刀に蕎麦に…「ピンポイント雑誌」のヒットに見る新しい世界感
はじまりは、所ジョージさん!?
宝島社の『はなまるうどんFAN BOOK』(シリーズ累計45万部突破)、学研の『大人の科学マガジン』(シリーズ累計60万部突破)など、読者ターゲットと内容を極端に絞り込んだ“ピンポイント雑誌”が売れている。
いつからそんなことに…。
代官山 蔦屋書店の文学コンシェルジュで元祖カリスマ書店員の間室道子さんに話を聞いたところ、「ピンポイント雑誌は確かにキテます。はじまりは’90年代の所さんだと思うんですよ」という意外な答えが返ってきた。
特集に雑誌自体が乗っ取られるという、とんでもない誕生秘話も!
間室さんが「ピンポイント雑誌のルーツ」と想定するのは『デイトナ』(ネコ・パブリッシング)。所ジョージをメインキャラクターとして’91年に創刊された隔月刊誌だ。
「テーマは所ジョージさんで、“ライフスタイルの創意工夫”をテーマに、クルマ、バイク、ファッション、家、スポーツなどを独自の切り口で紹介。その『デイトナ』のスピンオフとして生まれたのが『所ジョージの世田谷ベース』で、こちらも現在46号まで続いています。
世田谷ベースとは所さんちのガレージの別称。男の子って基地に憧れますよね。その憧れの最高峰が世田谷ベースだと思うんですよ。どちらの雑誌もひたすら“遊びの天才”である所さんを追っていけばいいので、内容はブレようがありません」(間室道子さん 以下同)
ひとりのタレントをひたすら追って20年続いているのも驚きだが、なかには特集に本誌が乗っ取られて誕生したピンポイント雑誌なんていうのもある。
『刀剣画報』(ホビージャパン)の大元は’19年刊行の『歴史探訪』という雑誌だった。創刊3号で「日本刀 美と魂」という特集をしたところ、ゲーム『刀剣乱舞』によって出現した“刀剣女子”が食いつき、この号がすごく売れたのだ。
「しかし編集部はまだ何ごとかに気づいてなくて、続けて“三国志”、“日本100名城”と特集を組むものの、売上げは3号に遠く及ばない。おやおやっ? となって6号では新選組やりたいなと企画しつつ、一応念のためかどうかわからないけど特集タイトルを“新選組 刀と血闘”にしたら、また売れた。
そこからの特集はもう必ず刀! とりあえず刀で攻めると売れる! あくまでも個人的な見解ですが“もうこれは刀雑誌にしたほうがいいんじゃね?”と話し合いがおこなわれたのか、’20年2月発売の号より『刀剣画報』(下に小さく「歴史探訪プレゼンツ」)とリニューアルして今に至り、本体の『歴史探訪』は既にありません」
個人OK、乗っ取りOK。…てか、それもう何でもありでしょ!
間室さんによると売れ筋のピンポイント雑誌はいくつかに傾向が分かれるとのこと。俄然興味が沸いてきたので傾向ごとに深堀り解説をしてもらった。
蕎麦ったら蕎麦、島ったら島!
