ハチミツ二郎が「芸人の転職支援サイト」を立ち上げた危機感 | FRIDAYデジタル

ハチミツ二郎が「芸人の転職支援サイト」を立ち上げた危機感

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人気の芸人でも、コロナ禍で食えなくなっていることへの危機感を募らせるハチミツ二郎さん

実力派コンビ「東京ダイナマイト」のハチミツ二郎さんが、「芸人支援」のための新しいサービスを立ち上げた。一般企業への芸人の就職を支援するマッチングサービスだ。

1年半前、「家族と生活を守りながら芸人を続ける」という決意のもと、都内のIT企業に就職したハチミツ二郎。その経験をもとに、コロナ禍、収入減にあえぐ芸人をなんとか支えたいという気持ちから、マッチングサービスを始めたという。

芸人と就職――。一見「ミスマッチ」にも思えるが、彼がこのサービスを通じて創り出したいのは、「新たな芸人の生き方」だ。ノンフィクション作家の田崎健太が、いま芸人が置かれている状況について、そして新サービス立ち上げの経緯と想いを聞いた。

「一年前に死にかけた」

「東京ダイナマイト」のハチミツ二郎が身体の異常に気がついたのは約一年前、2020年12月14日だった。朝から咳が止まらない。体温を測ると38度。この日は終日、リモートワークの予定だった。仕事が終わった後、妻と娘に、家の中でもマスクをつけること、自分の部屋には来ないように厳命して横になった。

この日は朝から曇りだった。太陽が落ちると気温は一気に10度以下に下がった。寒気を感じ、再び体温を測ると39度となっていた。心配した妻が主治医に連絡を取った。すると「熱だけならば横になって様子をみるように」という指示が返ってきた。

すぐに相談できる主治医がいたのは、理由がある。

2018年7月、二郎は大阪で舞台に立った後、新大阪駅に向かうタクシーの中で息苦しさを感じた。急遽向かった病院の受付手前で倒れ、緊急入院。肺炎が原因の急性心不全だった。体内に酸素を取り込む力を示す血中酸素飽和度が60という異常な数値だったという。90パーセント以下の場合は、十分な酸素を全身の臓器に送り込めないとされている。瀕死の状態から回復したのだ。

それゆえに、二郎は新型コロナウイルスを警戒していた。

「急性心不全で死にかけた上に、血糖値も高い。いわゆる基礎疾患持ちです。主治医からは、二郎さんがコロナに罹ったら必ず重症化しますと言われていた」

だからこそ、普段からマスク着用、うがい、手指消毒を心がけていた。緊急事態宣言以降、交通機関に乗ったのは、地下鉄と新幹線それぞれ一度だけ。「密」を徹底的に避けていた。

急性心不全の教訓で、二郎は血中酸素飽和度を計測するパルスオキシメーターを手に入れていた。解熱剤を服用したせいか、体温は38度に下がった。しかし、血中酸素飽和度は88。新型コロナ罹患以前に、生命に関わる状態になっていた。

救急車のベットに横たわりながら、病院と無線でやりとりする声が聞こえてきた。いくつかの病院で受け入れを断られた後、二郎の記憶では四つ目の病院に入ることになった。

「人口呼吸器を口から入れること、首に穴を空けてカテーテル(管)を入れることになるかもしれない。そのために全身麻酔を行うという説明を受けました。その後、集中治療室に移動したはずですが、ほとんど意識がなかった」

覚えているのは、防護服を着た男から肩をたたかれ「PCR検査、陽性」と言われたことだった。そこから八日間、記憶がない。後から命が助かる可能性は五分五分だったと聞かされた。

この病院にはPCR検査で完全に陰性判定にならなければ退院させない、という〈規定〉があった。二郎は、普通の生活が出来る体調が戻った後も病室に足止めされた。退院したのは、1月15日になっていた。

入院期間中、芸人としての収入はゼロである。

「芸能は個人事業主ですし、なんの保障もないことは覚悟していました。でも自分は、IT企業で勤務していたので、そこからは給料の七割が出た。これは本当に助かりました」

IT企業で働いていた経験が、今回のサービスにつながった

二郎はコロナ禍の20年4月に、知人に誘われる形でIT企業『ソノリテ』に就職している。現役の芸人が就職したということで、当時大きな話題になった。舞台やテレビ収録などの芸人としての仕事がある日以外は、会社員として勤務するという契約だった。「芸人は宵越しの金は持たねぇ、最後は野垂れ死ぬなんて言っていた自分が、福利厚生の大切さを身にしみて味わいました」と、皮肉っぽく笑った。

