ミシュランラーメン店主が「ソース味チャーハン」に込めた思い
『らーめん 七彩飯店』のチャーハンもシュウマイもソースなワケ
突然ですが皆さん、シュウマイに何かけて食べますか? 醤油とカラシ、気分次第で酢もプラス。ってとこでしょうか。
しかし八重洲地下街にある『らーめん 七彩飯店』、シュウマイ(メニュー名はシウマイ)を頼むと一緒に出てくるのは…
ソースっす!
「えっ、醤油くださいよ」と店員さんに言うと渋々(ってのは冗談です)醤油も出してくれますが、「ウチはソースで食べていただきたいんです」とのこと。はあ、ソーッスか…。
しかしデカいシュウマイですね、雪見だいふくぐらいのサイズ感ですよ。1個60gですって。皮にぜんぜん包まれきっていません。
店員さんと議論する理由もないので、いっちょ言われたとおりソースかけて食べてみます。ん? 思っていたより合うかも。ウスターソースではなく甘めの中濃ソースなので、粗々しい豚肉の塊とザク切りの玉ネギと口の中で一体になり、ちょっと洋風の味わいに。何かの味に似ていると思ったら、ハンバーグでした!
これはこれでアリか…。と納得しつつ、「飯店」というからにはチャーハンや丼がさぞかし推しなんだろうと券売機を見ますと、
チャーハンがソース味しかない
「東京ソースチャーハン」しかあれへんがな。あとはセット用のチャーシュー丼のみ。普通のチャーハンないの? と聞くと「ないッス!」と潔い返事。どうなっているんだこの店。シュウマイはソースだしチャーハンもソースしかないし。八重洲地下街というパブリックな(?)立地でその強気な姿勢、ミシュランラーメン店がプロデュースしたからって何でも許されるのか。
怖いもの見たさで東京ソースチャーハンを頼んでみます。厨房でカカカカカカッと軽快に炒める音が響いたのち、目の前に現れたのは、想定内の色をしたライス!
これが「東京ソースチャーハン」だ!
不本意ながら、ふんわり昇り立つソースの香りについうっとりしてしまいました。油とソースの混ざった匂いって人類の戦闘能力奪うんでしょうか。だから関西人っていつも笑ってばっかなんでしょうかね。
とは言え半信半疑で食べてみると、ラードで熱されたライスをスパイスのきいた中濃ソースがコーティングして、ほわっほわ、コテッコテ、何とも言えない初めての味わい。チャーシューからは醤油味が染み出しているし、シャキシャキの玉ネギの食感もちょうど良い。甘・しょっぱ・辛がベストなバランスです。
これ関西人に言わせたら「そばめしのそばヌキやんけ」と突っ込まれるんだろうな。でも猫田はそばめし習慣はないので初めての味。なのに、どこか懐かしい!
代表・阪田さんを直撃取材!
と感動していたら、「でしょ〜!」と登場したのは『麺や 七彩』代表の阪田博昭さん。あらあら阪田さん、一体なんなんですかこの店、ソース推しすぎっすよ。と事情聴取してみることにしました。
猫「阪田さん、なんでこの店チャーハンもシュウマイもソースなんですか」
阪「うちのジイさんがソース好きだったんですよ」
猫「はああ!? そんだけですか」
阪「いえ、詳しく話すと、僕の実家埼玉なんですが、もともとウチではソースを頻繁に使っていて。ウチ以外でも埼玉、関東近辺ではソースを多用する食文化がありました。
そもそも日本にウスターソースが入ってきたのが明治時代。その後1923年に東京都北区で創業したトキハソースという会社が野菜や香辛料をたっぷり使った独自のソースを開発。ブルドックは1926年ですが、この時期、東京近辺では“地ソース”メーカーがかなり作られています。
同時に、その頃東京にあった町中華でソースを使うようになり、ちょっとした『中濃ソースブーム』が起こったと僕は考えています」
猫「おお、なんかアカデミックな話になりましたね。眠くなってきた」
阪「じゃあ手短に話します。豊洲にある『やじ満』は1948年創業ですが、ここのシュウマイもソース。御徒町にあった1954年創業の『来集軒』はソースチャーハンを出していました。
町中華の増加期は大まかに明治と戦後に分かれるのですが、シュウマイを出すのは戦前からのお店が多く、餃子は戦後満州へ渡った方が持ち帰ってきたものと思われます。『やじ満』『来集軒』以前から東京には町中華がたくさんあり、そこでソースシュウマイやソースチャーハンを出していたんだろうと。今でもこうしたメニューが残っている町中華もありますが、閉店などでその文化が消えつつあります」
