40年の歴史に幕…淡路島「大観音像」のスゴイ取り壊し現場 | FRIDAYデジタル

40年の歴史に幕…淡路島「大観音像」のスゴイ取り壊し現場

バブル期の観光産業を支えた島名物の『観音さん』が40年の歴史に幕

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’21年6月14日、兵庫県淡路島の『世界平和大観音像』の解体が始まり、現在佳境を迎えた。淡路島のランドマークとして、島民や観光客から愛着をもって「観音さん」と呼ばれ続け、40年。観音像の首元部分は展望台となっており、当時多くの人が訪れたという。

閉鎖から16年たち、建物としての寿命が尽きようとする今、その”解体姿”が話題となっている。

ある意味崇高だ…

閉鎖後は放置され、建物の老朽化とともに地元ではその耐震強度が不安視されてきた。事業家の男性の死後、観音像は国によって管理され、’21年6月14日に取り壊しが決定した。

大観音像を長年見守ってきた地元町内会長、五条勉さん(63)は解体について次のように心境を語った。

外側のモルタルがだんだん捲れて落ちるようになっていて、風の強い時は100~200mは飛んでいました。私の家は観音さんから国道を挟んで下へ歩いて3分くらいですが、そこまで飛んでくる可能性もありました。

南海トラフの話もありますし、『もし倒れたらどうしよう』という心配はみんなでしていました。

飛行機に乗って関空から飛ぶときも、観音さんの上を通るルートもあって、飛行機に乗った時、下に見えていました。勝手なもんですが、解体工事が始まって嬉しい反面、足場ができて姿が隠れていくにしたがって、ちょっと寂しいという気持ちもあります」

なぜ、大観音像は耐用年数を超えて放置されるに至ったのか。聞くと、『世界平和大観音像』は、’82年にオープン。地元出身の事業家の男性が個人で出資し建てたものだという。

「施主の奥内さんは、観音さんのある場所よりもっと山奥の出身。山を1つ、2つ超えたところに家があった農家の方でした。大阪に出てビル業で財を成し、その後姫路でもホテル業を手掛けて成功したと聞いています。

本人から聞いた話ですが、昔お母さんと山を下りてきて、今の観音さんのある場所で一緒にお弁当を食べたそうです。そこから、神戸や大阪をみて、『お母さんと一緒に弁当を食べた山から、大阪の方が見渡せるものを作りたい。何か作ろうと思ったら、やっぱり観音さんかなあ』、そう思ったと言っていました」

建設を決めたのは高度経済成長期。建設された観音像の周囲には飲食店などもでき、『世界一の観音さん』として、島の観光資源となった。

「今は淡路市ですが、観音さんのあるところは旧東浦町と言いまして、私の父親がそこの町会議員をしていました。奥内さんはよくうちの家にも来ていたのです。町のみんなも、奥内さんが観音さんや塔、山門を作りたいと言ったときも、そんなに反対はなかったと聞いています。

お母さんと歩いて降りてきて、一緒にお弁当を食べたあの場所には、それだけ思い入れがあったのだと思います

 

遠くからでも一目瞭然

解体が完了すると、その跡地は約1万9000㎡にもなるとのこと。跡地利用について、国の財務局も口を閉ざす中、町内会長が次のように明かした。

これは、まだ検討の段階の話なんですが……。あの地域には6つの町内会があります。私はこの津田町内会の会長で同時に6つの自治会の連合会の会長をしています。他に付近の住人の方も入れて、10人くらいで跡地を考える会を作っている最中です。今規約を作っています。

あの辺は、淡路島でも一番温暖な地域。見晴らしもすごくいい。近畿財務局に任せきりにするのではなく、跡地利用で住民の声も聞いてほしいと思っています。市が買い取るかどうかはともかく、民間企業の場合であっても、住民の意向をくんだところにして欲しいですね

とにかくデカい

”珍”建造物の解体作業

観音像の解体にあたって入札をおこない、とある大阪の業者が作業を請け負うこととなった。費用は最低価格の8.8億円で決まったという。

現在は解体作業の真っ最中。この観音像は、台座を除いた本体の大きさだけで80mもある。普通の建物とは違い、その解体は順調ではなく、途中、工程を見直さなければならなかったという。

「原則通り、足場を全部立て切って、剥離作業は頭部から始めて、鉄骨になったら切断してクレーンで下ろしていくという、上部からの解体を考えていました。

ですが、モルタルの劣化した弱い部分以外はかなり強固に作られていることが分かり、剥離作業に予想以上に時間がかかることが判明しました。何とか工期内に工事を納めるため工程を見直し、その結果、足元から順に剥離作業を進めることとなりました」(近畿財務局管財部職員)

海外では、巨大建造物を解体する際に一気に爆破し、そのガレキを片付ける方法をとることも多い。しかし、この観音像の解体はかなり地道な作業の積み重ねだという。

「内部のモルタルを壊していく作業ですが、まず下の各階からのぼって、モルタルを削岩機などで壊し、握りこぶしほどの大きさに断裁します。その後、ダストシュートの空間から下に落としていっています。現在は10名ほどの職人がこの解体に従事していますね」(同前)

年始からさらに解体がすすみ、現在は頭の部分も足場で覆われている状態。地元のシンボルが一つの時代を終え、新たな場所へ生まれ変わろうとしている。

  • 写真野口恭平

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