28歳女性がボーガンで男性を撃ち殺そうとした「不可解な動機」 | FRIDAYデジタル

28歳女性がボーガンで男性を撃ち殺そうとした「不可解な動機」

11月29日、長野地裁から懲役3年を言い渡された水澤夏美被告が抱えていた「闇」

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昨年6月には兵庫県宝塚市でボーガンで撃たれる殺傷事件が発生。その後、銃砲刀剣類所持等取締法の一部が改正され、ボーガン(クロスボウ)の所持が原則禁止となった(写真:共同通信)
昨年6月には兵庫県宝塚市でボーガンで撃たれる殺傷事件が発生。その後、銃砲刀剣類所持等取締法の一部が改正され、ボーガン(クロスボウ)の所持が原則禁止となった(写真:共同通信)

長野市で民生委員の男性(当時74)をボーガンで撃って全治14日の怪我を負わせたとして、殺人未遂に問われていた水澤夏美被告(28)に対して、長野地裁(大野洋裁判長)は11月29日、懲役3年の判決を言い渡した(求刑懲役5年)。

”笑い方と謝り方が気に入らない”

一夜山の鬼伝説や、鬼女紅葉伝説など、数々の言い伝えが残る長野市の鬼無里地区。山々に囲まれたその集落で、昨年8月31日に事件は起きた。地区内のポツンと一軒家にひとりで暮らしていた水澤被告は、自宅に呼び出した民生委員の男性Aさんに対し、先端が金属製の矢を込めた全長77センチのボーガンを発射。Aさんが自身の胸の前に出した腕に、矢が貫通した。

Aさんは、民生委員として月に一度、水澤被告の家に広報誌を届けに行っていたという。その程度の間柄だったAさんに対し、水澤被告がボーガンを向けた動機は一体何だったのか。

同月15日に開かれた初公判で分かったのは、Aさんにとっては、とばっちりとしか言いようのない一方的な水澤被告の恨みだった。

この日の冒頭陳述や証拠によれば、水澤被告は高校に入学した頃から親元を離れて一人暮らしを始め、専門学校を卒業後に職を転々としたのち「静かなところで暮らしたい」と、2019年5月に鬼無里地区にある中古の一軒家を購入。移住後は生活保護を受給しながら、静かにひとり、暮らしていたのだという。

ところが事件の一ヶ月前。水澤被告は今回の事件の前兆ともいえる事件を起こす。“笑い方が気に入らない”とAさんを呼び出し、背中を撃ったのだ。

「Aさんが広報誌を配って帰宅すると、被告から電話があり『笑い方が気に入らなかったので謝ってください』と言われた。意味が分からずも執拗に求められたため、謝罪をした。ところが被告は気持ちがおさまらずまたAさんに電話をかけ『相談事がある』と呼び出した。この求めに応じ、Aさんが被告の家に行くと、被告に『後ろを向くように』と言われ、後ろを向いた直後、被告が、本件のボーガンよりも小さい『ピストルクロスボウ』で矢を発射した」(検察側冒頭陳述)

背中に矢が当たったものの、大きな怪我はしなかったAさんは、これは被告のイタズラだと考え警察に申告することはしなかった。被告からの電話を受けた時、一緒にブルーベリー畑にいたAさんの妻は「夫が突然『申し訳ありませんでした』『すみませんでした』と電話の相手に10回以上謝罪していたのでびっくりした。相手の声も聞こえてきたが『その謝り方が気に入らない』などと言っていた。夫は最後、少し大きめの声で『申し訳ありませんでした!』と謝っていた」と調書に語っている。

“笑い方と謝り方が気に入らない”と、執拗に謝罪を求められた末にピストルクロスボウで撃たれるという奇怪なトラブルが起こったひと月後、本件の殺人未遂に発展する。被告はそれまでに、ひとまわり大きなボーガンや、殺傷能力の高い矢尻を購入するなどし、丸めた布団を自宅外壁に吊るし、試し撃ちを続けていた。

「『相談事があるので都合のいい時に来てほしい』と被告に言われていたAさんは事件前日に被告方を訪問した。不満や不快感のおさまらない被告は、二度手間をかけさせようと『体調が悪いから明日にしてほしい』と言い、Aさんをその日は帰した。

事件当日夕方、Aさんは被告方を車で訪れインターフォンを鳴らすと、被告から『こっちに来てください』と東側の敷地に誘導された。ところが被告は、後ろをついてきたAさんに『こっちに来ないでください』などと言い、自らは南側に移動し、矢を装填したボーガンを手に取り、Aさんの正面に立ち構え、先端を体に向けて矢を発射した。

矢が右腕を貫通し、前胸部に刺さったAさんは『救急車を呼んでください』と頼んだが、被告は無言で立ち去った」(検察側冒頭陳述)

Aさんは携帯電話が壊れていて通報できなかったため、自力で車を運転して自宅に戻り、家族に119番通報を頼んだという。

公判では、事件までの被告が、Aさんにだけではなく、日常生活で接するさまざまな人とトラブルを起こしていたことも明らかになった。調書によれば、鬼無里地区に移り住んでからの被告は、警察に10回、相談を寄せていた。そのうちの1回は、

