返還50年直前現地レポート「沖縄の基地、何が問題なのか」 | FRIDAYデジタル

返還50年直前現地レポート「沖縄の基地、何が問題なのか」

怒りと悲しみと巨額の税金ムダ遣い

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「沖縄の基地」について、「十分に知っている」人は少ない。問題視されながら過ぎてきた長い長い年月。11月30日、青森県でも米軍機からタンクが投棄される事件があった。ここで起きている不条理は「日本全国で起こりうる不条理」なのだ。東京出身、在沖縄25年の阿部岳記者が、返還50年を目前にした沖縄の「今」を報告する。

「完成の見込みがない」基地計画

軽く握った右手で、何度も机を叩く。いつになく険しい表情。怒りといらだちと切迫感と。沖縄県の玉城(たまき)デニー知事は11月25日、記者会見し、辺野古(へのこ)新基地建設の設計変更を「不承認」にしたと発表した。

11月25日、玉城知事は辺野古新基地建設の設計変更を「不承認」とした。沖縄県民の怒り、悲しみは深い。これは沖縄だけの問題ではない。まず、今起きている現実を「知る」ところから始めたい 撮影:阿部岳

記者から質問が飛ぶ。「日米両政府が辺野古が『唯一の解決策』であるという立場を堅持している以上、不承認とすることで結果として普天間(ふてんま)飛行場の危険性の除去が遅れると懸念する声もある。それに対して、知事はどう思うのか」

玉城知事は記者の目を見つめて答える。

「辺野古移設では普天間の1日も早い危険性の除去につながらないと繰り返し主張してきた。最低でも12年以上かかる。この軟弱地盤の工事の内容によっては、さらにいつ終わるかわからない不確実性がどんどん延びていくことは明らかです」

1兆円、2兆円の「予算」は、誰の負担なのか

沖縄島中部に位置する宜野湾市の、人口密集地に居座る米軍基地「普天間飛行場」をなくす。そのために北部の名護市辺野古に基地を造って移す、という計画は、浮上から四半世紀近くたってもまだ実現しない。さらに今後少なくとも12年以上かかる、と政府が公式に認めている。予算は政府発表で9300億円。沖縄県の試算では、その2.5倍、2兆5500億円はかかるという。

予算が巨額に膨れたのは、基地予定地の埋め立て工事現場の海底に深刻な軟弱地盤が見つかったためだ。専門家が「マヨネーズ並み」と表現するほどの緩い地盤を改良する「追加工事」が必要になった。そのため防衛省沖縄防衛局は設計変更を申請、知事はこれを「不承認」としたのだ。

3年前「新基地反対」を公約して当選した玉城知事にとって、不承認は「最後の切り札」とされる。

これまで切り札はいくつもあった。最たるものは県民の70%以上が「新基地建設に反対」した2019年の県民投票だった。民主主義国家なら、遅くともその時点で計画は断念されなければならなかった。しかし政府が聞き入れないから、手元のカードはどんどん減っていく。一方がルールを決める理不尽なゲームに、県民の暮らしや命がかかっている。沖縄のいらだちはそこにある。

玉城知事が続ける。

「さらには一昨日、普天間所属の輸送機MV22オスプレイから金属製の水筒が落下した。住宅地のど真ん中に落下をした。そういう状況がさらに12年も続くのかと。市民のみならず県民国民の皆さんが本当に怒りを覚え、不安を覚えた。政府はその現実を全く無視していると、強く申し上げなければなりません」

空から、危険が落ちてくる街で

「事件」は23日、普天間を抱える宜野湾市で起きていた。空から降ってきた水筒の重さは800グラム、容量1.8リットル。防犯カメラに落下の衝撃で弾ける液体が写っていたから、総量はもっと重かったに違いない。丸かったはずの底は破れ、平たくつぶれていた。「人に当たったら死ぬ」市民は恐怖した。

オスプレイから落下してきた「金属製の水筒」。衝撃で底が破れ、つぶれている。もし、人に当たっていたら…(11月23日・沖縄県宜野湾市提供)

落ちたのは民家の玄関先だった。大勢の市民が出入りする宜野湾市役所まで80メートル、幹線道路まで130メートルほどしかない。いずれもオスプレイなら本当に一瞬で移動する距離だ。

水筒には虎をあしらった所属部隊のシンボルマークが貼り付けられていた。もしそれがなかったら、米軍は責任を認めただろうか。500メートル先で4年前に起きた事故では、認めなかった。

