「はじめの一歩」に登場した注目ボクサーが挑む日本王者への一歩 | FRIDAYデジタル

「はじめの一歩」に登場した注目ボクサーが挑む日本王者への一歩

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「はじめの一歩」出演の意外な経緯

11月27日、後楽園ホールで日本フェザー級タイトル挑戦者決定戦が行われる。この一戦に出場する渡部大介は、人気漫画『はじめの一歩』に“出演”したことで、新たなファンを獲得した。日本チャンピオンを目指す渡部にとって、27日は試金石となる。

昨年8月、激闘を制して「はじめの一歩30周年記念フェザー級トーナメント」で優勝した渡部選手(左)(撮影・山口裕朗)
昨年8月、激闘を制して「はじめの一歩30周年記念フェザー級トーナメント」で優勝した渡部選手(左)(撮影・山口裕朗)

4回戦ボクサーにはプロボクシングC級ライセンスが与えられる。6回戦に上がるとB級となり、8回戦以上がA級ボクサーとなる。1986年以降、各階級で毎年A級ボクサートーナメントが行われている。スタートからの10年間は優勝者に日本タイトル挑戦権が与えられたが、現在はランキングを上げるため、日本王座挑戦を具体化するための大会として存する。2年前の同大会フェザー級で優勝したのが、渡部大介だ。

2019年度のフェザー級A級ボクサートーナメントには、<はじめの一歩30周年記念>という冠が付けられた。『はじめの一歩』は1989年より『少年マガジン』で連載が始まり、2021年12月17日に133巻が発売される。単行本の累計発行部数9700万部という超人気漫画だ。主人公の幕之内一歩はインファイトを得意とする元フェザー級の日本王者で、数々の名勝負を演じてきた。それだけに毎試合激しく打たれ、現在は選手を引退して指導者の道を歩んでいる。

著者の森川ジョージ氏は、「はじめの一歩30周年記念フェザー級トーナメント」開催が発表された2019年4月の記者会見において、トーナメント優勝者への副賞を打診された。

「バンタム級のA級トーナメントは元WBC同級チャンピオン、山中慎介さんのキャッチフレーズだったGod’s Leftと名付けられ、優勝者には山中氏から副賞として腕時計が贈られることになっていました。記者の方から『フェザー級は副賞が無いんですか?』と質問され、僕は何も用意していないと答えたんですよ。そうしたら、『一歩の作品内に登場させるのはどうですか』という声が上がって、それを聞いた選手が色めき立っちゃったんです。

こちらとしては『ストーリーの展開もあるし、そういうのは難しいんですよ』って言ったつもりなんですが、自分の声が会見場で掻き消されてしまった。プロモーターも、『それ、いいですね!』ということで…。選手たちも、出たい! という空気になったのが、真相です。流れで副賞が決まってしまったものの、どうすりゃいいんだよ…と僕は思っていました(笑)」(森川氏)

挑戦までの道のり

同トーナメントには4名の日本人選手、韓国、中国、フィリピンの選手がそれぞれ1名ずつエントリーし、計7名によって争われた。全員が『はじめの一歩』のファンだった。

中学2年生時から『はじめの一歩』を愛読する渡部大介は、当時日本フェザー級6位。この漫画に出会った頃はサッカー部に所属していたが、札幌工業高校入学後、ボクシング部に入部する。道都大学卒業までアマチュアとしてリングに上がり、戦績は40勝(17KO)14敗。

27日の試合に向けて練習を重ねる渡部選手。練習着にはHOKKAIDOの文字が(撮影・林壮一)
27日の試合に向けて練習を重ねる渡部選手。練習着にはHOKKAIDOの文字が(撮影・林壮一)

