敗北から立ち上がり世界王者になったボクサー・谷口将隆の執念 | FRIDAYデジタル

敗北から立ち上がり世界王者になったボクサー・谷口将隆の執念

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
メンデスに11ラウンドTKO勝ちし、WBOミニマム級タイトルの新王者となった谷口将隆選手(写真・山口裕朗)

2021年12月14日、21時10分を回ったところだった。両国国技館のプレスルームでは、WBA/IBFバンタム級タイトルを防衛した井上尚弥の記者会見が行われていた。その入り口脇の階段を、スーツケースを右手に抱えた谷口将隆が小走りに上っていく。

井上尚弥vs. アラン・ディパエン戦のセミファイナルに出場した谷口は、数時間前にWBOミニマム級タイトルを奪取し、新チャンピオンとなったばかりだった。

呼び止めると、谷口は言った。

「最高に嬉しいです。でも、まだ夢見心地で、フワフワしています」

スーツケースを指差し、獲得したばかりのベルトが入っているの? と訊くと、新チャンピオンは笑顔で応じた。

「いや、リング上では巻けましたが、その後、メンデスが持って行っちゃったんです」

プエルトリコの王者、ウィルフレド・メンデスに11ラウンドTKO勝ちを収めた谷口は、自身2度目の世界タイトル挑戦をモノにした。2019年2月26日の世界初挑戦では、フィリピン人王者、ビック・サルダールにリングを支配され、ワンサイドの判定負けを喫した。半年後の同年8月24日、メンデスがサルダールを下して王座獲得。3人目のチャレンジャーとして谷口を迎える。

世界再挑戦を見据えた谷口は、この2年9カ月強、日本ミニマム級挑戦者決定戦から出直し、レベルアップを図った。再起する谷口に対して陣営が問題視したのは、「性格が優し過ぎるので、チャンスに行けない。仕留め切るボクシングを覚えなければ、同じことの繰り返しになる」というものだった。谷口も自身の課題を自覚してトレーニングに向かったが、その彼を励まし続けたのが、現WBAライトフライ級スーパーチャンピオンの同僚、京口紘人だった。

2人は同じ歳で、アマチュア時代に対戦した経験もある。谷口は龍谷大学で、京口は大阪商業大学でボクシング部のキャプテンを務めた。6度グローブを交え、谷口の2勝4敗。IBFミニマム級王者となり、2階級を制して目下15戦全勝10KOの京口と谷口は、大学卒業後、揃って上京し、ワタナベジムの寮に入った。

同時期にデビューし、無敗のまま颯爽と階段を駆け上がっていった京口の背を見ながら、谷口は少なからず嫉妬心を覚えていた。

「世界初挑戦までに、僕は日本人選手に2敗しています。そんな僕を京口は常にライバルと呼んでくれ、ポジティブな言葉を掛けてくれた。なのに、素直に聞けない自分がいました。サルダール戦で、世界タイトルマッチを戦うことが、いかに精神的に苦しいことなのかを感じたんですよ。今では、15戦中7回も世界戦という修羅場を潜り抜けている京口を、心の底から尊敬しています。世界タイトルマッチを経験して初めて、彼の言葉を素直に聞けるようになりました」

京口は日々、谷口に対して「お前は俺以上の練習をこなしてきた。世界チャンピオンになれん筈がない。絶対に勝てるから」と発破を掛けた。

谷口もまた初心に戻り、日本ミニマム級タイトルマッチ、同防衛戦と、2度目のチャンスを掴むまで、弱点を克服するべく地道に汗を流した。

メンデスの映像を目にした京口は、「チャンピオンは懐が深いから、お前がイメージしているよりも遠くにいるんじゃないか。無理にパンチを当てんでもいい。2歩、距離を詰めて、触るくらいのジャブを出せ」なるアドバイスを送った。そして、谷口が120ラウンド強のスパーリングをこなし、最後の1週間でおよそ3キロを絞る段階になると「カリウムが入っているから、体内から水が出やすく、減量の仕上げに最適だ」とココナッツウォーターを差し入れた。

「本当にありがたかったです。サブとして、セコンドにもついてくれました。現役の世界チャンピオンですし、僕のことを十分理解していますから、心強かったですね」

タイトル奪取後、京口紘人選手(右)と一緒に写る谷口選手(共同フォト)

「出来ることは全てやりました。最高のコンディションです」

谷口はそう話してメンデス戦のリングに上がった。

「サルダール戦は、『これが世界タイトル戦なのか』と国家斉唱でビビッてしまったんです。プレッシャーに圧し潰されたような感じでした。が、今回は国歌を聞きながら、光栄だなと。『やっとここまで来た。コイツに勝つために努力してきたんだ』とスイッチが入ったような感じでした」

