フジコ・ヘミング「何があっても大丈夫」と奇蹟のピアノを弾く理由 | FRIDAYデジタル

フジコ・ヘミング「何があっても大丈夫」と奇蹟のピアノを弾く理由

日本でいちばん人気のピアニストは、今日も舞台にあがる

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「奇蹟のピアニスト」フジコ・ヘミングさん、88歳。「あの戦争」を生き延びた現役アーティストの言葉には重くて明るい「希望」がある(10月22日東京文化会館 撮影:中嶌英雄)

「新型コロナの感染、たいへんですね。わたくしもずっと、外に出ないで家のなかにいます。でも、あのひどい戦争に比べたら、まだ大丈夫です。なんでもないです。みなさん、くじけないで」

昨年、新型コロナが日本を襲い、まだワクチンもなく世の中が暗く沈んでいたころ、こんなメッセージを発信したアーティストがいた。ピアニストのフジコ・ヘミングさんだ。

コロナ禍にあって、海外公演はもちろん、国内の公演もキャンセルになり、外を出歩くこともままならなかった。そんななかフジコさんのこの言葉に励まされたファンは多い。その後、感染者の増減によって、すこしずつ活動を再開、またキャンセルという1年余りが過ぎた。

そして10月22日、コロナ禍で延期になっていた東京公演が、半年ぶりに実現した。

「みなさま、こんばんは。ようこそお越しくださいました」

1曲目シューベルトの『即興曲 第3番 変ト長調 作品90-3』を弾き終えたフジコ・ヘミングさんは、東京文化会館大ホールのステージからこう挨拶した。

「わたくしは4回、PCR検査を受けました。それで今、耳が聞こえなくなってしまい。今日は、どんな演奏になるかわかりませんけれども、キャンセルしないできました」

満員の観客が、大きな拍手で応える。公演延期を耐え、待ちに待った夜。大きなホールを埋めたお客さんも感無量だ。

開演時刻が早かったせいか、1曲目の終わりに会場に入った数人がホールの後方にいた。

「あ。遅れていらした方、どうぞお席にお入りくださいね」

広いステージに、スタインウエイのグランドピアノが一台。ほかには、フジコひとりきりの舞台だけれども、すでに濃密な気配に満ち満ちている。

日本でいちばん人気のあるピアニスト、フジコ・ヘミング。1999年にリリースしたファーストアルバム『奇蹟のカンパネラ』がミリオンセラーになった。このCDの売り上げは200万枚を越え、クラシック音楽として異例のセールス記録を更新し続けている。

「フジコさんのピアノには、なにか特別な魔法があるんです。聴くと励まされるんです」(公演を訪れたファン)

12月に89歳の誕生日を迎えるフジコさんは、今も国内外で年間60ステージをこなす。が、昨年春からの新型コロナの蔓延で、公演の中止、延期を余儀なくされていた。

「奇蹟のピアニスト」と呼ばれる理由

フジコ・ヘミング。本名ゲオルギー・ヘミング・イングリット・フジコは、1932年に、日本人ピアニストの母と、画家・建築家の父のもと、ベルリンで生まれた。5歳のとき、一家で日本に帰国するが、太平洋戦争が始まり、父は祖国スウェーデンに帰されてしまう。以来、母の手で東京で育つ。

「子どものとき、防空壕のなかでガタガタ震えて。戦争は恐ろしかったですよ。わたしはまだ、この世の中で素晴らしいこともなにも知らないのに、美しいものも見ていないのに、ここで死ぬのか、と思って。あの恐ろしさに比べたら、感染症なんてなんでもありません」

フジコさんはそういって、ほんとうに体を震わせた。

そんな戦争を生き抜き、ピアノを続けたフジコさんは、東京藝大を卒業後ドイツに留学する。ウイーンを拠点にピアニストとして輝かしいスタートを切ったところで、耳の不調に襲われた。