「小学2年から中学卒業までGKでした。市の選抜くらいには入っていましたが、身長が162センチですから、サッカーを続けても先は無いなと。それで、大好きだった一歩の影響でボクシングを選びました。絶対に諦めないメンタルや、愚直に戦う姿に、何度も胸を打たれました。他の登場人物では、ロシアからの輸入ボクサーであるヴォルグ・ザンギエフや、一歩と新人王を争ったジェイソン・オズマが好きです。人柄が魅力的なんですよね。日本という異国の地で生きながら、ボクシングで上を目指しているところとか、自分を支えてくれる周囲の人の為に頑張る、という姿勢に惹かれます」

札幌工業高校のOBで、近畿大学を卒業後、社会科の教師として赴任した監督の教えは厳しかった。入学時、同じ学年のボクシング部員は10名だったが、3年生になる頃には4人に減っていた。

「3年間、練習はキツかったですね。それだけではなく、学業でも赤点は認めない。ボクシングだけしていればいいなんて言語道断。高校生の本分である勉強を疎かにしてはいけない、と叩き込まれました。『苦しい時に、もう一歩、二歩、動け。勉強も同じことだ』という言葉が今でも耳に残っています」

渡部は部活動に打ち込む傍ら、地道に学業にも向き合い、最終学年ではキャプテンを任される。奈良インターハイではベスト8に入った。

「高校でボクシングを終えようとは思いませんでした。卒業後は、一歩のように就職してプロになろうか、とも考えたんです。でも、監督に『進学できるのなら、大学に行った方がいい』と助言され、ボクシング特待生として声を掛けてくれた道都大学への入学を決めました」

経営学部経営学科の学生として学びながら、ボクシング部で汗を流す日々が続く。

「高校時代と比較すると、かなり緩い部でした。1学年上の先輩は4人しかいなかったのですが、そのうち2人とは高校時代に対戦し、僕が勝っていました。試合やスパーリングの映像を録画し、自分で考えてボクシングをする癖がつきましたね。もちろん、有名選手の映像も頻繁に目にして学びました。フェザーから3階級を制したワシル・ロマチェンコや、スーパーバンタム、バンタムと2階級を制したギジェルモ・リゴンドーの打たせないボクシングを参考にしました」

3、4年次に国民体育大会、全日本選手権に出場し、バンタム級でベスト8が最高位である。

「プロで自分を試したい」

大学生活を送りながら、プロで自分を試してみたいという思いが強くなっていく。同郷の元世界王者、内藤大助氏と知り合うきっかけがあり、アドバイスを求めると「ワタナベジムがいい」と説かれた。WBAスーパーフェザー級チャンピオンの内山高志、WBAスーパーフライ級王座奪還を目指す河野公平、井上尚弥と日本タイトルを争った田口良一などがひしめき合っていた。

「大学4年で出場した東京国体をワタナベジムのトレーナーに見てもらって、『いいだろう。ウチに来い』とのことで、入会しました。2014年3月末に上京し、寮で生活しながらデビュー戦の準備に入りました」

高層ビルの窓拭きのアルバイトをしながら練習した。東京の暑さに慣れ、プロで戦えるようなスタミナを付けることが当面の課題であった。

次の試合に向けて練習にもがぜん気合が入る(撮影・林壮一)
次の試合に向けて練習にもがぜん気合が入る(撮影・林壮一)

同年11月7日に56kg契約ウエイトでプロデビュー。4回TKOで勝利した。第2戦も2ラウンドで相手のコーナーからタオルが投入されてのTKO勝ちだった。

「でもそこから2連敗しました。今、振り返れば、まだアマチュアのリズムで戦っていたんです。3戦目は4ラウンドまで僕がフルマークでポイントをリードしていたのに、打ち疲れたところに左フックを喰らってダウンを奪われてのKO負けでした。初めてのダウンだったので焦ってしまい、すぐに立ったら、足元がふらついていたのでレフェリーがストップしたんですよ。