1_住むなら湘南っしょ
「『世田谷ベース』は人への憧れですが、場所への憧れも。
『湘南スタイル』(エイ出版)は湘南エリアに住む人、住みたい人、湘南のように暮らしたい全国の人に向けてライフスタイルを発信。湘南をステイタスバリバリで推している雑誌です。『TURNS』は移住雑誌で、ローカルで暮らす魅力を紹介し、さまざまな情報を提供しています。
“東京にいなくてもいい”が主流となった今、この2冊は需要が高まっています。また、日本で唯一の離島マガジン『島へ。』(海風舎)という雑誌も。地域限定ではなく“島だ。とにかく島なんだ!”という切り口が熱いです」
2_ほほう蕎麦か。どれどれ
「趣味を切り口にした雑誌も人気です。
ガチガチの経済雑誌『月刊リベラルタイム』(リベラルタイム出版社)の別冊として産声を上げた『蕎麦春秋』は、国内唯一の日本蕎麦季刊誌です。
実は増刊や別冊で始まることが多いピンポイント雑誌。編集部内にその趣味、企画にとんでもない熱量を注ぐ人がいて“新雑誌じゃなくてもいい。1回でいいからやらせて!”といって誕生するんじゃないかな、と睨んでいます」
3_俺もやりました・持ってました
「『昭和40年男』(クレタパブリッシング)は、“年代ではなく年齢限定!”を強調しまくった情報誌。
ポイントは実体験の共有で、これも始まりはバイク雑誌『タンデムスタイル』の増刊でした。“めっちゃ絞り込んで昭和40年に生まれた男限定だ!”というところで、多分編集部に“そうはいってもおまえ…”的な空気が漂い、“じゃあバイク雑誌なんだから仮面ライダーでどうだ”となったのでしょうか。第1号の表紙は藤岡弘、さんでした。
好評につき、その後『昭和50年男』、『昭和45年女』も創刊されますが、『昭和50年男』のHPには“1975年生まれ・80年代育ちの全男子に贈る!”とあり、『昭和40年男』があれだけ年齢限定に決意を見せていたのに対し、こちらは“’80年代育ちさんいらっしゃい”と謳っていて、ちょっと日和ったかな、とも思います。あくまでも個人的な感想ですが(笑)」
自分の「好き」が市民権を得た喜びに、人々は酔いしれる…
売れるピンポイント雑誌の特徴は、その雑誌自体にストーリー性があることだと、間室さんは言う。雑誌の在り方に共感し、読むことで自分も雑誌と共に進んでいる気持ちになれるものが売れ筋になっている。
「これは最近のテレビのヒット番組にも見られる傾向で、“緊急SOS! 池の水ぜんぶ抜く大作戦”、“ポツンと一軒家”、“家、ついて行ってイイですか?”なども、視聴者が一般の人々の生活に物語性を見出し、等身大の人々に共感するから人気なのだと思います」
また、「タイトルどおり」というのも売れる要因になるという。
「例えば“ポツンと一軒家”なら、途中に大食いが出てくることはありません。視聴者はチャンネルを変えることなく、一軒家の正体を見届けます。
雑誌も同様で、『歴史探訪』だと三国志とか名城とか、その号によって何が出てくるかわかりませんが、『刀剣画報』なら間違いなく刀が出てくるから迷わず購入できます」
これ、雑誌を出すほうもけっこう勇気がいりそうだ。刀剣と銘打ったらもう、城だの江戸庶民の暮らしだのに逃げることは絶対にできないのだから。ピンポイント雑誌にはピンポイントにしただけの覚悟が必要だろう。
毎号刀だけという超ド級の変化球が投げられるのは、多様性の時代になり、こういうコアなものを好きと言ってもいいんだという空気が生まれたことも大きい。
「雑誌になるということは、市民権が与えられた保証にもなっていると思います。なんだかんだ言っても日本人は紙で雑誌や本を出すことが、まだまだステイタス扱いなんじゃないでしょうか」
発行部数が飛躍的に伸びることはなくても最低限の売上げは確保でき、特集によっては時々爆発する。そんなピンポイント雑誌のニッチな需要は、今後ますます高まっていきそうだ。
間室道子(まむろ・みちこ)代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュ。さまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」でもある。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。
- 取材・文:井出千昌
- 撮影:各務あゆみ
ライター
フリーライター、「森本美由紀 作品保存会」代表。少女小説家、漫画原作者、作詞家としても仕事歴あり。『mcシスター』、『25ansウエディング』(共にハースト婦人画報社)、『ホットドッグプレス』(講談社)などを経て、『25ans』、『AEAJ』(共にハースト婦人画報社)、『クウネル』(マガジンハウス)等に原稿を提供。編集を担当した書籍に『安部トシ子の結婚のバイブル』(ハースト婦人画報社)などがある。