バス停で、町中で…勝手に設置された「野良イス」の奥深き世界
金曜日の蒐集原人第3回「ツバキングさんとめぐる十条~高円寺、野良イス観察ツアー」
コレクションはおもしろい。特定のテーマに沿って集められた充実のコレクションを見るのも楽しいけれど、それ以上にコレクションすることに夢中な人間の話はもっとおもしろい。この連載では、毎回いろいろな蒐集家の元を訪ねて、コレクションにまつわるエピソードを採取していく。人はなぜ物を集めるのか? 集めた先には何があるのか? 『金曜日の蒐集原人』とは、コレクターを蒐集したコレクションファイルである。
「路上観察学」というものがある。学問というか、遊びというか、現在進行形の社会風俗を観察・研究する考現学の一分野で、故・赤瀬川原平氏が中心となり路上観察学会を組織。1980年代後半から2000年代の前半にかけて活発な活動を見せていた。いまでも、その意志を継ぐ観察者はたくさん存在しており、ガスタンク、給水塔、路上の片手袋など、様々なテーマを研究している。
今回ご登場いただくMr.Tsubaking(以後、ツバキング)さんは、歩道上へ勝手に設置された「野良イス」の観察者だ。ご本人の解説を聞きながら、野良イスが多く出現している現場を見て回ってきた──。
景色の中に存在してこその野良イス
──今日はツバキングさんの案内で、埼京線・十条駅と中央線・高円寺駅の周辺にある野良イスを見て回ろうと思います。まずは十条の駅までやって来ました。駅から南口を出てすぐにある国際興業バスのバス停「十条駅」に、目指す野良イスがあるそうです。(ツバキングさんに引率され、筆者、編集者、カメラマンの4人で歩くこと約2分)。
ツバキング はい、最初はこれです。この野良イスは、これまで見てきたなかでも極めてお洒落度が高いものです。ただ、ここは写真を撮るのが難しいんですよ。本当は街に溶け込んだ状態の切なさも込みで撮りたいんですけど、スマホのカメラだと自分の望む画角が確保できなくて……。
──そうか、歩道が狭いから引いて撮れないんですね。
ツバキング 自撮り用のインカメラを使えばある程度の画角は確保できますが、それだと画質が少し落ちてしまうのが難点で。
──今日はプロのカメラマンに同行してもらっていますから、そこはうまいこと撮ってもらいましょう(笑)。
ツバキング 野良イスの魅力って、基本は「切なさ」なんです。元々は屋内用のイスとして働いていたであろうものが、その役目を終え、本来は自分の仕事じゃない場所──屋外で雨ざらしになりながら第二のイス生(いすせい)を送っている。
──第二の人生ならぬ、イス生を。それは確かにグッときますね。いまはカメラ付きスマホがあるし、インターネットも発達して、自分の趣味や研究成果を発表するのが容易になりました。その影響か、路上観察を趣味にしている人は多くなったと感じます。野良イスをやってる人は、ツバキングさんの他にもいますか?
ツバキング おそらくいないと思います。野良イス自体は、路上観察をしている人なら一度や二度は目にしているはずなんですが、ぼくの知る限り、これをまとめている人は見たことないです。
──路上観察全般に言えることですが、見えているのに気づかないものってたくさんありますね。
ツバキング 誰かがその存在に気づいて、ネーミングをすることで、ようやく誰の目にも見えるようになるんです。
──野良イスの写真を撮るときって、いつも同じ構図で撮るとか、何かフォーマットを決めていたりしますか?
ツバキング ロケーションごとに環境が違うので、フォーマットは定められないですね。ただ、できるかぎりイスだけを撮るのではなく、周囲の景色も入れるようにしてます。野良イスはそれだけ切り取ってもただのイスなんで。
──そうか、先ほどの「切なさ」もそうですが、風景の中にあってこその野良イスなんですね。では、次へ行きましょうか。埼京線の踏切を渡って西側へ向かいます(再び4人で歩くこと約5分)。
ツバキング 次の物件は本当に素晴らしいシチュエーションなんですが……あっ、もう利用されてる方がいますね!
