基地反対候補が敗北の名護市長選があぶり出す「沖縄の選択と理由」
ジャーナリスト・津田大介が目撃した「沖縄」緊急リポート
<1月23日、沖縄県名護市で市長選挙があった。人口6万4000人のこの街は「辺野古新基地」の建設地を抱えている。返還50年、秋に県知事選も控える「選挙イヤー」の沖縄。その最初の「民意」を問う注目の選挙を、ジャーナリストの津田大介氏が取材した。沖縄を取材し続ける津田氏が、投開票のその日、現地で見たものとは――>
「今回も、金力と権力によって分断された名護市の実情をさらに浮き彫りにさせた選挙だった」
1月23日投開票が行われた沖縄県の名護市長選挙で「基地反対」を掲げた岸本洋平候補が敗北した。岸本後援会の会長で、2010年から2018年まで名護市長を務めた稲嶺進は、敗戦の弁をこう述べて肩を落とした。
稲嶺が指摘した「金力」と「権力」という2つのキーワードは、2014年以降顕在化した「辺野古新基地建設」をめぐる沖縄県と国の対立を読み解くうえで、重要な鍵になる。
「金力」と「権力」に抗えない事情
まずは「金力」。今回の市長選で大きな争点となったのは、当選した現職・渡具知武豊(とぐち・たけとよ)候補が進めた「子育て支援策・3つの無償化」への評価だった。渡具知候補は2018年の市長就任後、保育料と学校給食費、高校卒業までの子ども医療費を無償化した。この財源に使われたのが「米軍再編交付金」だ。
2007年公布の「駐留軍等の再編の円滑な実施に関する特別措置法」によって設けられた米軍再編交付金は、在日米軍の再編に伴い影響を受ける市町村に対して「公共の施設の整備や住民の生活の利便性の向上及び産業の振興に寄与する事業」に充てる目的で、国から交付される。
普天間飛行場の移設先である名護市には2007年度分からこの交付金が支払われていたが、2010年に移設反対派の稲嶺進市長が誕生すると、当時の民主党政権が「今の名護市の状況では米軍再編は進まない」として交付を停止。名護市の財政は逼迫し、交付金で実施予定だった12事業のうち2事業が休止、1事業は中止に追い込まれた。
その後、自民党政権に代わっても「交付停止」は継続された。
そして2018年、現職の稲嶺市長を破って自公与党が推薦する渡具知候補が市長になると「辺野古への反対を明言していない」ことを理由に交付が再開される。以降名護市には、毎年14億9000万円の交付金が支払われるようになった。2020年度は、その交付金のおよそ半分となる約7億1000万円が「3つの無償化」事業に充てられている。
つまりこの交付金は、政府が一方的に「交付するか否か」を判断できてしまう仕組みになっているのだ。これでは、一度市民生活向上のための事業に交付金を投入してしまうと、その後「交付停止」に繋がる選択をすることが難しくなる。
1974年に制定された「電源三法」は、原発の関連施設がある自治体やその周辺自治体の住民や企業に対し「原子力発電への理解と協力を求める」ことを目的としている。これによる原発立地自治体への潤沢な交付金が、自治体の財政を歪め、地域が原発依存に陥る構図を生んだ。「金力」を背景にした「同じ構図=作戦」が沖縄の基地問題でも見られるということだ。
そのことは今回の市長選の沖縄テレビ(OTV)が報じた期日前調査(*1)からも窺える。同調査によれば「投票する際に重視した政策」は、「基地問題」が27.9%、「経済・雇用」が26.2%、「子育て・教育」が23.5%であった。候補者別に重視した政策を見ると、この傾向がより強く見られる。
渡具知候補に入れると回答した人が重視した政策は「経済・雇用」が39.2%、「子育て・教育」が33.8%であるのに対し、岸本候補に入れると回答した人が重視した政策は「基地問題」が63.2%、「子育て・教育」は9.0%、「経済・雇用」は8.0%であった。当日の出口調査の年代別投票先でも岸本候補は20代と30代の「子育て世代」でのみ、渡具知候補に負けている。
もう一つのキーワード「権力」は、改めて説明するまでもないだろう。2010年と2014年の名護市長選、2014年と2018年の沖縄県知事選、2019年の沖縄県民投票と、辺野古新基地建設反対の県民の意思が10年近くにわたって示されてきたにもかかわらず、2018年12月には当時の安倍政権が辺野古への土砂投入を開始した。