人気芸人でも生活は苦しい

二郎は21年1月21日にツイッターで、新型コロナウイルス陽性に罹患、重症化していたことを公表。テレビのワイドショーなどに大々的に取り上げられることになった。

「(コロナについて話してくれということで)のべ百本ぐらいの番組に出たんじゃないですかね。病院に行って待合室にいたときに、(テレビに)俺が出ているのが映ったことがあったんです。隣に座っているじいさんが、それを観ながらばあさんに〝指にはめるパルスオキシメーターが重要らしい〟とか話しているんです。俺がすぐ隣にいるのに。帽子かぶってマスクしているから気づかないんです」

舞台に立てるだけの体力が回復し、芸能の仕事を再開した。そこで目の当たりにしたのは、生活に困窮している芸人たちの姿だった。

「みんな、コロナで仕事がなくなっていた。90年代、俺が駆け出しの頃って、芸人はテレビに出られれば人気者だった。俺の感覚では、その当時テレビに出られた芸人は百組ぐらい。その後、『エンタの神様』や『爆笑!レッドカーペット』で、30秒のネタで出られるようになってから、その数が千組以上になった。それがコロナでリモート(収録)、スタジオから人を減らしますっていうので、淘汰された。今、ちょうど芽が出てきてテレビに出だした層がガサっといなくなった」

東京ダイナマイトが所属している吉本興業は全国に劇場を持っている。しかし、そこに主演できる芸人は限られている。地方営業も、コロナでほとんどなくなってしまった。

「一時期はテレビに出ていて、結構名が知られている芸人が、いまは週六(日)でバイトしている。交通整理、土木工事です。もっと売れていなくて、妻子がいる奴らは、みんなUber Eatsやっている」

Uber Eatsは、ギグワーカー、つまり独立業務請負人の一種である。オンデマンドで企業と労働契約を結び、その企業の顧客にサービスを提供すると定義される。端的に表現すれば、時間労働の配達アルバイトだ。

「みんな、カネがないから国から無担保でお金を借りているんです(※筆者注・ 新型コロナウイルス感染症特別貸付)。一定以上の実績があれば貸してもらえる。でも、これって借金でしかない。いずれ返さないといけない」

二郎が、こうした貸付に頼らなくて済んだのは、会社員としての収入があったからだ。この新しい仕事に慣れるにつれて、「芸人の経験は会社員でも役に立つのではないか」と考えるようになった。

企業は芸人を求めている

観客を笑わせるため、芸人は面白いことはないかと常日頃から日常を観察し、頭を絞る。企画立案と具現化である。舞台に立つとその企画の善し悪しの審判が下される。何が観客に受けるのか考える。これはマーケティングだ。そもそも人を笑わせることは他者とのコミュニケーションである。人間関係において、笑いは潤滑油となる。仕事、組織に必要な要素が含まれているではないか。

であれば、芸人が一般企業のなかでもできる仕事はあるはずだ、と。

「リモートワークでは人間関係が希薄になって、鬱になって、それが原因で会社を辞めるなんてことも多い。そうならないために、例えば、その会社の中でしか聞けないラジオを芸人が立ち上げる。山田さん、今日、元気にしてますかーとか語りかける。四十人ぐらいしか聞けないラジオでもいい。そういうのは、芸人は出来るじゃないですか。企業が求めているスキルがあるんなら、アルバイト選ばなくてもいいんじゃないかって」

そんなとき、人材採用を得意としている企業の社長と話をする機会があった。

「その社長が芸人のセカンドキャリアを支援する会社を作りたいっていうんです。派遣ではなく、就職させると」

二郎は彼の言葉に頷きながらも、条件を出した。まずは芸人側から一切の手数料などの金銭を受けとらないこと。そして、働き方の選択肢を増やすこと。

「(芸人を)スパっと辞めて就職したいという奴もいるだろうけれど、俺みたいに芸人と会社員の二刀流でやりたいというのもいる。就職させるということだと、芸人を辞めさせることを促す形になってしまう。それでは意味がないので、働きながらも土日だけでも芸人みたいな感じも認めてもらう。その橋渡しをしようと」

二郎が念頭に置いていたのは、お笑い芸人だけではない。

「自分も二十何年キャリアがあるんで、プロレスラーや役者などの知り合いも結構いるんです。企業側にはプロレスファンも多い。一人プロレスラーを会社に置けるんならば是非、うちで、とかそういうニーズはある。芸人だと売れている売れていない関係なく、ムードメーカーというか、コミュニケーション能力に長けている人間ならば欲しいという声もあった」