「近隣で蜂を駆除している男性を注意したらうるさいと言われてトラブルになった」

というもので、警察が現場で関係者に話を聞くと「『蜂が襲いかかるので近づくな』と被告に爆竹を鳴らされた」と証言した記録が残っている。事件直前には、近隣での工事の騒音をめぐるトラブルでも相談を受けたため、現場で作業員らと被告に話を聞くと、工事関係者らが被告に「足場の片付けがうるさい」と言われ「静かにやります」と謝ったが、のちに被告が「作業員に催涙スプレーを発射した」のだという。

さらに、ある運送会社の配達員も「被告からは態度が悪いとか、ほぼ毎日クレームの電話があり、トラブルメーカーとして知られていた」と調書に語り、郵便局員も「クレームを申し付け謝罪を要求する。『キョロキョロしている不審者がいたので謝罪してほしい』とか『荷物の向きが違う』など普通では考えられないクレームがあり、20回以上謝罪した」と同じく調書に語っていた。

事件に至るまで被告は、Aさんだけでなく、接する人々の多くに謝罪を求めていた。Aさんとの間にだけ、特別なトラブルがあったわけではなく、むしろ誰しも被害者になりうる状況であった。

長野県鬼無里村にある奥裾花渓谷。紅葉は美しいが人気は少ないこの村で、殺人未遂事件が起きた(写真:時事通信)
長野県鬼無里村にある奥裾花渓谷。紅葉は美しいが人気は少ないこの村で、殺人未遂事件が起きた(写真:時事通信)

さて当の被告は初公判において、黒いカーディガンに白いシャツ、ロングヘアを後ろでひとつ結びにして法廷に現れ、罪状認否で声を震わせながら、こう主張した。

「……Aさんに対して殺意はありませんでした。かすったことも覚えていません」

被告が罹患していた「強迫性障害」とは…

被告に続けて弁護人も、強迫性障害などによる影響があったとして「事件当時、被告は心神喪失で、責任能力がなかった」と無罪を主張。弁護側冒頭陳述では、事件の様相は検察側のそれとは若干異なっていた。“ボーガンはAさんを撃つためではなく、害獣退治のためだった”というのだ。

「移住してから被告は烏骨鶏を育て生活していた。昨年春には、卵の孵化に成功。ところが翌月、雛鳥がイタチに襲われ全滅してしまった。成長した烏骨鶏も襲われ、熊よけやイタチ捕獲用の檻を設置するなど工夫を凝らすが、被害は止まなかった。

その駆除のため、ピストルクロスボウを購入して、イタチに向けて撃ったが、効果はなく、今回の凶器である大きなボーガンや矢尻などを購入した。イタチに備えて矢をセットし、物置で保管していた……」(弁護側冒頭陳述)

被告人質問でも同様に、凶器購入は愛する烏骨鶏の雛たちを殺したイタチの駆除のためだったと、震える小さな声で証言した。

「外を動いているイタチではなく、檻の中のイタチを狙うために買いました。そのときは駆除することしか思いつかなくて……大きいボーガンを買いました」

ところが事件当日のことは「朝から何をしていたか覚えていない。Aさんと話ができるか心配でしたが、Aさんはすごく丁寧で、ほっとして不安が消えました。その後は覚えていません。気が緩んでしまい、それからボーッとして、分からなくなり、考えようとしても何も分からなくなった」と、肝心な部分についての記憶がないと繰り返した。

公判に先立ち、被告に対して二名の医師が精神鑑定を行い、それぞれ異なる見解を示している。判決で大野洋裁判長は「どちらか一方を採用することはできないが、強迫性障害に罹患していたという点は二名とも一致している」として、強迫性障害の影響は認めながらも「自分に不利な点は覚えておらず、不利ではない点は覚えている。被告人の供述は信用し難い」などと弁護人の主張を退け、責任能力があったことを認めた。

執拗な謝罪要求、催涙スプレー噴射、爆竹の使用、そしてボーガンによる攻撃など、被告の攻撃はもともと、他者の行動に強くこだわり、それに不満を抱いたことが起点となっている。そうした攻撃に影響を及ぼしたといわれる『強迫性障害』とはどういったものなのか。匿名で精神科医が解説する。

「典型的な症状としては手を何回も洗わないと気が済まないとか、あるいは、鍵やガスの元栓を閉め忘れたか心配になって何度も家に戻ったりというようなものです。自分でもバカバカしい、そんなはずはない、と思っていても繰り返さざるを得ない状態になってしまうのです。

10回手を洗うまで他のことができない人もいます。途中で他人から話しかけられたりして行為が中断されると、最初からやり直しになってしまいますので、そういうときに他者に攻撃的になる場合もあります」(精神科医)

生育歴や環境要因など、さまざまに原因を推測したくなるが「生物学的要因があると言われており、誰しもがそうなる可能性があります」(同)ため、他人事と思わない方が良い。薬物療法や認知行動療法による治療が可能であるから、困ったらクリニックに相談してほしい。

懲役3年という実刑を言い渡した大野裁判長は判決言い渡しで「責任の重さを理解させ、治療で立ち直ることを大きく期待したい」と述べていた。被告は机に突っ伏して泣き続けていた。

  • 取材・文高橋ユキ

    傍聴人。フリーライター。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

  • 写真共同通信

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