはグッドだ。動きもジャブも、いいものを持っている。でも俺にとって、真新しいものは何も無い。序盤は多少我慢することになるだろうが、その後、こちらのジャブが有効となる。俺は勝利のためにすべきことを理解している。

頂点に立つためには、ハードに己を追い込まねばならない。だから俺は、日々、進歩できるように汗を流して来た。デビューからずっとさ。今回の試合に100%集中している。他の事は何も考えていない。終わったら、次の対戦相手を決めるよ」

パウンド・フォー・パウンドKINGは、英語での質問には英語で、スペイン語での質問にはスペイン語で応じる。母国語はスペイン語だが、きちんと英語を学んだ努力の跡が記者会見でも表れていた。

「統一王者になることは、俺のキャリアにおいて非常に大きな意味を持っている。ラテンアメリカのファイターとして初、というだけでなく、4つのベルトを束ねることになるんだ。エディ(トレーナーのエディ・レイソノ)と一歩目を踏み出した頃からずっと目指してきた。今、我々はゴールまでもう1試合というところにいる。

俺がリングで何を見せるかは、誰もが理解している筈だ。これまでとは違う個人的な感情があるよ。11月6日を、我々にとって素晴らしい夜にしたい。この1年ほど、パンデミックで思うように動けなかったが、今はペースダウンした事さえ有難いと感じる。振り返れば、今日までの道程は速かった。現在の状況を、嬉しく感じる」

2005年10月9日にカネロがプロデビューした頃から、トレーナーとマネージャーを兼任し、ずっと二人三脚を続けてきたエディ・レイソノへの質問は、スペイン語のみ。英語で話し掛けた際には司会者がその場で訳したが、ほぼ全員がスペイン語でダイレクトに訊ねていた。

「我々はこの試合に向け、4カ月間トレーニングしてきました。素晴らしい準備が出来ましたよ。この上ない結果をお見せします。11月6日が待ち遠しいです。

カレブは足の使い方を知っており、技術もあります。3つの特徴が見て取れますね。左の強さ、動き、そしてディフェンスです。我々が最初の数ラウンドに激しく攻撃した場合、逃げられるでしょう。ですから中盤まで耐えてから、打ち合いにもっていきたいですね。こちらは、自分のボクシングを貫き、勝利しますよ。

カレブ・プラントは、カネロの過去の対戦者であるエリスランディ・ララ(2014年7月12日に対戦し、カネロの判定勝ち)と似たタイプだと言えるでしょう。あるいはカネロがキャリア初期だった頃のシェーン・モズリー戦(2012年5月5日、カネロの判定勝ち)にも近いかな。

カネロは大きく成長を遂げましたから、心配材料はありません。タフなファイトにはなるでしょうが、ずっと我々が目指してきた挑戦です。経験が勝利に導いてくれるでしょう。長年、追い求めてきた統一王座を、必ず手に入れてみせますよ」

会見当初から挙手していたが、開始から30分になろうとしても、私の名は呼ばれなかった。乱闘に関してや試合運び、カレブ・プラントの印象よりもカネロに聞いてみたいことがあった。米国の大手メーカーと契約していたカネロが、ここ数試合、日本製のリングシューズを取り寄せている点である。

かつて私は、ジョージ・フォアマン、トーマス・ハーンズ、レノックス・ルイス、オーリン・ノリス&テリー・ノリス兄弟、マルコ・アントニオ・バレラらに依頼され、彼らにミズノ社のシューズを届けたことがある。

ハーンズにシューズを渡したときの一枚(撮影・林壮一)
ハーンズにシューズを渡したときの一枚(撮影・林壮一)

1979年12月、18歳以下のアマチュア・トップ選手が参加する第1回世界ジュニア選手権大会が横浜で催された。世界12カ国から98名の代表選手が集い、拳を交えたのだ。その宿泊施設の一つとなったアスターホテルに、ミズノ社がブースを出した。米国ウエルター級代表選手のミルトン・マクローリーが、この出店を頻繁に訪れた。

ミズノ社のボクシング担当責任者は、連日マクローリーと談笑しながら「優勝したら、あなたのサイズのシューズをプレゼントしますよ」なる約束を交わす。マクローリーは危なげなくVを飾り、笑顔でメダルを見せに来た。ミズノ社はブースで売れ残った10足あまりのリングスシューズを、全てマクローリーに贈呈する。