昨年12月、二郎は『ビットミックス』の社外取締役となり、『タレント・キャリア』を始めた。

(「タレント・キャリア」のホームページ→https://talent-career.jp/

芸人をはじめとするタレントと企業をマッチさせるサービスだ。事業についての打ち合わせを繰り返すうちに、企業側が求めている〝人材像〟が二つあることに気がついた。

「タレント・キャリア」のサイト。芸人やスポーツ選手のセカンドキャリアを支援するサービスだ

「元芸人、元プロレスラー、元アスリート、元ミュージシャンで、無名でもいいので(会社員として)フル出社して欲しいという企業。もう一つは、芸能活動と掛け持ちでいいから、出来るだけ有名な人に来てほしいという企業。後者の場合なら、野球ファンの社長ならば、うちの会社に元プロ野球選手いるんだよって自慢できる。活動も支援してくれるかもしれない。

劇団やプロレスの人ってチケットを売るのが大変じゃないですか。同じ会社の人間だという親近感で、みんなチケットを買ってくれるかもしれない。プロレスラーや格闘家ならばみんなが(入場用の)ガウンでも作ってくれるかもしれない」

紹介先の企業は一定以上の規模で、最低限以上の給料を支払うこと。そして極端な重労働はさせないという決まりを設けている。

「なんとか芸人を支えたい」という二郎の行動の根底には、芸能などのエンターテインメントビジネスの前提が一変したという危機感がある。

「芸人ってよくショッピングモールなどでイベントに呼ばれていましたよね。それが、コロナ禍でそうしたイベントはなくなった。でも、お客さんはショッピングモールに来ている。モール側からは、『もしかして集客のイベントはもういらないんじゃないか』って思われているかもしれない」

テレビはもちろん、舞台の出番が減り、芸人の懐が寒くなっていることを二郎はひしひし感じている。さらに最も効率的に稼げる〝(イベント)営業〟がなくなれば、干上がってしまう。だからこそ、芸人が安心して暮らせる基盤を作らなければならない。

「芸人って絶対に奥さんたちに苦労掛けるんです。子どもがいたら特にそう。昔は、芸のためなら女房を泣かせるのが美徳だったかもしれない。でもこれからはもう女房子どもは泣かしちゃいけない」

そう思ったのは、自身が新型コロナに罹患し、死の淵をのぞき込んだからだ。

「奥さんが泣くのはまだしも、子どもがずっと泣いていたと聞いて、もう悲しませちゃ駄目だと」

「芸人」も変化する

時代の空気によって大衆が求める芸人は変わる。

「俺らみたいに若手のとき、殴る、蹴る、怒鳴られるで育ってきた芸人をみんな見たいんだろうかと。もうそういう時代じゃない。俺たちのときって芸人っていえばみんな高卒だったけれど、今はいい大学出ている奴がいっぱいいる。親御さんからしたら、せっかく大学まで行かせたのに何をやっているんだって思っているかもしれない。でも、二年ぐらい芸人やって、大手企業に入れるっていう道を作ってあげられれば、周りの人も安心できる」

とはいえ、芸人の本質は変わらない。

スポットライトを浴びて観客の前に立つことは麻薬的な魅力がある。芸人とは笑いという刹那の快楽に魅せられた人たちだ。彼ら、彼女たちは、かつての二郎がそうだったように、会社員=安定した生活を受け入れることに抵抗がある。

二郎はある芸人に、自分の始めたこの事業に申し込んでみないかと誘ったことがある。彼はテレビで人気を集めたが、今では週六日アルバイトで糊口を凌いでいた。彼の周囲から「あいつをなんとか助けてやってくれ」と頼まれたのだ。

すると――。

「バイトのほうが気が楽だって(断られた)。いつでも辞められるとか、いつでも休めるというのがいいみたい。だからUber Eatsが人気あるんでしょうね。でも、1日4時間しか働けないなどの希望を出してくれてもいいんですけどね」

芸能の道を諦めて、他の職業に就くのは「芸人崩れ」と呼ばれた。これからは「芸人上がり」である、どんどん就職すればいいと二郎は言う。

「俺はコロナで困っている芸人を救うために生き返ったと思っている」

コロナ禍は多くの人の生き方を変えた。芸人の生き様も変わってしかるべきなのだ。

  • 取材・文田崎健太写真中村和彦

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