挑戦者は立ち上がりから動きが良かった。上体を柔らかく使ってリズムを取る。低い姿勢でチャンピオンとの間合いを測った。

「もちろん緊張感はあったのですが、世界戦の雰囲気を楽しむことが出来ました。2度目の世界戦というアドバンテージですかね。

メンデスの動きはイメージ通りでしたが、思ったよりもパンチが固く、特にボディに喰らうと痛かったです。でも、『このパンチなら倒れることは無いな』と感じました。右肩を打つジャブ、胸を打つジャブ、ボディにジャブ、速いジャブ、強いジャブと打ち分けが上手くいきましたね。顔面にガッツリ当てなくても、フェイントを混ぜながら、胸、腹と打つことを意識しました。

それから、先にアクションを起こして、同じ場所にいないことも心掛けました。相手が出てきたら一歩引く。近距離でのアウトボクシングを徹底していこうと決めていました」

第2ラウンド終盤、谷口は大きな山場を作る。左クロスをぶち込み、メンデスからダウンを奪った。

「狙っていた一発ではなかったんですよ。体が自然と反応しました。肩を開かずに上から当てる、ということを何度も何度も練習していたんです。あのダウンで精神的にも優位に立て、試合がより楽しくなりましたね。やりたかった展開にも持っていくことが出来ました。メンデスとの距離が近くなり、自分の土俵に持ち込めたんです。ただ、メンデスも粘り強かったですね。近い距離になってから、本領を発揮してきた感があります」

谷口は世界タイトルマッチの舞台で、自身のベストバウトを作り上げる。

「僕とメンデスには、スピードの差がありました。パンチを打ち終わった後のブロックや、フェイントしてからのリターンなど、瞬間、瞬間の動きで上回れました。

とはいえ、中盤は僕もかなり削られました。メンデスは接近戦でのボディ打ちが巧みでした。威力よりも、ストン、ストンと的確にパンチが入って来るんです。でも、僕もしんどい時に、前進することが出来たんですよ。相手はそれを嫌がっていましたね」

第8ラウンド、メンデスは右目の上をカットする。

「ジャブからの左フックがヒットしてだったように思います。メンデス戦が決まり、彼の動画を初めて見た時から、噛み合うことは分かっていました。でも、自分の距離に入れなければ負けるとも思っていたんですよ。

僕は不器用なので、勢いで戦うタイプではありません。経験してきたこと、練ってきた作戦を実行に移したんです」

終始ペースを握っていた谷口は、第11ラウンドに両手を翳し、場内のファンに「ここからは気持ちの勝負。力をくれ!」とアピールしてコーナーを離れる。

そして、ジャブの連打からワンツーで王者をグラつかせると、迷わずにラッシュする。「チャンスなのに行かない」「倒し切れない」と、苦言を呈された過去の己を払拭するかのような、捨て身のラッシュだった。

「優し過ぎるので、チャンスに行けない」という弱点を感じさせない追い込みを見せた(写真・山口裕朗)

同ラウンド1分8秒、レフェリーが両者の間に割って入り、試合終了を宣言。谷口は新チャンピオンとなる。

「フィニッシュは冷静でした。軽いパンチでいいので、高速で当てようと。腹を嫌がっていたので、狙いました。メンデスを仕留められて、成長を感じましたね。自分の殻を破れましたよ。全てを使い果たしてもいいと、馬鹿になれた。そこが2年9カ月前と違う点です。僕が喫した3つの敗北を、肥としたからこそのタイトル奪取です。

自分は高い段ボールを積み上げていくようなタイプじゃない。薄い紙を一枚一枚重ねて、固い土台を築く選手です。でも、もっともっと強くなりますよ。内山高志さんや長谷川穂積さんのように、見る人に感動を与えられるチャンピオンを目指します。そして自分のファイトを目にした若者に『俺もボクシングをやってみたい』と思ってもらえるようになりたいですね」

新チャンピオンが所属するジムの会長・渡辺均は、2016年初春を思い出す。大学卒業を間近に控えた谷口、京口と食事を共にした折、彼らに向かって、「2人共、世界チャンピオンになれるように、東京で頑張っていこうな」と声を掛けた。

「京口は国体で優勝していますが、谷口は国体で2位、全日本選手権で3位。いいものを感じてはいましたが、アマチュアでタイトルを総ナメにしていたようなエリートではありません。プロとして、どこまで伸ばせてやれるかが、私の仕事でしたね。よく頑張ってくれました」

谷口も振り返る。

「入門した時は、WBAスーパーフェザー級王者の内山高志さんやWBAライトフライ級チャンピオンの田口良一さんがいて、プロがいかにストイックにボクシングと向き合うかを肌で感じました。そして京口の存在があった。今、同じ階級でWBC5位にランクされる重岡銀次朗という逸材も入ってきて、突き上げがあります。そういうジム内での競争が、僕を数段レベルアップさせてくれましたね。毎日が吸収です」

谷口将隆は、しばしの休息の後、初防衛戦に向かって走り始める。これからは追われる身だ。2022年を新チャンピオンとして迎える彼は、次戦で何を示すのか。更なる進化を見せてくれ。

  • 取材・文林壮一撮影山口裕朗

Photo Gallery3

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事