猫「おお、ということは阪田さんはその食文化を復活させようと」
阪「『七彩』の責任というかポリシーは、“食文化の継承”だと思っています。全く新しい食を発信するというよりも、かつてあった食文化を掘り起こし、次の世代に繋げる。ソースチャーハンは『来集軒』が閉店したのでその味を復活させたもの。喜多方ラーメンもそうです」
猫「そういえば『麺や 七彩』で「喜多方らーめんtype-SA」ってありますね。SAって何ですか」
阪「さゆり食堂、のSAです」
猫「????」
阪「喜多方ラーメンってあっさり醤油、というイメージですよね。でも昔喜多方に行った時、店によって味のニュアンスが全然違うことを知ったんです。そのうち『さゆり食堂』がかなり強い煮干しの味で衝撃的でした。実は煮干しラーメンは古くから地元で根付いているようです。
だから『喜多方ラーメンとはこの味』なのではなく、『喜多方で食べられているから喜多方ラーメン』なのだなと。そんな『さゆり食堂』は年配の方が経営していたので、お店がなくなる前にその味を受け継ぎ、繋ごうと、『七彩』でオンメニューしたんです。“SA”はさゆりの“さ”です」
猫「案外真面目に考えているんですね!(失礼)」
阪「いわゆる温故知新です。昔あった味を知る人がいなくって、今の世代が食べると『新しい食体験』となる。でも日本に根付いてきた食文化なので懐かしい味でもある。
正直、ソースチャーハンも『すっごい旨い!』というより『アリかな』という感想だと思います。でも、なぜかまた恋しくなって食べたくなる。そういう日常的な位置づけのメニューです」
猫「確かに!私も『う~ん。アリかも…』でした。ぶっちゃけ家で作れそうですよね!」
阪「作れます。というより他のお店にも真似て欲しいなと思います。独創的なメニューはその店が途絶えてしまうと終わってしまうけれど、誰でも作れるソースチャーハンを他店でもどんどん出してくれればそれが文化になって残っていきます。
実際、僕はこの中濃ソース文化を東京の食文化、ひいては日本の食文化として海外に紹介できると思っています。これは日本にしかないジャパニーズ・ブラウンソースなので!」
と、熱く語る阪田さんの話を聞いていたら「ホントに中濃ソースって日本が海外に誇れる伝統的調味料かも!」と思えてきました。猫田は感情移入しやすいです。しかしこんだけソースの話を聞いていながら、全く関係ないラーメンを食べてみることにしました。だって七彩の看板メニューだしね…。
肉の花びらが満開の「肉そば」!
しかも件の煮干しラーメンを頼めばよいものを、肉意地が張って「肉そば」に。おおー、14枚のチャーシューが大車輪のように花開いているではありませんか。
この多加水麺を使った太めの平打ち縮れ麺が特徴。なんでも製麺所で作った太麺を使う前に手で打ってランダムにしてスープを絡みやすくし、さらにもちもち感を出しているそうです。
…と、ラーメンの話は本筋ではないのでまたの機会に。
しかし不思議です。ソースチャーハン、食べた時は「正直…普通の方が良いな」と思ったのですが、日が経つとなぜかあの味が恋しい!(忖度ではありません)
だったら家で作りゃあいいんですが、やはり『七彩』の自家製ラードとチャーシューでカカカカッと手際よく炒めないとあの味にはならないよなー。と言い訳をして、また食べに行くんでしょうね私。
ソースチャーハンは『都立家政 食堂七彩』でも提供、ソースで味わうシュウマイは八重洲地下街の店のみで食べられます。しかしシュウマイに中濃ソースかけるの、本当にハマります。ぜひ試してみてください!
取材・文・写真:猫田しげる
1979年生まれ。タウン誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。現在はウェブライターとしてデカ盛りから伝統工芸まで幅広い分野で執筆。弱いのに酒好きで、「酒は歩きながら飲むのが一番旨い」が人生訓。
猫田しげるの食ブログ 「クセの強い店が好きだ!」http://nekotashigeru.site/