なぜ日本人は「成長」という宗教にハマるのか…そのヤバい習性 | FRIDAYデジタル

なぜ日本人は「成長」という宗教にハマるのか…そのヤバい習性

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ビジネス書が好調…そのウラで

長引くコロナ禍、自己啓発本やビジネス書の売れ行きが好調だという。

たとえば、自分の強みを視認化し、その強みをどう使えば武器になるかを教える『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版』は累計100万部を突破。また、世界を正しく見るスキルを授ける『ファクトフルネス』は、一度目の緊急事態宣言を含む2020年上半期のビジネス書1位に輝いた。

なぜ自己啓発本やビジネス本が売れているのか? 背景の一つとして挙げられるのが、外出自粛に伴う「イエナカ時間」や「巣ごもり需要」の増加だ。外界と遮断された生活を強いられているにもかかわらず、ジブン時間だけは増えていく。だったら、その時間を有効活用して、自らのスキルアップを試みよう――そんなビジネスパーソンの心理を背景に、緊急事態宣言下の2020年5月から解除後まで、店頭でのビジネス書の売り上げは10%前後の伸びを記録した(日販 2020年・年間店頭売上前年比調査)。

「成長したい」。その気持ちは大切だろう。だが、「成長しなければならない」となれば話は別だ。成長することがノルマになっていないか? 十字架になっていないか?

「成長」という言葉の裏にある負の面に気が付かせてくれると話題を呼んでいる作品が、『夫は成長教に入信している』(原作:紀野しずく/漫画:北見雨氷)だ。

行き過ぎた成長意識に警鐘を鳴らすとともに、成長の真意とは何かを投げかけてくる新感覚のこの漫画、

「仕事で最高の決断力を出すために3度の食事は減らしたい。(中略)コンビニ鉄板食で三大栄養素をすべてチャージ! 究極コスパメニューだよ」

「リソースの投入率を上げる必要があって。隙間時間を減らしていくのが最短の道になると思って」

「その話ってエビデンスあるの?」

などと、ビジネス書・自己啓発本に感化され、「成長至上主義者」となった夫・コウキと、出産を控えるなか、成長成長と唱え仕事のことしか考えない夫に翻弄される妻・ツカサを軸に物語が展開される。健康や余暇の時間を犠牲にしてまで自らを高めようとするコウキの姿からは、成長にとらわれるがあまりダークサイドへと堕ちていく恐ろしさすら感じられる。

「物語は創作フィクションですが、私の体験や周りの人たちが抱えている問題を織り交ぜています。成長すること自体は悪いことではないはずなのに、『成長したい』という気持ちが行き過ぎてしまうと、自分の身の丈に合わない行動や浪費をするようになる。そのリスクが自分だけに降りかかるならいいんですが、家族の時間をないがしろにするようになったり、家族の心配する声が耳に入らなくなることがある。結果として、自分自身や周りの人を傷つけてしまうことがあるんです。そうした、『成長』という言葉のウラにある負の側面を描きたかった」(原作者・紀野しずくさん、以下同)

なぜ成長を追い求める姿を、宗教になぞらえて描こうと思ったのか? 意図を紀野さんに尋ねると、「自分にもそういうところがあったんです」と苦笑交じりに、そう返ってきた。

「法律で『成長しなければいけない』と決められているわけではないのに、今日よりも明日、明日よりも明後日、つねに次の日を良くしようという概念を、人はなかなか捨てられない。社会や会社、親から成長を求められ、知らない間にとらわれてしまっている。その感覚が宗教に似ていると思ったんですよね。

物語はフィクションですが、エピソードのベースには私自身の体験や周りの人たちが抱えている悩みや問題を織り交ぜています。これは現代社会のひとつの病だと思い、『成長ブーム』のいまだからこそ、そのもう一面を描きたかった」

反響は大きく、特に20代、30代前半からの支持が高いという。企業活動、いや資本主義が成長することを前提になりたっている以上、働く人々には成長が求められる。「成長すればほめられる。ほめられるとさらに上を目指さないといけない」と紀野さんが話すように、この社会の成長には終わりがない。裏を返せば、成長欲求の泥沼から抜け出せなくなる仕掛けが組み込まれているのだ。

