生活保護を受けても路上生活を転々…明日に怯える50代女性の現実 | FRIDAYデジタル

生活保護を受けても路上生活を転々…明日に怯える50代女性の現実

所持金8円で亡くなった「渋谷ホームレス殺害」から間もなく1年

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イメージ写真です(提供:アフロ)

<昨年11月16日の早朝、所持金8円とわずかな身のまわりのものを抱えた60代女性が渋谷区幡ヶ谷のバス停で亡くなった。

40代の男が、持っていた白い袋で彼女の頭を殴りつけた。その場に倒れて亡くなった彼女の死因は外傷性くも膜下出血。無抵抗な路上生活者の彼女に対し「痛い思いをさせれば、いなくなると思った」と排除するために殺した、男の理不尽な理由が衝撃を与えた。

亡くなった彼女のような路上生活者の女性は今もなお、数多く存在している。野宿生活者など社会的弱者の取材を続ける松元千枝氏が、その実態を追った。>

ちょうど1年前、新型コロナウイルス感染拡大にともなう営業自粛が叫ばれる中、都内渋谷区のバス停で殺害された60代女性は仕事を絶たれ、路上生活に追いやられた。横になれないバス停のベンチで、かろうじて休息をとっていた彼女は「邪魔だった」という理由で排除(殺害)された。

この女性が路上生活をはじめる直前の仕事は、デパート地下街の試食アルバイトだったと言われている。私がコロナ禍で出会ったヒロ子さん(仮名、50代)も路上生活を強いられているが、彼女の最後の仕事も、デパ地下の試食コーナーだった。

「もしかするとどこかで会っていたかもしれない。まるで他人事とは思えなかった。私にだって起こりうることだった」

渋谷事件についてそう語ったヒロ子さんに初めて会ったのは、今夏実施された「女性による女性のための相談会」だった。コロナ禍において、女性たちが、派遣や日雇いの仕事や住まいも失うような危機に立たされる中でのことだった。

女性が路上生活を余儀なくされる背景は様々だが、私が出会った野宿女性では暴力的な配偶者や親から逃げていたケースが多かった。

ヒロ子さんも親の暴力から半ば逃げるようにして、30歳のころ独り住まいを始めたものの、転居先のアパートが親に見つかった。

突然、アパートに押しかけてきた母親は、真夜中の玄関先でヒロ子さんを怒鳴り散らした。それ以来、そこにはいられなくなった。アパートを出た後は、隠れるように生活した。

ヒロ子さんは次第に個人情報の取り扱いを気にするようになり、名前でさえ呼ばれることを極度に恐れるようになった。そうこうしているうちに住民票は職権抹消されてしまったが、居場所を探られずに済んだため放置した。親から逃れるため、住民票は復活せず分籍手続きもした。

住民票がないことは、定住できないことを意味する。ヒロ子さんの生活は、ウィークリーマンション、トランクルーム、自立支援寮というように、収入の減少に比例して、だんだんと同じ場所に定住する期間が短くなっていった。

寮付きの工場労働などに就いてしのいだこともあったが、屋根のある生活と路上を出たり入ったりするようになり、13年ほど前から完全路上生活になった。

現在は、生活保護を利用しつつ路上を「放浪」する。

生活保護を申請すると、路上から自立支援寮やアパートに転宅するのが一般的な流れだが、ヒロ子さんがそこにたどり着くまでには、「親」という大きな障壁があった。親や家族に居所を知られる恐怖から、どうしても住民票を復活できないでいる。

特に女性にとっては、野宿を強いられる生活は危険で溢れている。

男性の野宿者であれば、大概がブルーシートのテントを張って「家」を構え、大都市圏の公園や河川敷、ガード下などで生活する。ジェントリフィケーション(都市美化政策)により、今ではあまり見られなくなった光景だ。

一方、女性の野宿生活者にとって一定の場所にとどまることは、居場所を把握されることであり危険を招くため、移動し続けなければならない。女性たちが大きな袋を両手に抱えたり、カートを引いていたりするのはそのためだ。身の回りの品を持ち歩かなくてはならないが、駅のロッカーや手荷物預かり所を利用できる金はない。

ヒロ子さんも例外ではない。何日も旅行に出るのかと思わせるような大きさのリュックサックをカートで引っ張り、その上にカバンをもう一つ乗せて歩く。小柄な体には、大きすぎるほどの荷物を持って毎日移動する。

2008年は世界不況のあおりで、雇い止めにあった派遣労働者が、各地から東京の日比谷公園に集まった。そこには、ヒロ子さんの姿もあった。路上生活を脱したい一心で、支援を求め宿泊所を紹介してもらったが、生活は安定するどころか、精神不調がさらに悪化することになってしまったのだった。

原因は、人間が寝泊まりするには不潔すぎる宿泊所だった。

それまで「平均よりは多少、きれい好き」という程度だったヒロ子さんの潔癖は度を超えて、強迫観念となるほど深刻化した。精神科では、汚いことに恐怖を感じる「強迫性障害」だと診断された。