僕はこの敗戦で、打たれることの恐怖感を覚えてしまった。4戦目は戦いながら迷ってしまって、ズルズルとポイントを失っての判定負けでした」

2つの黒星の後、渡部は自分のボクシングを見直す。

「僕は足を使ってリズムに乗れば、相手をかく乱できて自分の長所を生かせられます。でも、ずっとそれを続けると疲れてしまう。ですから打ち疲れないように、足だけで相手の攻撃を躱すのではなく、ボディワークでパンチをよけるトレーニングを積みました。

それから、スタミナを徹底的に強化しましたね。8ラウンドのスパーリングを何度も重ね、直後にサンドバックラッシュやミット打ちをこなしました。走り込みも、ダッシュの回数を増やしました。自分を追い込めば追い込むほど、精神的安定を得られました」

そんな折、川崎新田ジムから「ウチの古橋岳也とやれる選手はいないか?」というオファーが届く。

「自分には失うものが無いし、上に行くにはチャンスだなと。古橋は日本スーパーバンタム級タイトル戦を経験していましたし、よし、やってやる! と思いました。

こちらが試合の流れを作って、自分のボクシングをする。相手に合わせない。その二点をテーマにしました。初回に左フックを浴びせて、ポイントを取ったんです。でも、3ラウンドにこっちが左フックを喰らって右を眼窩底骨折してしまいました。相手が二重に見えました。とにかく痛かった。今すぐ、試合が終わってくれよと感じたほどです。

で、インターバルでトレーナーから『お前、また負けてえのか!』と喝を入れられたんです。4、5、6ラウンドを何とか終えたら『もっと足を使え』と言われて、やってみたらまだ体力が残っていました。無我夢中で8ラウンドを終えたら、僕が3-0の判定で勝者となっていたんです」

初めてのメインを張るも…

古橋戦の勝利で、渡部は日本7位にランクされる。ダメージを負いながらも国内のトップ選手を下したことで、ステップアップできた。そこから4連勝し、日本タイトル挑戦の前哨戦として、故郷、札幌での試合が組まれる。初めてのメインイベントだった。

しかし渡部は、家族、友人、かつての恩師の前で僅か40秒で敗者となる。右フックを浴びてのKO負けだった。

「実は、スーパーバンタム級のリミットである55.3kgに体重を落とすことが厳しくなっていました。そのうえ風邪もひいてしまって……。地元であんな負け方をして、本当に悔しかったですね。3週間くらい、何も手につきませんでした。

色々考えましたが、僕が出した結論は『これでは終われない』でした。日本ランキングからも漏れてしまったので、上位ランカーを喰ってやる! と会長にお願いして決まったのが阿部麗也戦です。当時、彼は日本2位、OPBF7位、IBFでは11位にランクされていました。サウスポーであることとスキルの高さを恐れられ、なかなか試合が決まらなかったんです。僕は、上位ランカーで、すぐに試合を受けてくれそうなサウスポーとやりたかったんですよ。アマ時代にサウスポーと数多く対戦していますから得意ですし、もう一度上を目指すためにも、強い選手との試合を希望しました」

2018年3月2日、プロ10戦目のリングに上がった渡部は、阿部のジャブを潜って中間距離で戦おうとしたが、なかなか懐に入れず、判定負けを喫する。

そして「一歩トーナメント」へ

その後、4勝2分けで「はじめの一歩30周年記念フェザー級トーナメント」を迎えた。

「出場するかどうか、一瞬迷いました。僕が狙っているのはあくまでも日本フェザー級タイトルです。もし、ノーランカーばかりがエントリーしてきたらタイトル挑戦が遠のくんじゃないか、と。上位ランカーと戦えても負けたらチャンスを失います。でも、なかなか次の対戦相手も見付からなかった時期で、タイミングもいいし、トーナメントなら3試合できるから、やることを決めました。それからは優勝しか見なかったですね」

初戦は偶然のバッティングで相手が負傷し、試合続行不可能に。4ラウンドまでの採点により渡部が次戦に駒を進める。2戦目はフィリピン人選手との打ち合いを制し、決勝では乱打戦で相手を凌駕し、ダウンを奪って優勝した。

