プリプリ「最高傑作」と東日本大震災・再結成への壮絶ドラマ | FRIDAYデジタル

プリプリ「最高傑作」と東日本大震災・再結成への壮絶ドラマ

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1990年、全国コンサートツアーに向けて抱負を語ったプリンセスプリンセス(産経ビジュアル)

ちょうど30年前のヒット曲を紹介する連載です。今回は、プリンセスプリンセス『SEVEN YEARS AFTER』を取り上げます。この曲を私は、彼女たちの最高傑作だと思っています。

プリプリが時代を席巻したのは、その2年前、89年(平成元年)のことでした。『Diamonds』が109.7万枚、『世界でいちばん熱い夏』が86.5万枚と爆発的なセールスを獲得(売上枚数は『1968-1997オリコン チャート・ブック』より。以下同様)。平成という時代はプリプリから始まったのです。

さすがに、この勢いは長くは続かず、翌90年の『OH YEAH!』が57.5万枚、『ジュリアン』が58.8万枚、さらに1991年の『KISS』が40.1万枚と、徐々に高度を落としていきます。そして『KISS』の次が、この『SEVEN YEARS AFTER』で28.1万枚。なので、多くの人にとっては、記憶の片隅に追いやられている曲なのかもしれません。

それでもいいものは、いい。

この曲を名曲たらしめているのは、まずはサウンドです。とにかくドラマティック、ゴージャス、破壊力満点の4分43秒。

ただし、一見ならぬ「一聴」するとハードロックなのですが、よく聴くと、「maj7」や「dim」や「m7-5」など、化学記号のようなコードを携えたメロディが実に技巧的で、このあたり、作曲の奥居香(現:岸谷香)が持つ音楽的な実力を感じさせます。

しかし、この曲の価値の核心は言葉にあります。作詞はプリプリのドラマー=富田京子(ちなみに彼女は、傑作『M』の作詞も担当)。彼女による歌詞、そしてタイトルが、この曲を最高傑作と仕立て上げるのです。

――『SEVEN YEARS AFTER』

7年前、この設定が絶妙。91年の7年前ということは84年。後述するように、過去の恋を振りほどいて生きていこうとする女の子の歌なのですが、まずその舞台が84年と具体的に設定されることで、聴き手にもリアリティを与えます。

「あぁ、私は84年にどんな恋をしてたっけ?」と思いながら、この曲を聴いた当時の若者は多かったはずです(少なくとも私はそうでした)。

そして歌詞。「♪あんなに傷つけあう恋はもうできない」「♪あの時ひとり空へ投げた 銀のリング」と、7年前の恋を振りかえりながら、それでも最後には「♪あなたに逢えてよかった」「♪抱きしめたい あの日の全部を 強く」と総括して、その恋を振りほどく。

過去の恋を振りかえりながらも、過度にセンチメンタルにならず、最終的に、その恋を振りほどくところが、いかにもプリプリらしく、また当時のにぎやかな時代の気分にもあっていて、爽やかな読後感を与えてくれたのです。

東日本大震災チャリティーライブの直前に

『SEVEN YEARS AFTER』から「20 YEARS AFTER」となる2011年に起きた東日本大震災を受けて、1996年に解散したプリプリが再結成します。

――リーダーでベースの渡辺敦子は「自分に何ができるんだ?って自問自答したときに、ひとりじゃ微力で何もできない。だとしたらプリプリだなって。神様からの声が聞こえたような気がした」と語った。解散後それぞれの道を歩み、ほとんど会うこともなくなっていた5人が連絡を取り合い、震災復興のためにできることはないかと話し合って、再結成を決めたのだ。(文春オンライン『16年ぶり再結成「プリンセス プリンセス」が見せた、驚くほど自然体な素顔』)

しかし解散からのタイムラグは、さぁ演奏だというときに、メンバー、特に動きの激しいドラムスの富田京子を苦しめます。本人の言葉。

――まさかこの年になって、こんなに叱られながら、やるとは思いませんでした。40すぎて人に叱られることって、あまりないじゃないですか。「全然ダメ!」「やり直し!」って言われて、くっそー!と思いながら。(長谷川誠『DIAMONDS PRINCESS PRINCESS』-シンコーミュージック・エンタテイメント-)

それでも、何とか頑張って追い付いて、2012年に仙台サンプラザホール、日本武道館、東京ドームで、全8公演13万人を動員する大規模なチャリティーライブを成功させるのですが、先の長谷川誠氏の本によれば、東京ドームでの最終公演の直前、キーボードの今野登茂子が、富田京子にこう言います。

――「きょんちゃん、ありがとね。きょんちゃんが”考え直しなよ”って言ってくれて良かったよ」

実は、再結成へ参加を迷っていた今野登茂子の背中を押したのが富田京子だったのです。そして、今野のこの言葉を聞いた富田が突然、号泣。それを見た今野、渡辺敦子、中山加奈子ももらい泣きしたという、なかなかいいエピソードがあったといいます(岸谷香だけ、その会話を聞いていなかったというのも、らしいと言えばらしい)。

「♪あなたに逢えてよかった」
「♪抱きしめたい あの日の全部を 強く」

その東京ドーム公演のオープニングナンバーは『SEVEN YEARS AFTER』――この曲から30年、東日本大震災から10年が経ちました。

  • 取材・文スージー鈴木

    音楽評論家。1966年大阪府東大阪市生まれ。bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』(彩流社)、『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)、『イントロの法則80's』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『恋するラジオ』(ブックマン社)など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。

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