野良イスは、ある路線にはある、ない路線にはない
──こちらは線路を挟んで反対側にある「十条駅」のバス停ですが、地域のおばあちゃんたちが野良イスに座ってバスを待っています。でも、これこそ野良イスが正しく利用されている姿ですよね。
──右側からピンクのパイプイス(背もたれが壊れてます)、学童用っぽい黄色のプラスチックイス、塗装の剥げたベニヤのイスが2脚、丸太を削り出して作られたスツールが2脚、そしてとどめはカラオケスナックにあるようなビロードの丸いソファ! これ雨が降ったら水を吸ってグチュグチュになるでしょ(笑)。
ツバキング ぼくが個人的に定めている野良イスの定義だと、この丸太のやつは基本的には野良イスとは言えないと思うんです。本来、野良イスというのは、屋内で使われていたものが外へ持ち出された状態のことであって、丸太のやつはこの場所のために作られた気配があるから。
──あ、なるほど!
ツバキング このように野良イスが集合している場所というのはけっこうあるんですけど、その魅力は「第一のイス生の様々が見られる」ということですね。過去どのように活躍していたかはわからないけれど、それらがいまここに集結している。
──オフィス出身の人もいれば、学校を卒業した人もいる。水商売だった人もいたりするわけですね(笑)。
ツバキング かつてはホワイトカラーでバリバリ活躍していた人がおじいちゃんになり、いまはシルバー人材派遣に登録して駐輪場で働いたりしてるじゃないですか。あれに似たものを感じます。
──わはは、わかるわかる! ここに野良イスが集中しているというのは、なぜなんですかね? たまたまこの地域にお年寄りが多いのか、そういう老人向けの施設でもあるのか……。
ツバキング 不思議なもんで、ある路線にはあるんですよ。で、ない路線には全然なかったりします。
──「置く人」の存在ですかね。お年寄りが自分で置くことはないだろうから、お年寄りのために置いてあげようって考える人がこの地域にいるかどうか、そういうことなのかな。
ツバキング ないところには(イスを置こうって)思いつきようがないんですが、1個目が置かれると次々と置かれるというのはあります。
──野良イスが野良イスを呼ぶ! そういえばツバキングさん、ちょうど昨日ツイッターでつぶやいてましたね。
ツバキング そう、「野良イスを1匹見かけたらその通りに20匹はいると思え」という。まさに、この通りでは野良イスがたくさん観測できます。
──ここに野良イスが多いことは、あらかじめ知っていたんですか?
ツバキング それが路上観察の難しいところで、事前にリサーチができないんですよ。とにかく現場に行ってみなけりゃわからない。ぼくは十条に来ることってまずないんですが、「SPA!」の取材で東十条の銭湯に行ったとき(※ツバキングさんはライターもされています)、ついでに周囲を散策していてこの通りを見つけました。
──野良イスって都市部に特有のものなのでしょうか?
ツバキング そうですね。地方に行って野良イスのことを話しても皆さんピンとこないというか、あまり理解されないです。
──地方だとバス停には正式なベンチが設置されているってことなのかな。
ツバキング そういうわけでもなさそうです。ベンチがないバス停にも野良イスはなくて、これはぼくの仮説なんですけど、地方ってそもそもバスの本数が少ないから、家で時刻表を見てバスが来る時間をめがけて家を出るんです。だから、それほど長くバスを待つことがない。
──ああ、なるほど! あと地方は渋滞もほとんどないでしょうから、バスも正確な時間に来るだろうし。
ツバキング いちど、野良イスのTシャツとかZINEとかを大阪に売りに行ったことがあるんですけど、大阪の人もあまりピンときてなかったですね。
──ここの野良イス、最初に見たときから皆さん気になっていたと思いますが、この折り鶴がたまらないですね。
野良イスと野良イヌの共通点
──着いたのは家電系のリサイクルショップでしょうか。店の前の歩道に2脚のパイプイスと、木製の丸イスが置かれています。
ツバキング これは、ぼくの定義では野良イスではないんです。
──ん? 他と何が違うんでしょう?
