「さらば愛しき浦和レッズ」槙野智章×宇賀神友弥がすべてを語った | FRIDAYデジタル

「さらば愛しき浦和レッズ」槙野智章×宇賀神友弥がすべてを語った

特別対談 日本一激しいサポーターとの熱くて濃密だった10年 いまだから明かせるウラ話を大放出

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長きにわたり浦和レッズを支え続けた。クラブのすべてを知る二人は退団したいま、何を思い、語るのか

長らくレッズの顔であった二人の名手がクラブを去る。槙野智章(34)と宇賀神(うがじん)友弥(33)は、共に10年以上に渡(わた)り浦和レッズの中心選手として活躍。’17年のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝や、昨季の天皇杯優勝など数々のタイトルをもたらした。

その一方、近年はリーグ戦の優勝争いからは遠ざかるなど、埼玉・浦和の地では酸いも甘いも経験してきた。圧倒的な結束力と熱狂的な応援スタイルから、”日本一”とも称される激しいサポーターたちは、時に厳しく叱責しながらも、常に選手たちの心の拠(よ)り所であったという。「すべてが規格外」とクラブを表現する二人のレジェンドが語り尽くす。

宇賀神 プロとして12年、ユースも含めれば18年。改めてよくこれだけの長い期間、一つのクラブでプレーできたな、と思う。『FC岐阜』への移籍が決まったけど、正直まだクラブを去るということが実感できてなかったりもする。それくらい自分の人生にとって、レッズというクラブはなくてはならない存在だった。

槙野 俺の場合は『サンフレッチェ広島』からドイツを経て10年。当時はバラエティ番組などへの出演も多くて、サポーターからはけっこう懐疑的に見られていた。街で食事をしていても、「パフォーマンスしにきたわけじゃないよね」とかバンバン言われて驚いた(笑)。その反面、気合も入ったな。見る目が厳しいこういう街に加われて良かった、と。

宇賀神 当時のレッズは先輩、後輩がわりとはっきり分かれていて少し縦社会的なところがあった。そんな垣根をブッ壊してくれたのが槙野だった。チーム移動の際は、槙野が音楽をチョイスするDJになったり、とにかく明るい雰囲気で「みんな一緒にやりましょう」という。

槙野 ウガ(宇賀神)から見ればたかが10年かもしれないけど、めちゃくちゃ濃い10年で。仲も良いからすげー楽しくて、毎日が修学旅行みたいなノリ(笑)。だからこそ予想してなかった契約満了を告げられた時は応(こた)えたなー。クラブに行く時も「あと何回この道を通れるんだろう」とセンチメンタルになったり……。

宇賀神 やっぱりレッズというクラブで、あのスタジアムでプレーしないとわからないこともたくさんあって。もうね、常に勝利しか許されないという。何とか引き分けた試合でも、「何やってるんだ、早く帰れ」とお叱(しか)りを受けたり、正直ね、プレッシャーもハンパなかったから。何回も「こんな環境でサッカーしたくない」と思ったことがある。

毎年各チームの主力が大量に来て、選手の入れ替えも激しい。レギュラーを獲るのも必死で、野球でいえば『巨人』みたいな存在だと思う。ただその一方で、一番覚えているのもサポーターとのやり取りや、かけてもらった言葉だったりする。

槙野 負けたときは酷(ひど)くて、スタジアムを出る時にクラブバスがサポーターに囲まれて動けなくなったことがあった。敗戦後だから疲労感もひとしおで、ただただ黙って待ち続けるしかなかった。結局、解放されたのは2時間後。ほかにも一部のファンがバスのワイパーをブッ壊したこともあって。ビビりました。「ここは『セリエA』か(笑)」みたいな。

宇賀神 ACLで優勝した時は、街の居酒屋が朝まで開いてて、8時間以上コールが響きっぱなしで「みんな会社どうするの?」ってなった。あとサポーターから、「子供の名前を『友弥』にしました」と報告されたことが3回もあったり(笑)。

槙野 ファンに驚かされたことはほかにもあって。俺は婚姻届を送られてきたことがあった(笑)。たくさんプレゼントを貰(もら)って、今遠征の際に使っているルイ・ヴィトンのキャリーケースも頂きもの。