演奏の機会がなかった時代もあった。が、音楽教師をしながら、ヨーロッパ各地で演奏活動を続けた。

そして1999年、テレビ番組がきっかけで「奇蹟のピアニスト」として注目を集める。60代後半でCDデビュー。それから20年にわたり、日本でもっとも人気のピアニストとして第一線で活躍している。

ピアニストなんて星の数ほどもいるのに、わたくしの演奏を聴きにきてくださって、うれしいわ」

この夜の2曲目はショパン。そして『トルコ行進曲』を抜群のリズムで弾き、公演の前半を終えた。介添えのスタッフとともに、杖を手にしていったん舞台袖にかえる。

「フジコさんの元気な姿が見られてよかった。演奏は力強くて素晴らしかった」

観客は口々にこう言い、休憩時間のロビーには笑顔が行き交う。声高に話す人はいないが、「静かな熱気」とは、このことだろう。久しぶりのコンサートに、みな高揚しているのがわかる。お客さんは、女性を中心に20代から80代まで幅広い。なかには若い男性の2人連れなども目にする。

後半は、ドビッシーの『月の光』から始まり、あの『ラ・カンパネラ』まで次々に演奏していくスリリングな構成。

「たくさんの拍手をありがとうございます。あまりたいした演奏ではなかったけれど、仕方ありません。耳が聞こえない。こんなことはたびたびありましたから、大丈夫です」

そう語るフジコさんに、客がほんとうに大きな拍手を返す。生の演奏を体験できた喜びが、ホールに満ちた。

フジコ・ヘミングのステージを20年近く撮り続けているフォトグラファーの中嶌英雄さんはこう証言する。

「フジコさんはものすごく真面目。毎日しっかり練習をしています。コロナ禍に外出ができなくて、すこし脚が弱ってしまったようですが、ピアノのペダルはしっかり踏めていますから」

ピアニストは機械じゃないから

フジコさんは、チャリティにも力を注いでいる。東日本大震災のときにはいち早く対応した。また、動物愛護に関する活動も熱心だ。

「今うちには12匹の猫がいるの。みんな、野良猫や保護してきた猫だから、人がくると隠れちゃうけど。さわることができない、人間不信なの。でもかわいいわよ。今まで、たくさんの動物たちと暮らしてきて、天国に行った子もたくさんいる。今ごろあっちですてきな音楽を聞いていると思う」

猫たちに囲まれ、ピアノを弾く生活。フジコさんの周りには、なにか特別な時間が流れているようだ。

「昔と同じには弾けない。間違うことも多いです。でもね、ピアニストは機械じゃないから、間違うものなんです。あたりまえです。かえって、間違う人のほうが繊細で、ひとの心をつかむ。

どんな場合でも上手く弾ける人は、たいしたことないの(笑)。

今、なにか『うまくいかない』人も、大丈夫。間違いのない人生って、そんなのいいの? 誰だって間違うもの。だから気にしないで生きればいいの」

パリで見つけて買ったという、カラフルなアームカバーをつけた私服姿のフジコさんはこう言って笑う。

「このところ耳が聞こえないので気持ち悪くてあまりピアノを弾いていないの。でも、大丈夫。こんなことは、今までも何回もありましたから。わたくしのピアノに感動した、励まされたっていってくださるファンがいるから、弾き続けます」

フジコ・ヘミングのピアノには、なにか特別な力がある。できないことがあっても、届かないことがあっても、わたしはわたしであることに価値がある。このままでいいんだと思わせてくれる。

88歳の現役ピアニスト、フジコ・ヘミングの演奏には、そんな魔法がある。

フジコ・ヘミング:1973年〜2021年の演奏から自身が選んだベスト盤『COLERS』をリリース。11月11日武蔵野市民文化会館、16日神奈川県民ホール、12月10日府中の森芸術劇場、13日神戸国際会館など、http://concertdoors.com/#concert年内18公演が予定されている

  • 撮影中嶌英雄

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