東大前で高2が無差別刺傷…名門校の生徒が事件を起こす戦慄の背景 | FRIDAYデジタル

東大前で高2が無差別刺傷…名門校の生徒が事件を起こす戦慄の背景

ノンフィクション作家・石井光太が日本社会の深層に迫る!

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事件が起きた東大農学部前の路上。警察官や消防士が現場を行き交いあたりは騒然となった
事件が起きた東大農学部前の路上。警察官や消防士が現場を行き交いあたりは騒然となった

1月15日、午前8時半頃、東京大学弥生キャンパスの前の歩道で、高校2年生によるその凶行は起きた。

この日、大学入学共通テストが行われる東京大学には、受験生がコートに身を包んで続々と訪れていた。受験生にしてみれば、コロナ禍の中でこれまで積み上げてきた勉強の成果を出し切る日であり、緊張に震える者、イヤホンで英単語を聞きつづける者、合格祈願のお守りを握りしめる者など様々だっただろう。

そんな学生たちの前に現れたのが、名古屋市在住の高校2年の少年Aだった。

少し前、少年Aは電車内や東大前駅の構内の複数ヵ所で放火を試みたが、失敗に終わっていた。その後、彼は東大の正門前の歩道に向かった。

この時、彼は刃渡り12cmの包丁、折り畳み式ののこぎり、ナイフ、可燃性の液体を入れたペットボトルや瓶を合計11本持っていた。

正門の前には、同じように駅から向かってきた受験生たちが一列に連なるように歩いていた。少年Aは所持していた12cmの包丁を手に取ると、近くにいた人たちを無差別に襲っていった。

最初に襲われたのは、72歳の男性だった。背中を刺され、重傷を負う。つづいて、千葉県から受験に来ていた女子高校生、そして同じく男子高校生が背を切りつけられ、その場に倒れ込んだ。

すぐに通報を受けた警察官が現場に駆けつけた。少年Aは特に抵抗する仕草も見せず、おとなしく逮捕された。

その後、彼は警察に対して、事件を起こした理由を次のように述べた。

「3人を切った。面識はない。医者になるため東大を目指して勉強していたが、成績が1年前から振るわなくなり、自信をなくした。医者になれないのなら人を殺して罪悪感を背負って切腹しようと考えた」

少年Aは、東海地方にある全国的にも有名な進学校に通っていたと報じられている。特に医学部への合格率が高く、東大を筆頭とした医学部へ大勢の生徒を進学させている名門校だった――。

無差別殺傷事件が相次ぐ理由

この事件が報道された時、「またか」と思った人は決して少なくないだろう。

近年、まるでテロのような無差別殺傷事件が頻繁に起きている。1020代の若者が起こした事件だけでも、18年の22歳男性による東海道新幹線車内殺傷事件、20年の15歳少年による福岡商業施設女性刺殺事件、21年の24歳男性による京王線刺傷事件などが挙げられる。

19年こそ20代以下の少年の無差別事件は起きていないが、40代、50代によるものとしては京アニ放火事件、川崎市登戸通り魔事件がある。さかのぼれば、池袋通り魔殺人事件、附属池田小事件、秋葉原通り魔事件など枚挙に暇がない。

この種の事件を取材していくと、事件を起こした加害者の病理に加えて、家庭環境や社会環境の問題が複雑に絡み合い、雪だるま式に数え切れないくらいの困難を抱えるようになる中で、精神的に追いつめられて、冷静な判断能力を失ったまま衝動的に大事件を起こしていくプロセスがわかる。

今回の東大で起きた事件で特徴的なのは次の2点だろう。

・加害者が一流高校の現役高校生だったこと。

・犯行の理由を「成績」のせいにしていること。

詳細は今後の取り調べに委ねられるが、親のゆがんだ教育が引き金となった事件は少なくない。先の事件でいえば、秋葉原通り魔事件の加害者は親の過剰な教育によって精神を壊された一人だ。少年院にせよ、フリースクールにせよ、そうしたスパルタ教育の犠牲になった子供たちが一定数いる。

私がこの事件を知って思い出したのが、かつて医者の家庭で起きた奈良高校生放火殺人事件だ。

この事件の概要を振り返りたい。

事件が起きたのは、06年のことだった。加害者は、県内屈指の進学校に通い、東大事件の少年Aと同じく医学部進学を目指していた少年Bである。

少年Bの父親は医者だった。父親は息子を自分と同じ医者にするために、小学校に上がる前から勉強を指導していた。もともと父親はエリート意識が高く、周りの人を抑圧するようなタイプで、妻に対してもDVを行っていた。そんな性格もあり、マンツーマンの指導はだんだんとエスカレートし、少年Bに対する暴力を伴うスパルタ教育となっていった。

後に、少年Bは父親による暴力の恐怖にさらされる毎日を過ごしていたと告白している。怒鳴られる、物を投げられる、お茶をかけられる、殴られる、蹴られるというのが日常的に行われていたそうだ。少年にしてみれば、それは教育ではなく、虐待だったにちがいない。

禁じられた母親との連絡

やがて母親は少年Bの妹を連れて別居し、離婚することになる。少年Bは父親のもとに置き去りにされる形になったが、これによって彼が「母親に捨てられた」との思いを膨らませたであろうことは想像に難くない。

