竹原慎二が明かす「がんステージ4と最悪の日々からのカムバック」 | FRIDAYデジタル

竹原慎二が明かす「がんステージ4と最悪の日々からのカムバック」

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闘病中の写真

2013年ごろから竹原慎二(49)は体調不良に苦しんでいた。「明らかにおかしい」と自分で確信できるほど頻尿や残尿感が続き、就寝中に何度もトイレに立った。当時の主治医に何度も相談した。だが、そのたびに「とくに悪いところはない」「慢性の膀胱炎か前立腺でしょう。不摂生が原因だよ」と笑い飛ばされた。

勧められたのは性感染症の検査ばかり。「チャンピオン、ヘンな相手とやったんじゃないの?」と軽口を叩かれた。ところが、それから約1年が過ぎた2013年の大晦日、尿意を感じ、トイレに行って我が目を疑った。

「真赤な血が便器に付着していたんです。『これはただごとじゃない』と思い、主治医に電話すると、ようやく『紹介状を書く』と言った。紹介先の病院で膀胱がんと診断されました。検査の結果、腫瘍の大きさは2.5cmもあり、筋層まで達していた。ステージ4でした。『5年生存率は25%以下。リンパへの転移があるかもしれない。早く治療を始めないとどうなるかわからない』とまで言われ、自分は死ぬんだという恐怖でいっぱいになりましました。

『身体がおかしい』と感じていたのに主治医の言葉を信じて1年以上もがんを放置していたことに気づき、悔しさが溢れてきました。ところが……がんだとわかってからも、主治医は発見が遅れたことを謝るわけでも、病状を心配するわけでもなく、『チャンピオン、公表するの? 記者会見するの?』と軽い言葉を投げかけてきた。『この人はダメだ』と思うと同時に心底、後悔しました」

あまりのショックに、竹原は「膀胱がんステージ4」という診断を受け止められなかった。がんの名医を訪ね、セカンドオピニオン、サードオピニオンも求めた。

「ただ、どの病院に行っても、どの医師に診てもらっても答えは同じでした。『膀胱がんのステージ4です。最悪、あと1年の命』だと。『膀胱は全摘出したほうがいい』と言われて、帰りの車の中で声をあげて泣きました」

サードオピニオンを受けたのは地方の病院だった。そこで手術することも考えたが、通院が難しいため、自宅から通いやすい病院で手術の手続きをした。だが、入院の数日前に親友でジムの共同経営者でもある元WBA世界ライト級王者の畑山隆則氏(46)から東京大学病院での手術を提案され、フォースオピニオンを得ることにした。

「畑山とは長い付き合いです。がんのことを妻の次に打ち明けたのは畑山でした。『膀胱を全摘出することなるかもしれない』と話すと、彼は自分のことのようにショックを受けていました。当時の僕は心のどこかで『手術をしても助からないかもしれない』と思っていた。そんな僕の気持ちを畑山は見抜いていて、諭すように東大病院を勧めてくれた。それでもフォースオピニオンを得るまでは『僕はもう助からない。死ぬんだ』と諦めかけていました。

それまでに会った医師は皆、どこか高圧的で信頼できなかったんですが、東大病院の先生は僕と年齢が近く、とても話しやすかったし、治療方法や治療後のリハビリについて丁寧に説明してくれました。『膀胱全摘ならもっと生きられる可能性がある』という先生の言葉を信じてみようと思えたんです。生きるため、抗がん剤治療でも手術でも何でも受けてやる! と戦闘意欲が沸いてきました」

対戦相手を至近距離でニラみつけて威嚇し、荒々しいファイトで日本人として初めてミドル級で世界王者に輝いた竹原がファイティングポーズをとった。それでも、治療が始まるまでは不安で押しつぶされそうだった。

「膀胱がんが体内にあることがわかっているのに、手術の日まで何もせずに待っていることが不安で不安で仕方なかった。抗がん剤の投与が始まってホッとしたくらいです。当初、抗がん剤治療は4クール行う予定でしたが、2クールを終えた時点で、がんはかなり縮小していた。そこで抗がん剤治療は止めることになりました。必要があれば抗がん剤投与を再開することを前提に、膀胱の全摘出手術に臨みました」

膀胱全摘と、腸の一部を使用して人工膀胱を作る手術は12時間にも及ぶ大手術となった。術後、目を覚ました瞬間、意外にも冷静だった。

「終わったんだ、という気持ちでボーッとしていましたね。目が覚めてしばらくは麻酔が効いていたので痛みもそれほどなかった。ところが、麻酔が切れると想像を絶する痛みに襲われました。

当時、まだ日本に2台しかなかった手術支援ロボット『ダヴィンチ』による手術を受けたんです。傷口も小さくすむし、出血も痛みもないと言われていましたが、実際にはかなり痛かった。手術の出血で貧血もひどく、リハビリも思うようにできなかった。乗り越えられたのは妻の支えがあったから。

毎日のように妻が『昨日よりよくなったね』と励まし続けてくれた。これまで苦労をかけ通しだったのに『絶対に死なせないから』と言ってくれた。一人ではとても乗り越えらえなかった思います。妻にはどんなに感謝してもしきれません」

再発の不安がつきまとったが、愛する家族との旅行や趣味のゴルフの上達など様々な目標を立てて、生きる希望に繋げた。発がん物質を含むと言われる食品は避け、食生活を見直した。がんに効くと言われる健康食品に手を伸ばした。術後5年を超え、医師に「根治」と告げられた。

「諦めなくて本当によかった。膀胱がんと医師に言われたとき、僕は『がん=死』だと思っていた。しかし、医療がすすんだ現在はそうじゃないんです。だから諦めないでほしい。それに、人は必ず死ぬ。だったら、楽しんで生きた方がいいじゃないですか」

竹原の言葉を聞き流し、検査すらしようとしなかったかつての主治医を訴えた。3年近い裁判のすえに敗訴したが、「逃げてばかりで謝ろうとしない先生の誠意のなさを見過ごすわけにはいかなかった。このまま終わらせてはいけないと思ったんです」と後悔はない。気持ちに一定の区切りはついた。

最近では、YouTubeチャンネル「竹原TV」に力を入れ様々な発信を行う。また、ジムから新たなチャンピオンを輩出することが目標だ。

  • 取材・文吉澤恵理

    薬剤師/医療ジャーナリスト

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