日本にわずか150人…密着ルポ「死と向き合う法医解剖医の仕事」 | FRIDAYデジタル

日本にわずか150人…密着ルポ「死と向き合う法医解剖医の仕事」

日本にわずか150人 4時間以上立ちっぱなしで、腐臭と戦い、死因はもちろん身元不明死体の特定まで行う

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解剖を行う奥田貴久教授。助手はいるが、記録を取るのが専門なので施術は全工程を一人で行う

日々、死と向き合う法医解剖医という仕事をご存知だろうか。捜査機関から次々と運びこまれる変死体などさまざまな遺体を解剖し、死因を特定する専門医である。今回、FRIDAYは日本大学医学部の法医学分野教授・奥田貴久氏に密着取材を行った。ドラマなどの題材にはなっても、なかなか実態を知る機会のない法医解剖学の最前線を取材した。

11月下旬朝9時、奥田氏の解剖室に作業着を着た6人組が入ってきた。検視官と鑑識である。彼らが抱える巨大なビニール製『納体袋』の中には、これから解剖される女性の水死体が入っていた。

それまで塩素系の消毒液の匂いで満たされていた解剖室に、納体袋を開けるや、すぐに腐臭が立ち込めた。

「水死体はお腹にガスが溜まっているので、メスを入れると一気に噴き出して、強烈な臭いに襲われるのです」

たじろぐFRIDAY記者に静かに話しかける奥田氏。解剖前に鑑識が遺体をすみずみまでカメラで撮影している間、併設された小部屋で奥田氏は検視官と遺体発見現場の様子や遺体の病歴などの情報を共有し、意見交換し合った。

9時半になるとビニール製の手術着を羽織り、ゴム手袋をつけ、再び解剖室へ。

「装備は生身の人の手術とほとんど変わりません。特殊なのは腐乱したご遺体の臭いを抑えるために、活性炭のパックをマスクの下に入れるくらい。効果は気休め程度ですけどね……」

午前9時45分に解剖がスタート。衛生面とコロナ対策の観点から、記者は部屋の外で待機することになった。

再び解剖室の扉が開いたのは昼の1時半。検視官に簡易的な報告書を提出すると解剖は終了。奥田氏はコンビニでおにぎりを買い、教授室に戻って遅めの昼食をとった。記者が「ものが食べられなくなったりしませんか」と問うと、奥田氏は、

「そんなこと気にしてられないですよ。仕事は仕事。プライベートはプライベート。意外に図太いんです」

と苦笑いした。解剖はたいてい、朝9時から始まり、休憩なしで約4時間、立ちっぱなしで行われる。

「鑑識の撮影とは別に、我々もご遺体の損傷箇所を中心に撮影します。事故死した遺体など損傷が多い場合は1時間半ほどかかることもあります。そのあとメスを入れるのですが、死因にかかわらず、すべての臓器を取り出します。最後に脳を摘出する。その後、今度は臓器自体にメスを入れ、異常がないか細かく探っていく。血液も抜き取って薬物検査にかける。全部でだいたい3時間ほどかかるでしょうか。

解剖が終わると、すべての切開箇所を綺麗に縫い合わせます。そのあと15分ほど、全身を洗って血や汚れを取り除く。そして――これは私だけかもしれませんが、解剖の前後に必ずご遺体に挨拶をするようにしています。始まる前は『いまからこういう事例で解剖します』、終わった後は『こういう結果がわかりました』と伝える。ご遺体に対して礼節を忘れないことが一番大切だと思います」

法医解剖医に任されるのは死因究明だけではない。近年では身元不明の遺体があった場合、最新技術を使い、その照合作業まで行うという。

「『スーパーインポーズ法』という方法で身元特定も行っています。頭部などに欠損があるご遺体に使われる技術なのですが、身体の骨格などからCTを使って顔の骨格を再現します。あとは生前の写真と照合し、本人を特定していく。たとえ腐乱したご遺体でも骨格は変わらないので、身元がわからないときに重宝します」

忘れられない解剖

年間70体ほどの遺体を解剖する奥田氏。それ以外にも大学の講義や死因の鑑定書の作成など、業務は多岐にわたる。そんな奥田氏には多忙な合間を縫って通う場所がある。それは″お祓(はら)い″だ。

「何かに取り憑(つ)かれているって感じることがあるんですよ。身の回りで悪いことが立て続けに起きたら、必ず行くようにしています。実は最近、自転車を盗まれまして(笑)。これは間違いなく霊が憑いてると思ったんで、今週末も神社に行って、祓ってもらってきます」

現在、日本にいる解剖医はわずか150人程度。日大には奥田氏も含め法医解剖医は2人しかいない。心身ともにハードな現場で長く活躍できる理由はなんなのか。奥田氏に聞くと、きっかけとなった5年前の解剖について話してくれた。

「ある男性が、殴られた翌日に自宅で亡くなるという事件がありました。知人の男性に殺人容疑がかけられましたが、調べてみると被害者の胃の中から大量の睡眠薬が発見された。自殺だったんです。解剖は普通、死因を決定して、容疑者を捕まえるために行うものですが、そのとき初めて、冤罪を未然に防げた。この仕事を通じて、救われる人がいるということを実感できた最初の体験でした。無罪を証明する最後の砦(とりで)になれることが、この仕事のやりがいです」

信念を胸に、死と向き合い続ける奥田氏。最後に、これからの法医解剖医の在り方について語った。

「時代によって、運ばれてくるご遺体の傾向は違います。最近、多いのは同居孤独死です。たとえば認知症患者との生活で、介護者のほうが先に亡くなってしまうとしますよね。残された側は死んだことはわかるのですが、どう処理していいかわからなくて、結局、腐乱臭などで周囲に気づかれるまで、放置してしまうことが多い。同居孤独死は事件性があると判断されるので必ず司法解剖に回されるのですが、ここ数年ですごく増えている。超高齢化社会のひずみだと思います。

私のいまの目標は、法医解剖医だからこそ聞こえるご遺体の声を拾って、社会に還元していくこと。それが浸透すれば悲しい事故を未然に防ぐことができるかもしれない。そのための発信方法を構築したいと思っています。死を見つめ続ける中で、生きている人のために何ができるか、これからもそれを探していきたいと考えています」

日本で生きる人々のため、奥田氏は今日も死と向き合っている。

道具の一部。大量の鉗子(かんし)(中央)のほか、肋骨切断用のハサミ(右下)や切開用のノミ(左)が並ぶ
各臓器の断片。刑事事件の時効の一部撤廃を受け、ホルマリン漬けにされ、永久保存される
焼死体や水死体といった状態による難しさの違いはないという。臭いについては「とっくに慣れました」と語る
もともとは形成外科医だった奥田氏。現場の深刻な人材不足を受け、’13年から法医解剖医の道へ

『FRIDAY』2021年12月24日号より

  • PHOTO郡山総一郎

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