ツバキング ここは、あくまでもリサイクルショップのお客さんのためにイスを置いてるのであって、それは店舗のはみ出した一部なんですよ。
──そうか、飲食店なんかでも順番待ちのお客さんのために店頭にイスを並べていたりしますが、役割としてはあれと同じなんですね。
ツバキング 店の備品の一部として機能しているなら、それは野良イスではないんです。
ツバキング 野良イスって誰のものでもなくて、地域のみんなのものじゃないですか。なんとなく誰かが置いて、壊れたらなんとなく誰かが修理する。
──地域猫なんかとも似たところがありますね。どこの家でも飼ってないけれど、なんとなく誰かがエサをやっているという。
ツバキング そういえば、「野良イス」というネーミングは、わざとイスをカタカナにしてます。「野良イヌ」に空目されるかなと思って。なんかトイプードルを外で飼ってるみたいな感じがして楽しいじゃないですか。
──わははは! いまは「上十条3丁目」のバス停まで来てるんですが、ここにある野良イスはガムテープで補修してあります。裏面は剝がれたビニールカバーが垂れ下がって、犬が舌を出してるみたいになってますよ。
ツバキング 先ほどのカラオケスナックのイスもそうですが、こうしたクッション付きのイスは雨風のダメージを受けやすく、寿命が短いんです。
──それにクッション用のウレタンが雨水を吸うから、座るのにも注意がいりますね。
ツバキング 晴れてるからと油断して座って尻を濡らしてしまうことをぼくは「野良イスに嚙まれた」と呼んでます。
──ああ、いいなあ、それ!
野良イスと飼いイスの境界にあるような物件
──たまたまこの地域に野良イスが多いだけなんでしょうけれど、実際こう立て続けに現物が見られると、このまま終点までずーっと野良イスがあるような気がしてきます(笑)。あ、野良イスって、バス停に限定したものではないんですよね?
ツバキング 限らないですね。どこだったか正確な場所は失念しましたが、遊歩道に延々と野良イスが置かれてるのを見たことがあります。近所の人のお散歩コースになっていて、その途中で休憩するためのものなんでしょう。野良イスというのは唐突に現れます。
──ここまで順調にきてますが、そうなると「あっ撤去されてる!」というパターンも欲しくなってきますね。
ツバキング ははは、でもホント、その恐れはいつだってあるんですよ。
──さて、通りの反対側にも野良イスらしきものが見えるということで、信号を渡って向こうへ行ってみます。
ツバキング 離れたところからだと、一見ここには野良イスなんてなさそうに見えるんです。でも、近づいてみると店頭にパイプイスが2脚あって、これはバス停のための野良イスなのか、店のための飼いイスなのか、その中間くらいの存在なんですよ。
──飼いイス(笑)。確かにこれはどちらとも取れそうな感じですね。
ツバキング 大事なことだったらこのお店で聞いてみればいいんですけど、そこまでするほどのことでもない(笑)。
──ははは。夜に来てみればわかるかもしれません。
ツバキング そう。夜も出しっ放しだったら野良イス。店内に収納されていたら飼いイス。
──イスを補修しているガムテープと、店内の段ボール箱を留めているガムテープが同じものなのか気になるなあ。
ツバキング それによって野良イスなのか、飼いイスなのかわかるかもしれない(笑)。……というわけで、ここまでがとりあえず十条の野良イスでした。
十条から電車を乗り継いで高円寺へ!