2017年12月7日、CH53大型輸送ヘリの部品が「緑ヶ丘保育園」の屋根に落下した。屋根の先の園庭では園児たちが遊んでいた。大惨事寸前。しかし米軍は部品がヘリの物だと認めながらも関与を否定するという不可解な態度に出た。「離陸前に全て取り外していた」というのが言い分だが、日本側に検証するすべはない。

米軍が責任を認めないばかりに、被害者である保育園が誹謗(ひぼう)中傷にさらされた。電話を取ると、「でっち上げて、よくそんな暇があるな」。メールにも「事故ではなく、ねつ造事件だろうが。お前がやったんだろボケ」「うそで人を犯罪者扱いする行為は犯罪ですね」などという罵詈雑言が届いた。

事故当時、園に娘を通わせていた与那城(よなしろ)千恵美さんは

「こんな危険な場所に住んでいたのか、と。魔法が解けたようだった

と振り返る。地元出身で、生まれた時から隣にある普天間飛行場は風景の一部だった。娘の命が危険にさらされ、無事だったことに安堵(あんど)の涙を流した瞬間、見える景色が変わった。「せめて園の上空を飛ばないでほしい」。ささやかなゴールに向かって保護者仲間と要請を繰り返しているが、政府から明確な答えはない。

水筒落下事故の現場近くを、与那城さんに案内してもらった。

「政府は『12年待てば辺野古が完成して普天間はなくなる』と言っています。どう思いますか」そう問うと、与那城さんは一気に言った。

「その間こっちは放置ですか。今も毎日、危険なんです。12年後だったら、子どもたちは大人になってしまう。こんな空の下で子育てをさせるんですか。政府の人は一度ここで暮らしてみてはどうですか」

問いがとめどなくあふれた。

作業の手を止める「思い」

玉城知事は記者会見で「遺骨土砂問題」にも触れた。76年前の沖縄戦で激戦地となった沖縄島南部。この地から「埋め立て用土砂」を採取しようと政府が計画している。ここの山野には、まだ無数の戦没者の遺骨が眠っているのに。ここに眠る骨は、沖縄県民と、米兵と、全国から召集された日本兵の骨だ。

「国民全体の問題として受け止めなければならない。悲惨な戦争を体験した県民、国民やご遺族の思いを傷つける行為は絶対にあってはならない。人道上許されるはずもない」

玉城知事は語気を強めた。

不承認の発表から2日後、具志堅隆松(ぐしけんたかまつ)さんは、南部のガマ(洞窟)で小さなくわを振るっていた。もう40年近く、ボランティアで戦没者の遺骨を収容している。地面に横たわって慎重に作業する様子は、まるで遺骨を抱きしめるかのようだ。

出土した子どもの歯の年齢を確かめるため、資料と見比べる具志堅隆松さん(11月27日、沖縄県糸満市のガマ)

この日は、9歳くらいの子どもの歯と、頭蓋骨のかけらが見つかった。

「男の子だったのか、女の子か。守られるべき存在の子どもがなぜ殺されなければならなかったのか」

そう考えるとため息が出て、作業の手が止まる。政府は考えないのか。工事の手は止まらないのか。具志堅さんは、

「遺骨交じりの土砂を基地建設のために海に投げ捨てるなど、国による戦没者の冒涜(ぼうとく)であり、裏切りだ」

と訴え、今年3度のハンガーストライキを決行した。3度目は敗戦記念日前後の日本武道館周辺に出かけた。全国戦没者追悼式の参列者に、全国に、この非道を伝えたかった。

「沖縄で起きている不条理を知らないのは仕方がない。知った時がスタート。知った後は、不条理のそばを黙って通りすぎないでほしい。それは、不条理の側に立つのと同じことです」

具志堅さんは、静かに問いかける。

沖縄で起きている不条理はよく言われるような「沖縄問題」ではない。「圧倒的多数の本土の人々が沖縄の人々に強いている問題」だ。本土の人々が無関心のままでは、解決の糸口も見えない。

阿部岳:1974年東京生まれ。沖縄タイムス編集委員。著書に『ルポ沖縄 国家の暴力』など。Twitter(@ABETakashiOki)や、毎週月曜日、YouTube「阿部岳Tube」で、現地の状況を発信している

  • 取材・文・撮影阿部岳写真提供宜野湾市役所(2枚目)

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