日大・田中前理事長逮捕で判明!「系列高校への猛烈圧力」 | FRIDAYデジタル

日大・田中前理事長逮捕で判明!「系列高校への猛烈圧力」

これまで口をつぐんでいた人々が次々に語り始めた 有望アメフト選手を進学させない系列高校をグラウンド使用不可にし、歯向かった監督は左遷

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’95年、青森県にある合宿所で撮影された田中前理事長。自らまわしを締め、相撲部員たちに稽古をつけていた

長らく日大を支配してきた田中英壽(ひでとし)前理事長(75)がついに司直の手に落ちた。この「転落」で、多くのことが動き始めている。日大OBが話す。

「逮捕されても理事長の座にしがみつくと思われていた田中氏が12月1日に辞任しました。さらに日大側も背任事件について被害届を提出すると発表しており、これまでの日大の対応とは変化があるのは事実です」

これまで日大関係者の間で、田中前理事長についてのネガティブな情報を喋(しゃべ)ることは最大のタブーとされてきた。それが今回の逮捕劇により、これまで口をつぐんでいた人々が少しずつ語り始めている。日大と関わりが深い、アメフト関係者が話す。

「いまから8年ほど前、日大の系列校で、東京・桜上水にある日大櫻丘高校で事件が起きていたのです。当時、日大のアメフト部は以前より弱くなってしまっていて、系列校のアメフト部に優れた選手がいれば、確実に日大へ進学させようと躍起になっていました。そんなとき、櫻丘高校のアメフト部の有望な選手が慶応大学への進学希望を出した。それに対して、日大の上層部が激怒したのです」

当時の櫻丘高校アメフト部員の保護者が振り返る。

「ウチの息子は高校2年生でした。それまで櫻丘高校のアメフト部は下高井戸にあるグラウンドを使用していたのですが、その使用権が日大から急に剥奪(はくだつ)されてしまったのです。それから部員たちはテニスコートや、ときにはコンクリートの上など、酷(ひど)い環境でしか練習できなくなってしまった。

慣れない環境で練習したことで、顔面の複雑骨折という大ケガをしてしまう選手も出たほどでした。グラウンド使用禁止は少なくとも2年間は続きました。櫻丘高校は関東大会の常連で強豪だったのですが、この事件を機にあっという間に弱体化してしまったのです」

当時、この「猛烈圧力」を主導していたのは日大アメフト部元監督の内田正人氏だという。内田氏は’18年に起きた「殺人タックル事件」の際の同部の監督。何より「田中派」の重要人物だった。前出・アメフト関係者が語る。

「この櫻丘高校のグラウンド使用禁止事件は、田中氏の威光をバックに内田氏が動いていました。このとき、日大鶴ヶ丘高校のアメフト部の監督だったYさんがそんな状況を見かねて、櫻丘高校の部員たちに鶴ヶ丘高校のグラウンドを使わせたことがあったのです。それが日大上層部には『自分たちに歯向かった』と映ったようで、その後、Yさんはアメフト部がない地方の系列校に左遷されてしまった。Yさんについては日大から『日大OBに指導することも禁じる』という異例のお触れまで出されたほどでした」

まさに絶対的な権勢を誇っていたのである。日大企画広報部広報課にこれらの事実を確認したところ、

「大学としては、係る事実を把握しておりません」

とだけ回答があった。前出・日大OBはこう語る。

「田中前理事長は日大の保健体育事務局という部署に強い影響力を持っていた。逮捕の少し前に、以前この局にいた腹心の人間を別の部署に異動させ、昇進させている。これは日大内では逮捕後も自分の権力を温存するための措置ではないかと囁(ささや)かれています。田中氏は20年にわたって日大に君臨し、その影響力は職員、スタッフ、OBなど多岐にわたっている。そう簡単に変わるとは思えません」

″ドン″は堕ちても″ドン″なのか――。

’18年の日大アメフト部による「殺人タックル事件」。″田中派″だった内田正人監督の権力の大きさが取りざたされた
グラウンドを使用禁止にされた櫻丘高校。アメフト部の現在の選手数は20名程度と、往時の強さは戻っていない

『FRIDAY』2021年12月24日号より

  • PHOTO濱﨑慎治(櫻丘高校)

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