宇賀神 それだけ熱狂的なサポーターがいるから、選手はその応援が後押しになり、実力以上の力を出せることもある。

槙野 疑問視されることもあるけど、他のチームがやってない応援や雰囲気作りは、俺はメッチャいいと思う。もちろんルールがあるから最低限守るべきところは必要だけど、それに奮い立たされたのも事実だから。

宇賀神 選手も常に見られているという意識が強くて、普段の振る舞いや服装もかなり気を使ってたかな。

槙野 他のチームより給料も高かったりするから、若手もアンテナの張りどころが広かったりする。先輩が何の車に乗っているのか、どんなブランドを着ているのか、とか。最近だと『バレンシアガ』や『シュプリーム』が流行(はや)っていたけど、ブランド名がロゴで入っているわかりやすいものよりも、サラッとハイブランドを入れて着こなすのが浦和流(笑)。

宇賀神 さすがファッションリーダー(笑)。規格外というか、予測がつかないというのはチームの成績面もそうだった。リーグ戦でまったく結果が出ない年で天皇杯やACLで優勝したり、読めないチームだったと思う。とくにここ数年はどういうサッカーを目指すのかが定まってなくて、苦しかった面もある。ようやく昨シーズンでだいぶ方向性は示せたかな、と。

槙野 去年は(柏木)陽介(34)や(杉本)健勇(29)の規律違反騒動もあり、チームとしても難しいシーズンインになった。後輩からも戸惑いが見えたので、ウガと二人で副キャプテンとして、練習から方向性を見せていくように意識した。

宇賀神 ビッグクラブだから良くも悪くも目立つ。でもそれなら良いほうで目立とう、そのために結果を残そう、とチームを鼓舞してきた。だからこそ去年の天皇杯優勝は、いままでで一番嬉しいタイトルだったかもしれない。準決勝で俺がゴールを決めて、決勝では槙野がロスタイムに劇的なゴールを叩き込んでの優勝。もうね、チームを去る二人が主役となるという、なんかドラマのような展開だった。少しでも長くこのチームで戦いたい、と思っていたから最高の結果になった。

槙野 俺もこれまで、一番嬉しかったのは「ACL優勝」と答えていたけど、上書きされちゃった。苦しいことも多いシーズンだったけど、チームとしてアジアの舞台を目標に、とずっと言い続けてきた中で最高の置き土産ができたな、と。

宇賀神 ’14年のリーグ戦の優勝を懸けた『ガンバ大阪』戦で、自分がシュートを外してそのまま優勝を逃したり、18年間で悔しい思いをたくさんしてきた。それでも努力を続けてきた人間は、”持ってる”と最後に胸を張れた。そしたらもっと持ってた槙野がいた(笑)。レッズでの時間は本当に幸せな時間だった。正直、それ以外の表現が思いつかない。

槙野 チームにはまだまだ俺はレッズでできるという意地も見せたかったし、サポーターには「俺たち違うチームにいってもまだまだやれるよ」と伝えたかった。あの優勝、ゴールはそういったポジティブなメッセージを伝えたい、という想いが凝縮されていた。『ヴィッセル神戸』に移籍が決まり、ある程度切り替えられたと思ったけど、いろいろ思い出してきた(笑)。もうレッズの選手として埼スタであの歓声を受けられないのは、やっぱり寂しいな。

退団後も変わらないレッズ愛を胸に、新天地でも二人の挑戦は続く。

宇賀神が準決勝で先制点を、槙野が決勝戦で決勝点を決め勝ち取った昨年の天皇杯の優勝メダル。浦和での最後のタイトルとなった
槙野智章(34):サンフレッチェ広島やドイツ1部のFCケルンを経て’12年からレッズでプレー。浦和ではJリーグ通算312試合に出場。ムードメーカーとしてもチームを支えた
宇賀神友弥(33):中学年代から浦和レッズのユースに所属。流通経済大学を経て’09年シーズン途中からトップチームへ。両サイドバックをこなしJリーグ通算293試合に出場
インタビュー中は終始笑顔が絶えなかった二人。予定時間を30分オーバーしても、話が尽きることはなかった
本誌未掲載カット 槙野智章×宇賀神友弥が語り明かした「さらば、愛しき浦和レッズ」
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『FRIDAY』2022年2月11日号より

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