サッカー日本代表の救世主・田中碧が地元記者に語った「危機感」 | FRIDAYデジタル

サッカー日本代表の救世主・田中碧が地元記者に語った「危機感」

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10月12日、グループ首位・豪州と対戦した日本代表として先発し、先制ゴールを決める田中碧(写真:共同通信)

7大会連続ワールドカップ(W杯)出場をめざすサッカー日本代表のアジア最終予選のメンバーが近日中に発表されるが、ドイツのフォルトナ・デュッセルドルフでプレーする23歳の田中碧が選出される可能性は高い。負ければW杯出場の可能性が遠のいた10月12日の豪州代表戦で田中は先制ゴールをあげ、勝利に貢献。W杯出場にのぞみをつなげたが田中はこの戦いに挑む前、ドイツの地元記者にチームや自分自身の立場に対する「危機感」を語っていた。

来年11月にカタールで開催されるサッカーワールドカップ(W杯)出場をかけて、アジア最終予選は9月にはじまった。

3節までを終えた時点で日本代表は1勝2敗と苦境に立たされた。W杯行きに早くも黄色信号が灯るなか、求められたのは、沈む空気を一変させる、わかりやすい救世主の出現だった。

迎えた第4節オーストラリア戦、森保一監督が送り出した11人の中にいたのは田中碧だった。それまでの4−2−3−1システムから4−3−3に変更された中盤でプレーし、前半8分には貴重な先制点を決めた。田中がプレーしたいわゆるインサイドハーフのポジションでは攻守にもバランスよく加わることが求められ、それだけに周囲との関係性が重要になる。

最終予選初出場、初スタメンの田中はまるで長く代表でプレーしたいたかのようにそれをやってのけた。メンバーが固定化する中で久々の新戦力の活躍は新鮮だったが歓喜というよりも、これでW杯行きの可能性が消えないで済むという、安堵をもたらした。

ボールを奪われない1対1の強さとピンチを察知できる嗅覚で、在籍4年で6つのタイトルを得た川崎フロンターレの中心的選手だった。この夏の東京五輪で全試合に先発した田中はドイツブンデスリーガ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフでプレーしている。加入直後からレギュラーを勝ち取った田中に地元メディアは興味津々だ。

だが、まだドイツ語もできない田中の取材には言葉の壁が立ちはだかる。9月、地元メディア向けにクラブがセッティングした取材会には、通訳が同席した。通訳は田中がある程度のコミュニケーションを取れるようになるまでサポートするが、不自由がなくなれば現場を離れる予定だそうだ。

冒頭、ドイツメディアからは予想外の質問が飛んだ。

「あなたはいつも笑顔だが、それは生きる上でのモットーでもあるのですか?」

田中は少し困ったようにも笑顔にも見える表情でこう答えた。

「そうですね、まあ楽しく生きられればいいと思っています」

なんとなく空気が和んだところで取材会は始まった。

フォルトゥナを長く取材するいわゆる番記者が気になるのは、田中がフォルトゥナというクラブに失望していないかということのようだった。18/19、19/20の2シーズンを1部で戦ったフォルトゥナは2部では常に昇格争いに加わるチームだ。その前提でここにJリーグ王者から移籍してきたはずだが、現在の体たらく(第12節終了時で11位)をどう捉えているのか、という質問だ。

「常に上位を目指すクラブだと認識しているが、サッカーはそんなに簡単ではないのでもちろん勝つときも負けるときもある。次の試合からもっと田中碧というものを表現していければ」

回答は意欲的だった。ただ、そうはいっても現実問題、ドイツ2部でやっていても、日本代表を目指すことは可能か?ということも地元メディアとしては気になるところのようだった。田中が五輪で活躍し、今後はA代表の主力になるであろうという認識だ。

「(2部のクラブに所属していても代表に呼ばれるのは)可能ではあると思う。ただ、現時点では同じポジションに(遠藤)航くん(ドイツ1部のシュツットガルト)がいるので、そことのステージの差は間違いなくある。そこにいち早く追いつくことが必要。代表に選ばれることが目標ではなくって、代表で試合に出ることを考えたときに、日常的に戦っているステージを上げることは必要かなと思います」