──さて、十条を引き上げ、次はツバキングさんがお住まいだという高円寺までやってきました。街の傾向として、高円寺は十条とはうって変わって若い人が多いですよね。
ツバキング すれ違う人の顔もなんとなく違います。
──ツバキングさんは放送作家、ライターの他にドラマーでもあって、Boogie the マッハモータースやThe Buttzといったバンドでドラムを叩いていたりもします。高円寺はかつてはレコード屋さんがたくさんある街でした。
ツバキング いまはだいぶ減りましたけどね……(と、このあと中古レコード屋さんの話、うまいラーメン屋さんの話などに花が咲くのですが、それは本題とは関係ないので割愛)。
──はい、高南通りをずっと南下して、青梅街道に出る少し手前のバス停です。
ツバキング ここ、野良イスを中心とするバス停周辺は広々としているように見えると思うんですが、案外、写真が撮りにくいんです。
──あ、イスが車道の方を向いてるから、正面から写真を撮ろうとすると車道に出なきゃならないんだ。
ツバキング イスをこっち(歩道側)に向けてしまえばいいんでしょうけど、基本、イスを動かすようなことはしたくないし。
──物件に手を加えるのは、路上観察ではタブーですよね。
ツバキング それで、数年前にぼくが撮った写真はこれなんですけど……(と、スマホの写真を見せてくれる。それは、上記写真の背後に見えているマンションの螺旋階段を上ったところから撮影した俯瞰の構図でした)。
──うわー、この可愛らしい折りたたみイスの置かれた切ない状況がよく伝わってきます!
ツバキング 過去の写真をよく見ると、このイスも代替わりしてるんですよ。だから野良イスって、ただ捨てられてるとか、死んでるとか感じられるかもしれませんけど、けっこう使ってる人もいるし、役目を終えたら新陳代謝もするし、実は生きてるんです。
──こうして我々がイスの前でロケをして、語り合ったり、写真を撮ったり、それを見る通行人の皆さんはどう思ってるんでしょうかね?
ツバキング それは路上観察あるあるですね。大のオトナが4人も集まって何をしてるのかと。野良イスのことを知らない人は、ぼくらの目線の先を追っても、そこに何があるか見えませんから。
──あとは、顔をジロジロ見られて「なーんだ、タモリさんいないの?」なんてガッカリされたりして(笑)。
前にも後ろにも進めない均衡の上に成り立つ野良イス
──というわけで、青梅街道に出たら西へ向かって少し歩き、「新高円寺」のバス停まで来ました。これは野良イスではなくて本来のバス停用のベンチですが、対比としてこれも押さえておきましょう。
──野良イスの半分は優しさで出来ていますが、その一方で、いま都内ではホームレスなどを締め出すための「排除アート」が取り沙汰されてもいます。
ツバキング 去年の暮れにちょっとだけ野良イスが話題になったことがありまして、青山二丁目だったと思うんですけど、バス停の野良イスを自治体に通報した人がいたんですね。そういう届けがあると行政としては対応するしかなくて、「撤去してください」って張り紙をしました。すると、その張り紙の余白に、誰かが「80歳のおばあちゃんが使ってるので、もう少し残しておいてくれませんか」って直訴の書き込みをしたんですよ。
──ああ、うちにも85歳のバーサンがいるので、そういう話を聞くと泣けてきます。
ツバキング で、そのことをツイートした人がいて、そのイスは不法投棄なのか、あるいは地域住民への優しさなのか、という議論がツイッターで展開されてバズりました。結果、その野良イスは撤去されたんですけども、あらためて正式なベンチが設置されました。
──おおー、世論が行政を動かした!
ツバキング 野良イスって、法律上それが不法投棄であるのは間違いないんですが、だからといって、誰かが勝手に持ち去るのもいけないんですよ。
──たとえゴミでも窃盗罪か何かに該当するんでしたよね。
ツバキング そのため行政がそれを処理する場合でも、煩雑なフローを経ないといけないから非常に面倒で、3年経ってもそのままだったりするんです。
──そのままにしておくのが、いちばん面倒がなくていいってことですね。
ツバキング 前にも進めない、後ろにも進めない。その複雑な均衡の上でギリギリ成立しているのが野良イスなんです。
──で、ここで青梅街道を渡って反対側の「新高円寺」のバス停に来たんですが、これはまた見事な野良ベンチですね。
──今日、我々は野良イスと遭遇するたび、そこにおばあちゃんが座っていたら次のバスが来るのを一緒に待って、イスが空いた瞬間に写真を撮るというのを繰り返しているわけなんですが、ツバキングさんも野良イスのウォッチング活動をするときは、同じようなことをしてますか?
