林家三平を『笑点』に“ゴリ押し”した母・海老名香葉子の誤算 | FRIDAYデジタル

林家三平を『笑点』に“ゴリ押し”した母・海老名香葉子の誤算

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12月26日の放送回をもって『笑点』を降板した林家三平。もう一度、戻ってくることはあるのか…

落語家の林家三平が人気演芸番組『笑点』(日本テレビ系)を、12月26日放送回をもって降板した。童顔で、若い風のキャラを押し出していたので、あらためて51歳という年齢を知り、驚いた人も多いのではないか…。

「共演者や番組スタッフサイドから見れば戦力外、三平からしたら身を引く、という感じでしょうね」

と見るのは演芸ライターだ。

「解答の面白さが圧倒的につまらなく、かつ解答する頻度も低かった。あの番組は、全体的な集団芸という側面もありながらも、個々人がせめぎ合う個人芸の場でもあるのです。三平は集団芸にも加われなかったし、個人芸も発揮できなかった」

と手厳しくつけ加える。

三平が『笑点』のレギュラーの座を手に入れたのは、‘16年5月のこと。”笑点の座布団利権”と業界でささやかれるほど、そこに座れることは即全国区の人気を獲得できることを意味する。

「全国ネットで顔が売れる、知名度が上がる、地方のイベンターから落語会の出演依頼が増える、という好循環が約束されます。ただ重要なことは、お金を払って落語を聞きに来る全国各地のお客様を満足させられるかどうか。三平はそれができなかった。だから地方の営業の誘いも、コロナ禍も相まって激減しました」

と古参の演芸関係者が指摘する。前出の演芸ライターは、もがいた三平が挑戦した試みも広く浸透しなかったと残念がる。

「三平の母、海老名香葉子さんは、東京大空襲の被害を伝えることを命がけで続けています。それはとても貴重なことです。母の影響を受けた三平は、ある時期から戦前に戦意高揚のために作られた『国策落語』に取り組み始めました。

試みとしては大切なことですが、一般の落語ファンはそうした落語を聞きたいとは思わない。そもそも面白くないですから。商売にならないネタをやることは立派ですが、芸人としての評価を高めることにはつながらなかった。戦略ミスですね」

母・海老名香葉子さんの影響が強いと言われる、林家正蔵・三平兄弟。そもそも『笑点』のレギュラーの座をつかむ際も、母親のバックアップがあった。

「もともと座布団の1枚には、初代・林家三平の弟子の林家こん平が座っていた。病気でその座を弟子の林家たい平に譲った。あるとき、その座布団を三平に渡すようにと、香葉子さんはたい平に求めたのというのです。師匠のこん平も、たい平に手放すように言ったようです。

香葉子さんも日テレ関係者に直談判したそうですが、がんとして首を縦に振らず、“たい平さんでうまく行っていますから”と突っぱねた。その後、昇太が司会に上がった際に座布団が開き、そこに三平が座ったという流れがあります」(テレビ局関係者)

兄の正蔵はあるときから、テレビ番組のバラエティー路線から手を引き、落語に専念。そのかいあって、仲間内で落語の腕が認められ、‘15年に文化庁芸術祭賞優秀賞を受賞した。所属する落語協会(柳亭市馬会長)の副会長を務めるなど、業界内の信頼も厚い。

対する三平は、「笑点」にすがり、売れることを目指したが……。在籍5年半で、座布団10枚を一度も取ることができず、これといった爪痕も残せず、去ることになった。

「番組のおしまいに三平は、スキルを上げて芸の幅を広げて戻ってきます、と宣言しましたが、それは本人の希望に過ぎない。難しいでしょうね。特番で試し的に戻すことは考えられますけど。

笑点メンバーは皆さん、寄席や落語会でしっかりした話芸を披露できる実力の上に、大喜利ができている。そこまでのスキルを身につけるには、50代をすべてかけるくらいの覚悟が必要でしょう。それができるか」(前出・演芸関係者)

「笑点」を飛び出した三平にとって、芸人として60代、70代を決定づける50代の時間がたっぷりとある。兄・正蔵も50代を落語に注ぎ込んだ。その姿を思い出し、三平も精進するしかない…。

  • 写真共同通信

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