また、田中はフロンターレからの期限付き移籍だ。レンタル期間が終わったら日本に戻ることも考えているのか、将来をどう捉えているのか。覚悟を問われた。

「もちろん海外に来たからにはサッカー選手である以上、上を目指すのは普通のことであると思う。でもまずはフォルトゥナで結果を残すことに集中してやりたいなと思ってます」

結果を残した先に、フォルトゥナの一員として1部昇格が待っていればベストだし、強豪からのオファーがあればそれもまたいい。でもまずはここでの結果、と腹は決まっているようだった。

東京五輪では全試合に先発。メダルをかけた3位決定戦に敗れ、ピッチにうずくまった(下、写真:共同通信)

ドイツ人記者たちはインタビューの最後に田中に「ドイツ語でなんか言ってみて」とリクエストをした。通訳が「自己紹介でもすれば」と田中に伝える。

「えーまた自己紹介するんですかー?」とささやかに抗議しながら、「僕はアオです。日本から来ました。僕は22歳です(当時)。デュッセルドルフに住んでいます」とすらすらと答えた。渡独したばかりだった田中はそんなリクエストをしょっちゅう受けていたことが伺えた。

ドイツメディアの取材会が終わると、筆者に時間が与えられた。通訳を介す手間と時間がかかるためドイツメディアの取材会では質問は遠慮してくれと言われていた。その代わりに時間を作るので、日本語で直接どうぞ、というわけだ。

あらためて、東京五輪での経験について尋ねた。金メダルを目指し、期待されつつ4位に終わったという言い方が正しいだろう。

「メダルを取りたかったというのはありますけど、すごい考えさせられる大会でした。まあもうオリンピックという舞台はないのでW杯に向けてもっともっとやらなきゃいけないんだなというのは感じますね」

何を考えさせられたのだろうか。

「僕らも自信を持ってやってましたけど、それ以上に敵が一枚も二枚も上手だった。もちろんそこに対抗していかなきゃいけないんですけど、でも、なんだろう、僕の感覚でいうと、10回中1回勝って、それでもしメダルを取れたら自分たちは強くなったかというとそうじゃない。

準決勝のスペインや3位決定戦のメキシコを相手に常に勝てるくらいの力をつけていかなくてはいけない、それはチームとしても個人としてもそう。そのレベルとの距離が自分が思ってた以上にあるんだなという風に感じた。これだけの差があって、この立ち位置なんだなという風に感じました」

現実をいやというほど突きつけられた大会が東京五輪だった。

今後はA代表でカタールW杯を目指すことになる。田中個人としても、ドイツ2部に止まっている必要はなく、自身の活躍次第ではドイツ1部や他の世界も広がってくる。先にも触れていたように自身の戦うステージが上がればそれは代表に還元できるものも多くなる。

「もちろんフォルトゥナで1部に昇格することが一番の理想ですし、それを一番の目標としてやっていければと思います。ただ自分が違うところにいく(移籍)というのは自分じゃどうしようもできないので、そこはまた別の問題かなと。今は本当に、このチームで結果を残すことが大事ですし、まあW杯まで時間もないので、本当に、結果を残す必要があると思います」

そして、先輩でありポジションを争う遠藤への思いをあらためて口にする。

「はたから見てもやっぱり、航くんと比べたときにどうやってももちろん彼のほうがすごいのは間違いないので、そういう選手に追いつくために、こういうヨーロッパの舞台で結果を残していかなきゃいけないかなと思ってます。代表に入ることが目標ではなくて、W杯で試合に出ることが目標なので少なくとも同じポジションの選手たちより活躍していかないと、いけないのかなと思います」

初先発した先のオーストラリア戦ではその遠藤とともに中盤でプレーした。今後はポジション争いをすることもあるだろうが、代表の力強い味方だ。

夏から秋にかけて、田中の環境は大きく変わった。五輪代表を終え日本代表に入り、海外移籍を果たしレギュラーに定着した。それでも欧州でのチャレンジもW杯への道も始まったばかり。前途は大きくひらけている。

  • 取材・文了戒美子

    1975年、埼玉県生まれ。日本女子大学文学部史学科卒。01年よりサッカーの取材を開始し、03年ワールドユース(現・U-20W杯)UAE大会取材をきっかけにライターに転身。サッカーW杯4大会、夏季オリンピック3大会を現地取材。11年3月11日からドイツ・デュッセルドルフ在住

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