翁長雄志知事時代に沖縄県が国に対して行った移設中止をめぐる訴訟でも、国は、行政不服審査法の主旨をねじ曲げる主張を行い、法を守らせるべき司法がそれを追認した。辺野古移設をめぐる県と国の訴訟はこれまで最高裁含め計9回の判決が下されているが、いずれも県が「敗訴」または「和解」「県が訴えを取り下げ」ている。今後県側が勝訴する見込みは限りなく薄いと言わざるを得ない。
この構図は名護市長選だけに留まらない。名護市長選と同日に行われた南城市長選でも、辺野古新基地建設反対を掲げ玉城デニー知事が率いる「オール沖縄」が支援する現職の瑞慶覧長敏(ずけらん ちょうびん)候補が敗れ、自民公明が推薦する古謝景春(こざ けいしゅん)前・南城市長が返り咲きを果たした。
「オール沖縄」が弱体化した理由
県内の選挙で圧倒的な強さを誇った「オール沖縄」勢力は、ここ数年選挙で敗北することが増えている。その要因として、オール沖縄から沖縄経済界の重鎮が相次いで離脱したことが大きい。
かつて、翁長前知事を支援する枠組みとしてオール沖縄を立ち上げ、後援会長として玉城デニー知事を支えた人物がいた。この、沖縄県を代表するコングロマリット・金秀グループの呉屋守将会長が、2020年9月に後援会会長を辞任し、昨年秋の衆院選時には自民党支持を打ち出したのだ。
オール沖縄を立ち上げた中心人物が抜けざるを得なかった「構図」があるようだ。県内有数のゼネコンでもある金秀グループは、オール沖縄を立ち上げた2014年以降「防衛省関連工事の受注ができず、他省庁の国直轄工事でも大手ゼネコンとのJV(共同企業体)が組めないといった『兵糧攻め』もあった」(*2)という。
まさしく「金力」と「権力」の組み合わせ――国家による「アメ」と「ムチ」によって、沖縄は常に翻弄されてきたのだ。
「兵糧攻め」は、すぐに効果が出るわけではないが、長引けば確実に、攻める相手の体力と気力を奪っていく。
基地の賛否を「明らかにしない」市長の再選
「金力」と「権力」が組み合わさり地域社会に介入することが常態化していた名護市民にとって、市長選は分断の象徴だ。あるいは選挙の度に疲労感が呼び覚まされていたのだろう。4年前に初めて基地に関する賛否を「明らかにしない」市長が当選し、今回も再選したところに象徴的な意味があるように思えてならない。
しかし、そのことは本土に住むわれわれに厳しい問いを投げかける。なぜ、安全保障や沖縄の基地負担軽減といった全国民にとって重要な問題が、「地域が迷惑施設を受け入れるかどうか」の問題に矮小化されてしまうのか。解決の難しい問題から目を逸らし積極的に関わらないことで、自分たちは責任を負わず、直接責められることを回避できるかもしれない。が、それは結果的に低投票率や「お任せ民主主義」をもたらし、政治的な決定はすべて「金力」と「権力」の多寡によって決まるという構図を「選択」し、許してしまうことになる。
名護市長選が問うているのは、「金力」と「権力」を持つ者が我がもの顔で歩けるようになったこの日本社会でわれわれが何をすべきか、どう生きるか、である。「分断」を嘆いたり、分析するだけでは何も変わらない。「金力」と「権力」の源泉を正しく認識し、どうすればそれに蟻の一穴を穿つことができるのか具体的に考えていく必要がある。まずは「知る」こと、そしてどういう意味をもって、「なにを選択するのか」から、始まるのではないだろうか。
今回の選挙があぶり出したこの国の「構図」を注意深く見ておきたい。「沖縄の問題」とは、沖縄だけの問題ではなく「金力」と「権力」にすぐおもねってしまう「われわれ自身の問題」であり、「日本の問題」であるのだから。
(文中敬称略)
津田大介:ジャーナリスト、メディア・アクティビスト、政治情報サイト『ポリタス』編集長。オンラインメディア『ポリタスTV』(平日19:00〜)では、政治を中心に日々のニュースを「知る」「考える」ための情報を発信している
*1:2022名護市長選挙開票速報 OTV Live News イットインターネット特別番組
- 取材・文・撮影:津田大介