プロ転向後、WBCウエルター級王者となるマクローリーは、デトロイトのKRONKジムで汗を流しており、後に5階級制覇を成し遂げ伝説の男となるトーマス・ハーンズの友人でもあった。マクローリーがデトロイトに運んだミズノのシューズは、KRONK内で話題となる。ハーンズも、同ジムの代表であり、トレーナーとして数々の世界王者を育てたエマニュエル・スチュワードも絶賛した。

「素晴らしい品質だ。これがベスト。ミズノを一度履いたら、他社の物は使えない。セカンドベストは無い」

スチュワードはKRONKの有望株全員にミズノを履かせ、後に指導した選手にもそのクオリティーの高さを説く。元統一ヘビー級チャンピオンのレノックス・ルイスも、助言を受け入れた一人である。

レノックス・ルイスも愛したミズノ製のシューズ(撮影・林壮一)
レノックス・ルイスも愛したミズノ製のシューズ(撮影・林壮一)

ルイスの足は幅広かつ甲高で、2度作り直さなければ彼の足に合わなかった。2001年4月22日、ルイスはハシーム・ラクマンを見下し、碌に練習をせずにリングに上がってKO負けで王座から転落した。世界タイトルマッチの1週間前まで、映画の撮影に時間を取られながらの失態だった。

再起に懸けるルイスは、ハーンズが愛して止まなかったミズノ社の特性を信じ、7カ月後のリターンマッチに33センチの特注品を使用して、第4ラウンドKO勝ちでタイトルを奪還。その次のマイク・タイソン戦でも、新品を作って持って来てくれとのオーダーを私は受けた。

ミズノ社のリングシューズは大阪・難波の工場で作られている。ベルトコンベアーで大量生産するのではなく、職人が手とミシンで一つ一つ丁寧に作る。ルイスのシューズは、規格外の大きさだけに完成までに時間を要した。

「ラクマン戦は4ラウンドで終了したのだから、まだ使えるでしょう?」とルイスの側近に告げると、「『タイソン戦は、完璧な状態でリングに上がりたい。その為には新品が必要だ』ってチャンプが言うんだ」との返事であった。

ミズノ社は数週間でそのオーダーに応えた。私はキャンプ終了の3週間前に、ペンシルバニア州ポコノでトレーニング中だったルイスに、2ペアを届けた。ご存知のように、ルイスはタイソンを8ラウンドでノックアウトする。

各チャンピオンたちはミズノのボクシング担当者に打診し、商品提供を受ける形を取っていた。しかし、カネロは取扱店に連絡を取り、一般の消費者と同じように購入している。今日のボクシング界で最も客を呼べるチャンピオンなら、少なくとも1試合で5万ドルほどのギャラをもらって有名ブランドのリングシューズを使用することも可能だ。思いがけないカネロの律義さに、私は注目した。

ゴングまでもう間もなく(Photo:Esther Lin/SHOWTIME® )
ゴングまでもう間もなく(Photo:Esther Lin/SHOWTIME® )

また、世界タイトルマッチでミズノを履いたのは、2020年12月19日のカラム・スミス戦からだが、その2年半ほど前から練習時に愛用しているということであった。

ZOOM会見が31分を経過した頃、スクリーンに「あと1つの質問で終了です」の文字が躍る。指されない記者も多かったので、万事休すかと思った矢先、「ソーイチ・ハヤシ、どうぞ」とのアナウンスが聞こえた。胸を撫でおろし、音声をオンにしてカネロに語り掛けた。

―――あなたは日本からボクシングシューズを取り寄せていますね。トーマス・ハーンズ、レノックス・ルイス、マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレスらの影響ですか? なぜ、ミズノを選んだのでしょうか?

カネロは少し微笑み、答えた。

「とにかく履きやすく、心地良いんだ」

―――誰が勧めたんですか?
「最初に用意してくれたのはレイソノです。ミズノ、いいよね」

パウンド・フォー・パウンドKINGは、家内制手工業ならではの質の高さを感じているようだ。11月6日、カネロはミズノを履いて何を見せるか。ジャパニーズブランドは、世界中が期待するビッグマッチでどんな働きをするか。

  • 取材・文林壮一

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