ツバキング 魅力的な野良イスのときは待ちますけど、見慣れた形のものならそこまではしませんね。
──あっ!(バス停のそばにある3分間写真機の外壁に印刷されているサンプル写真を指差し)、わたしはこれを撮り集めていた時期があるんです。いろんなモデル、いろんなバリエーションがあるんじゃないかと思って。でも何パターンか集めてみて、この分野はこの先とくにおもしろくなる可能性は薄いなと思って、やめました。
ツバキング ははは。ぼくが褒め言葉としてよく使うのが「会議通ってないなー」ってやつです。
──発案者の情熱だけで突っ走ってるやつね。証明写真のサンプルなんかはちゃんと会議を通ってきてるから、無難なものしかないみたいです。その点、野良イスは会議を通ってないから、突拍子のないものが出てきたりするんでしょうね。
ガラスの向こうの座れないイス
ツバキング このくらいの片側三車線くらいの道路で、反対側に野良イスを見つけたときは快感というか、焦燥感というか、自分の次の予定との戦いなんですよ。
──ああ、わかります。片手袋を研究されてる石井公二さんなんかは「乗り物での移動中に片手袋が路上に落ちているのを見かけたら、下車してでも撮る!」と豪語されています。
ツバキング それを時間の無駄と捉えるのか、コレクションのための必要な時間と捉えるのか。
──問われますね。
ツバキング はい、ここが今日の最終地点です。
──再び青梅街道を渡って、北側の歩道に戻ってきました。「西馬橋」というバス停ですけれど。
ツバキング ここは「野良イスであってほしかったー!」っていう場所なんです。
──わははは、なんだこりゃ!
ツバキング 野良イスのことを考え始めると、何を見てもすぐに野良イスに見えてしまうんです。ぼくは自転車で移動することが多くて、そうするとすぐに「あれ、野良イスじゃないか?」って空目してするんだけど、急いで戻ってみたら野良イスじゃなかった。ここはそういう場所です。
──わははは。ここでドキドキしてる人なんてツバキングさん以外にはいないですよ(笑)。いいオチがついたなー。
アフタートーク(ファミレスでさらにお話を聞きました)
──今日は引率していただきありがとうございました。ここで、あらためて野良イスの定義を教えてください。
ツバキング いちおう3つあるんですけど、1つめは「元・屋内用のイスである」こと、2つめが「捨てられているわけではない」こと、3つめは「店などに属していない」ことです。
──今日、実際に回ってみて、3つめの「店などに属していない」ことがとくに重要なのがわかりました。いろいろ見ていくなかで、そのイスが自由な野良なのか、店に飼われているのか、そこで判断が分かれましたもんね。
ツバキング 今日最後に鑑賞したガーデン用のベンチは明らかに屋外用のものなので、定義の2で判断すると野良イスからはちょっと外れるんですが、そんな例外もまた楽しみのひとつとして許容しています。
──そもそも、野良イスを集め始めようと思ったきっかけは何なんでしょう?
ツバキング 最初は「野良イス」なんて名前はなくて、なんとなくバス停にあるイスって切ない感じがするな、可愛く見えるな、と思っていて、とりあえず写真を撮り溜めていたんですよ。そのうち、そのセンチメンタルな感じの理由が見えてくるようになってきて。
──ああ、わかります! 最初は闇雲に集めるんだけど、数が集まることで方向性やテーマが見えてきて、突然、そのコレクションが意味を持ち始める。
ツバキング 今日見てもらった7脚のイスが並ぶ「十条駅」もそうですが、最初のきっかけになったのは2016年に「杉並税務署」のバス停で、そこには来歴の異なるイスが5脚ほど集まっていました。
ツバキング 来歴は違っても、いまは同じ場所に集まって街の人の生活を支えている。これらのイスはどこにも属していないけれど、街の人たちに愛されている。そこから「野良イス」というネーミングが生まれました。
──名前が付いた瞬間から、コレクションというのは命を吹き込まれますね。
ツバキング それ以来、意識して野良イスを探すようになりました。これまでは何かのついでに「見つけるもの」だったのが、意図を持って「探しに行くもの」に変わったわけです。これは「コレクターあるある」だと思うんですが、どんなものでも集めていると熱が冷めてくるときってあるじゃないですか。そのときに、ぼくは無理にでもお金と時間をかけて、意図的に「好きを継続させる」ということをするんですよ。
──「好きを継続させる」ために、具体的にはどんなことを?