離婚後、父親は少年Bに母親や妹と連絡をとることを禁じ、スパルタ教育を激しくしていく。同時に、父親は同じ医者の女性と再婚。父親と継母が医者という環境のもとで、少年Bにとって「医学部進学」の重圧はより一層大きくなっていった。

少年Bは、父親の期待に応えなければという気持ちと、音を上げたくなる気持ちに挟まれていた。それでも関西で超一流校とされる有名校に進学できたのは、努力の証といえるだろう。

だが、こうした環境が、少年Bの精神をどんどんむしばんでいった。

父親は「勉強して医者になれ」と言うだけで自分の気持ちをまったくくみ取ってくれない。本音を口にするだけで罵倒される。自分の夢を持つことさえ許されない。どれだけ努力してもほめてもらえず、成績が下がって虐待されることに慄く日々。膨らんでいく優秀な同級生への劣等感……

もし彼が東大医学部へ絶対合格できるような成績をとっていれば、心に多少の余裕も生まれていたかもしれない。だが、運動神経と同じで、勉強ができるできないはある程度先天的な力だ(それを認めず、すべてを努力とする教育界の風潮が間違っているのだが)。それに、無理やりやらされている中ではなかなか成長は望めない。

少年Bにとって不幸だったのは、それをわかってくれる人が周りにいなかったことだ。むしろ、有名進学校にいたせいで、自分を必要以上に勉強ができない人間だと感じる傾向にあった。

彼の精神が限界に達したのは、高校一年の時だった。中間テストの英語の成績が、平均点を大きく下回ったのである。毎年何十人も東大合格者を出す学校なら、必ずしも悪いわけではないはずだ。それに高校1年なら、これからいくらでも挽回のチャンスはあるだろう。

「一流大学合格」の押し付け

だが、これが父親に知られ、逆鱗に触れることになった。父親にとっては絶対に認められない点数だったのだ。少年Bはこれまで受けてきた虐待の体験から、恐怖を膨らませた。そして、父親を殺害して支配から逃れようと考えるようになる。

彼は殺人計画を練りはじめるが、すでに真っ当な精神状態ではなかったのだろう。6月20日の早朝、自分を支配する父親が仕事で家にいないのにもかかわらず、家に火を放ったのである。

家はあっという間に炎につつまれ、寝ていた継母と彼女の連れ子である義弟妹の合計3人が焼死することになった――。

この事件を通して考えたいのは、「一流大学合格」という押し付けが、どれだけ子供の心を傷つけることになりかねないのかということだ。

何十年も前から、親によるスパルタ教育がもととなって様々な事件が引き起こされてきた。事件が起こるたびに、親が子供を「所有物」としていることへの批判や、それを見過ごしてしまう社会の空気のあり方が問題視されてきた。最近は、行き過ぎた教育を「教育虐待」と見なす意見も出はじめている。にもかかわらず、それらは一向に是正されるわけでもなく、同じような事件が起きてしまっている。

なぜか。そこには教育のゆがんだ構造がある。

日本では、格差が拡大する中で、一部の強者がそれ以外の者たちを支配し、富を牛耳る構造が明確化している。経済界や大学を頂点とした教育のピラミッドの中では、「人間性をはぐくむ」と言いながら、実際は「人材開発」という名のもとに、材料開発をするように次々に指導内容を増やして押し付けていった。

そんな子供たちの間に教育格差があるのは自明だし、学習障害をはじめとする先天的な能力の差があることもはっきりしている。にもかかわらず、子供たちはほとんどすべて横一直線に並ばされ、勝ち抜けられるのは「努力した人」であり、そうでない者は「努力しなかった人」と見なされる。

こうした中で、一部の親がスパルタ教育によって何とか自分の子供を優秀な人間にさせたいと願うのは必然だろう。親にたくさんの問題があるにしても、社会の方にもそれを見過ごしてしまう空気がある。

奈良の事件でいえば、父親である医者にはたくさんの間違いがあった。だが、周りにだって問題はあったはずだ。医者である父親がわが子を同じ医者にしようとすることを止める空気があっただろうか。進学校にどれだけ少年Bの苦しみを理解する人がいただろうか。そもそも間近で虐待を目撃していた医者の継母は、なぜ止めなかったのだろうか。

教育とは、その子が生まれ持った翼をその子に合った形で成長させ、大空に向かって好きな方向に羽ばたかせるためにあるものだ。

決して社会や親が自分たちにとって都合のいい翼をつくり、決まった方向へ飛ばせるためのものではない。そんなことは、ドローンがやるべきことなのだ。どの世界に、卵からかえったヒナに、自分たちが開発したプロペラをつけて、操縦しようとする親鳥がいるというのか。

東大で事件が起きた翌日も、同会場及び全国の会場で大学入学共通テストが予定通り行われた。数年後、大半の子供が自分の翼で目指す方向へ飛んでいくだろう。だが、社会や親に押し付けられた翼を持った子供たちは、どんな空を羽ばたくのだろうか。

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『レンタルチャイルド』『近親殺人』『格差と分断の社会地図』などがある。

  • 撮影蓮尾真司

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