「成長すること=良いことという社会からのメッセージが強いですよね。何かしら努力をし続けないと生き残っていけないと刷り込まれているというか…。また、近年はウェブでデータを見ることが簡単になったことで、個々人の働き方が“見える化”したことも大きいと思います。数値やデータによって、効率的な働き方が目に見えてわかるようになったことで、さらに『成果を出さなきゃ』と焦り、コウキのように成長に追われてしまう人も多いと思うんです」

あいまいさがなくなり、すべてが数値化されることで、誰が誰より優っているか、劣っているかが白日の下にさらされる。この記事だって、PV数が明確化され、優劣が判明してしまう。あらゆる成果が視認化できる時代になったことで、隣の芝生はさらに青く見えてしまう。それが成長教がはびこる土壌となっているのだ。

また、副業が許されるようになったことも、成長教信者が増えている一因ではないかとも付言する。

「誰でもできるような仕事ではなく、自分だからこそできる仕事、スキルを得なければいけないという強迫観念があると思うんです。特に、コロナ禍はリモートが普及したことで、同僚と雑談をする機会が減り、どうしても自分と向き合う時間が増えた。そういう状況下でスキルアップを目指そうという人や、自分にしかできないことをやりたいと考えるようになった人もいますよね。この考え方もまたポジティブにとらえることもできますが、行き過ぎると強迫観念にとらわれてしまう恐れもあると思います」

繰り返すが、成長することは悪いことではない。素晴らしいことだ。この作品でも、成長=悪とは一切描かれてはいない。ただ、さまざまな社会的環境の変化もあり、楽しむ余裕が失われ、成長がつらいものへと変わってしまうケースが蔓延しつつある。そんな成長は、果たして本当に自分が望んだものなのか――と問うことも、時には必要ではないか。そんなことを教えてくれる作品だ。

一昔前に、“意識高い系”という言葉が流行った。しかし、あくまで能動的にそうなりたいと行動する意識高い系と違い、社会や会社から十字架として成長を背負わされ、知らない間に“成長教”に入信した人は、もっと孤独だ。それを象徴するシーンが、第2話「夫は植物」以降、たびたび描かれる「コウキが植木鉢に根を張っている姿」と紀野さんは話す。

「コウキの場合、成長しているんだけど、地面に根付いてるわけではなくて、狭い植木鉢の中で成長しているだけなんですよね。どこにも行けないし、他の植物や生物と共生しているわけでもない。成長教から抜け出すというのは、その狭い植木鉢の世界からどうやって抜け出すかだと思うんです。自分の信じていたものを壊していくわけですから、ヒビも入るし痛みだってともなう。でも、外の世界で根を張るには、その世界から出ていかないといけないんですよ」

成長することに疲弊し、結果の出ないコウキは、妻・ツカサのサポートによって目覚め、徐々に植木鉢は壊れていく。行き場を失いつつある成長教の植木には水をやるのではなく、根っこごと定植する――。紀野さんの提言が、響く。

「自分自身の成長よりも大事なこと――この漫画で言えば出産ですが、そういったタイミングがなければ、成長教から抜け出すことって難しいと思います。成長からは逃れられない。だからこそ、何かをしなくても自分自身は愛されていい存在だと思えるかどうかが大切。成長を考えるということは、自分をどれだけ愛しているかということでもあると思うんですね。たとえば友だちに対して、『あなたは努力をしていないから嫌い』とは言わないじゃないですか(笑)?

それと同じように、努力していないからって、過度に自分を嫌いになる必要はないと思います。他人を大事にするように、自分自身も大切にしてほしい。本当は何もしなくても、『自分は価値のある存在だ。生きていること自体が奇跡なことだ』、そう思えることが、成長にハマることよりも大切なことだと思います」

成長のために、心身を壊してしまったら本末転倒だ。周りにいる人は、その人の存在を認めてあげるだけでいい。その一言が、救いになる。

「本当は休みたいと思っているけど、なかなか自分に対して立ち止まることを許せない――そういう人にこそ読んでほしいです。成長って自分自身だけのものではなくて、誰かのためになっていたり、つながっていたりするもの。一旦落ち着いて、またがんばれる時期になったらがんばる。そういう余裕が生まれれば、成長と上手に向き合えるのではないかなって」

その成長は、誰のための成長か。『夫は成長教に入信している』は、なかなか抜け出すことが出来ない「社会宗教」の怖さと脱会の糸口を教えてくれる。

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  • 取材・文我妻弘崇

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