ツバキング 静岡県まで野良イスを探しに行きました。一泊二日で、見つけたのはひとつだけですが。でも、そのおかげでいまだに飽きずに続けられています(笑)。
──観光地の顔出し看板コレクターは「自分で穴から顔を出す派」と「出さない派」に分かれるんですが、ツバキングさんは野良イスに座ってみる派ですか?
ツバキング いやあ、ぼくは座らないですけど、ツイッターに「捨てられたイスに座る」ことをしてる人がいますね。捨てられたイスに座って、その写真をツイッターにあげ続けているという。
──わはは、いろんな人がいるなあ……(※あとで検索してみたら、デイリーポータルZの黎明期に活躍したスミマサノリさんでした)。
ツバキング そういう意味で言うと、ぼくは野良イスを極度に擬人化(擬イヌ化?)しているので、そこに自分が入る必要を感じないのかもしれませんね。風景というより生き物として見ている。ぼくは仏像も好きなんですが、仏像もそこに「ある」じゃなくて、そこに「いる」と思っているので。
──そういえば、プロフィールに仏像検定1級という記述がありました。これはなんですか?
ツバキング 若い頃からフィギュアとしての仏像が好きだったんですよ。それで、仏像を見ているうちに仏教の教えも気になって。それでよく考えたら父の実家がお寺で、いまは従兄弟が住職なんですけど、いろんなことを教えてもらったり、結婚式も仏式で挙げたりして、いまは釈成量(しゃくじょうりょう)という法名ももらっています。
──コレクターというのはいろんな趣味を持ってる人が多い印象ですが、まさか仏像とは(笑)。ところで、野良イスというのは永遠にそこにあるのではなく消えゆくものだと思うんですが、発見した野良イスは記録として残してますか? 日付、場所、イスの種類とか。
ツバキング データとしてまとまってるものではないですが、インスタグラムで野良イス専用のアカウントを作って、日付と場所を書き込む形で残してますね。野良イスが消えゆくものというのはまさにその通りで、基本的にバス停と運命を共にするものなんです。
──バス停と運命を共にする?
ツバキング バス路線のルートが変更されるなどしてバス停が廃止されると、そこに置かれていた野良イスも役目を終えてしまう。つまり「バス停の死は、野良イスの死」でもあるという。
──(ツバキングさんのスマホで上の写真を見せてもらって)うわー、これはすごいな! まるで長編小説のラストシーンというか、なんだろう、法名を持つツバキングさんが、ある野良イスの最期を見届けた、ということなのかもしれませんね。いやいや、ラストにすごいものを見せていただきました。
(取材後記)
ライターで、放送作家で、ドラマーで、温泉ソムリエで、仏像検定1級の持ち主でもあるというツバキングさん。ツイッターのタイムラインに「野良イス」のことが流れてきたのでフォローしてみたら、共通の友人がたくさんいて、すぐに仲良くなってしまいました。世代的には路上観察学会よりも先にVOW(雑誌『宝島』で連載されていた街の変な看板などの投稿欄)の影響を受けているそうですが、街の無意識をおもしろがるという点では、私もまったく同じ。それにしても、実際に現場を見て回る体験をすると、次からは街の見方が変わりますね。
(この連載は、毎月第1金曜日の更新となります。次回は2月4日の予定です。どうぞお楽しみに!)
- 取材・文:とみさわ昭仁
- 撮影:村田克己