コロナ感染が拡大して以降は、「今までで最悪の状態。手にする物は何もかも消毒しないと安心できない。マスクをきちんとしていない人が通り過ぎたりすれば、全身に消毒液を噴霧する。アルコールのボトルを半分くらい使って、頭から滴るほどに消毒しなければ気が済まない」とヒロ子さんは言う。

荷物の大半は、この強迫性障害を緩和するための消毒グッズなのだ。ヒロ子さんは、すべてにアルコール消毒を施す。店に入れば、買い物かごをまずウェットティッシュで消毒。消費期限が迫る割引対象のバナナや豆腐を、それぞれ100円ほどで購入すると、財布にしまう前にまずはレシートにアルコール消毒液をひと噴き。商品もそれぞれ消毒して袋にしまう。

消毒せずに椅子に座ることもまずない。そのため、1日を通してヒロ子さんが座ることはあまりなく、どこかに座る前には消毒は欠かせない。

昨年11月、殴打されて亡くなった女性が座っていたという東京・渋谷区の「幡ケ谷原町」バス停(写真:共同通信)

ある日ヒロ子さんは、いつものように公園のベンチを消毒し新聞紙を敷いて、格安で買った海苔巻きを食べていた。

そこに、近隣マンションの住民から「気持ち悪い」と通報を受けたと警察官がやってきて、ヒロ子さんに職務質問を始めた。

ヒロ子さんが路上生活者だとわかると、警察官は青あざができるほどの力でヒロ子さんの腕を掴み、ベンチから投げ落とした。ヒロ子さんは勢いで地面に倒れこみ、地面がどれだけ不潔かを説い始めた。警官は「バイキンはお前だ」と吐き捨てて去っていった。

またある晩、泥酔客らが最終電車で去った頃に突然、仮眠から叩き起こされた。いきなり「ここはお前がいるところじゃない」などの怒鳴り声とともに、ヒロ子さんはベンチごとひっくり返されたのだ。

ヒロ子さんが他人から受けた攻撃は、昨年、渋谷のバス停で亡くなった女性となんら変わりない。

「男性は路上喫煙しても、路上でマスクなしで酒を飲んでいても、何やっても文句を言われないけれど、女は何をやっても文句を言われる」

「たとえ路上生活をしていても、身辺を頻繁に消毒する私はコロナ感染防止にはむしろ貢献しているはず。感謝されてもいいくらいなのに『バイキン』呼ばわりされるのはひどい。何をやっても邪魔者扱いされる」

自分の強迫性障害は、人間不信が原因だと理解しているヒロ子さんは憤る。

自分の意見をはっきりと主張するヒロ子さんは大の読書好きで、中でもSF小説を好む。理由は、仮想世界のおとぎ話だからではなく、現代社会の未来の姿を描いているからだと言う。

そんなヒロ子さんだからこそ自分の将来も深く考えてしまうのか、やっとたどり着いたアパート審査の取り下げを申し出てきた。夏に支援を仰いだ相談者とともに手続きを進め、なんとかアパート転宅が叶うかもしれない、という直前での出来事だった。理由は、「アパート契約審査が受からなかったら、もう立ち直れないくらい落ち込むから」だった。

自分で調べていくうちに、アパート転宅がもっとも厳しいと言われる三拍子を知った。「単身女性、障害者、高齢」である自分は、審査を通過する可能性が極めて低いことに気が付いたという。居住にも「適さない」と判定されることは、ある意味、人間として生きるために必要最低限な要素も満たさない、と烙印を押されるほど惨めなことなのかもしれない。

これまでも、親から否定され、警察や駅員、地元住民や清掃員からも嫌がらせや排除を受けてきた。住所不定で生活保護は利用できているものの、暴力的な親から自分の身を守るためにプライバシーを保持しつつ、住宅を確保することは不可能である。そもそも、住民票がない。政治や制度からも排除され続けた経験は、想像を絶するほどヒロ子さんをどん底に陥れたのだろう。

屋根のある生活を手に入れることも、寸前で断念せざるを得ないヒロ子さんにとって、唯一これが自尊心を保つ方法だったのかもしれない。ヒロ子さんの前に立ちはだかる障壁は、厚い。

世界的なパンデミックによって、誰もがヒロ子さんになりうるような困難を経験した。いままさに、「邪魔だ」という理由だけで、簡単に人が殺されてしまうような社会のあり方を見直し、立て直すべき時ではないだろうか。

  • 取材・文松元千枝

    ジャーナリスト。人権や労働など社会的正義に関する問題を主に取材する。共著に『マスコミ・セクハラ白書』(文藝春秋)、『マンガでわかるブラック企業』(合同出版)など、共同翻訳には『ストする中国』(彩流社)があり、2021年1月に共同翻訳『世界を動かす変革の力——ブラック・ライブズ・マター共同代表からのメッセージ』(明石書店)を出版

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