「カウンターを警戒しながら、距離の取り方、足の運びを意識して自分の右を効果的に当てたのが1戦目、相手の速く重いジャブを殺し、同じモーションで放ってくる左フックをもらわないように攻め続けたのが2戦目、そして序盤ベタ足で打ち合ってしまったけれど、途中から足を使って右ストレートを当てていったのが決勝です。『一歩トーナメント』で自分の成長を実感できました」

その渡部の3試合を目にした森川ジョージ氏は語る。

「全試合を見ましたが、フェザー級トーナメントはどの試合も素晴らしく、こちらの方がお礼をしなきゃいけない、ありがとうという気持ちでした。

渡部大介選手のことは以前から知っていて、パンチのあるいいボクサーだなと感じていました。ただ、猪のように相手を追いかけ、それを躱されて終わるような展開もありました。一歩によく似ているんですよ。何度か話したこともありますが、優しい子だなという印象を持っています。そんなところも、一歩との共通点が見られました。

今回の一歩トーナメントで、彼は一皮も二皮も剝けたと思います。まったく違うタイプの選手と戦って、そこを勝ち上がったことが大きな自信になったでしょうね」

どれだけの激闘だったか、この顔を見れば一目瞭然だ(撮影・山口裕朗)
どれだけの激闘だったか、この顔を見れば一目瞭然だ(撮影・山口裕朗)

さて、「優勝特典」である渡部の『はじめの一歩』への登場だが、2021年3月17日発行の『少年マガジン』に掲載された。

「命懸けで戦って勝ったからこそ得た権利ですから、通行人で出すわけにはいきませんよね。きちんと名前を出し、セリフも付けなければいけない。一歩の後輩である板垣学の対戦相手として出そうか……とも考えました。いずれにせよ、一人のキャラクターとして描く訳ですから、当初は気が重いなとも思いましたが、熱戦に次ぐ熱戦に胸が熱くなり、真剣にトーナメントを見ながら熟考しました」

渡部は、16年近く愛読している作品に自分が出るということで、落ち着かない日々を送る。『少年マガジン』が近所のコンビニエンスストアに届けられる時間、店頭に並ぶ時間を調べ、真っ先に購入した。読書用の1冊と、未開封のままの保存する3冊を購入。2021年09月17日に発売された単行本132巻も5冊手に入れた。

「嬉しいの一言です。母校、札幌工業高校の生徒玄関の正面に、『2010年卒業の渡部大介が載りました』と、拡大コピーが展示されています。兄もSNSで宣伝してくれました。こんなふうに扱って頂いたのですから、負けられませんよね」

自分が登場したマガジンを手にこの笑顔。喜ぶのも当然…!(撮影・林壮一)
自分が登場したマガジンを手にこの笑顔。喜ぶのも当然…!(撮影・林壮一)
渡部選手が登場した『はじめの一歩』132巻

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11月27日の一戦は、2018年3月に苦杯を舐めた阿部麗也とのリターンマッチだ。現在、日本フェザー級1位の渡部と、2位の阿部が同タイトル挑戦者決定戦として対峙する。

「前回は、相手の距離で戦ってしまった。もう半歩、一歩、前に出るべきでした。待つボクシングではなく、自分から仕掛けるボクシングをやります。そして、接近した時に単発じゃなく、コンビネーションを繋げられるように練習しています。もちろん、勝ちますよ」

対策もバッチリ練っているという(撮影・林壮一)
対策もバッチリ練っているという(撮影・林壮一)

森川氏も言う。

「大介が勝つだろうと僕は思っていますので、楽しみに見ます。彼の4敗はボクサーとしてまだ完成されていない時期のものですからね。気にする必要はない、これからですよ」

渡部はどんなファイトを見せるか。一歩のように日本タイトルを手にできるか。

27日の試合に向けて、決意の表情!(撮影・林壮一)
27日の試合に向けて、決意の表情!(撮影・林壮一)
  • 取材・文林壮一

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