「メンズメイク」をテーマにした話題の漫画が伝える自由の形
著者・糸井のぞさんインタビュー&漫画『僕はメイクしてみることにした』第1話試し読みも掲載!
「『手をかけたらかけただけ自分の肌がちゃんと応えてくれるのが嬉しい』って。男性も、私と同じように感じるんだ! って鎌塚さんの体験にすごく心を動かされたし、共感しました」
こう語るのは、漫画『僕はメイクしてみることにした』を描いた糸井のぞさん。「メンズメイク」――つまり、男性のお化粧をテーマにしたこの作品を『VOCE』ウェブで連載し、2月10日に単行本を上梓した。
発売直後に、糸井さんが自身のTwitterでシェアした試し読みが、3日間で11万「いいね」を突破。Amazonランキング売れ筋総合ランキング(コミック総合)1位を獲得するなど、話題沸騰中だ。

もともとは、『VOCE』ウェブに掲載されたエッセイ『メンズメイク入門』が原案の本作。30代会社員の鎌塚亮さんが「メイクに興味を持ち」、「実践してみた」体験記で、読者の反響が大きかったという。
そこで、編集部がコミカライズを企画し、白羽の矢を立てたのが漫画家の糸井のぞさん。『真昼のポルボロン』『最果てから、徒歩5分』など、ふんわりとした繊細な絵柄と、巧みな心理描写が魅力の作家だ。
「VOCE編集部からお話があった時は嬉しさと同時に、『私は全然メイクや美容に詳しくないのに、大丈夫かな…!?』という不安もありました。
その頃ちょうど、メイクやスキンケアのモチベーションを保てなくなっていて。コロナ禍で外出もできず、人とも会わなくて、どんどんセルフケアを怠るようになっていた時期だったんです。
『これはいけない……!』とも感じていて。そんな危機感を抱いていたのもあって、漫画化のお話を受けました。生まれて初めて『メイク』に触れたことで、自分を見つめ、成長していく。そんな男性を描くことに惹かれたんです」(糸井さん)
『VOCE』という美容メディアでの連載で、テーマはメンズメイク、と聞くとなんとなく「オシャレで美意識が高い男性の物語かな?」とも思うが……主人公の前田一朗は、どこにでもいそうな38歳の独身サラリーマン。

一朗はある時、鏡に映った自分を見て「俺って、こんなだっけ?」とショックを受ける。若い頃とはかけ離れた自分の姿を知ったことで、これまで一度も興味を持ったことのなかったスキンケアやメイクに挑戦していく。その試行錯誤のなか、自分自身をいたわることを知っていくというストーリーだ。
鎌塚さんや担当編集と打ち合わせを重ねながら作品を作っていくなかで、男性である鎌塚さんの視点にハッとさせられることも多かったという。
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「鎌塚さんの体験記にある、実際に化粧品を試した使用感や、感じたことを漫画に落とし込んでいきました。印象深かったのは、主人公の一朗が、デパートのコスメコーナーに行ってみるというエピソード。
本来は連載のもっと早い段階で描こうとしていたんですが、鎌塚さんから『まだその段階の一朗だと、デパコスデビューする勇気はないかもしれません』と指摘があったんです。
中年男性の自分にとって、コスメを店頭に買いに行くのはものすごくハードルが高い。一番気軽なのがネットショップ、次がドラッグストアで、デパートは最も敷居が高いんです、という鎌塚さんのアドバイスに、私も編集さんも『なるほど』と。
『男性がコスメをお店で買う』というのは、女性が想像する以上に勇気がいるんだと、改めて気付きました。そこで、一度行ってみたけど逃げ帰り、作品のだいぶ後半で再チャレンジする、という展開に変更したんです」

また、キャラクターの一人・タマちゃんに対する鎌塚さんのリアクションにも、男女の違いを感じて驚いたという。
「タマちゃんはメイクが大好きな女の子で、一朗のメンター的存在です。そんなタマちゃんですが最初、『30代後半のおじさんに、こんなに親身になってメイク指南をしてくれる女性なんていないのでは……?』と鎌塚さんがおっしゃって。
私たち女性はお互いの使ってるコスメやメイクについて話もするし、使ってみて良かった化粧品をSNSで紹介したりするじゃないですか。『人に教える/教えてもらう』がそんなに特別なことではないというか。
でも男性は、メイクの話どころか、誰かとスキンケアについて話し合うシチュエーションだってあまり無いんです。『男性にこんなこと相談されるの、嫌じゃないですか?』と鎌塚さんに聞かれて、『えっ!? 全然そんなことないですよ!』と女性陣は皆驚いて。
もちろん聞き方や相手との関係にもよると思うんですけど、でも『メイク=女性のもの』というイメージがあまりに強くて、『踏み込んじゃいけない』と男性に思わせてしまっているからなのかも……と考えさせられました。
この漫画を描いたことで初めて、『これは男性は手を出しにくいだろうな』ってコスメのデザインをそんな視点で見るようにもなりましたね。最近はメンズメイクのブランドや、ユニセックスなものも増えてきてるけど、こういう様々なことが『男性にはハードルが高い』に繋がってるんじゃないかなって」
鎌塚さんのリアルな目線を参考にしながら創られていった本作だが、作中に登場するおすすめコスメもそのひとつ。こだわったのは「漫画を読んでメイクに興味を持った男性が、なるべく手に取りやすいものを選ぶ」ということ。そのため、作中に登場するほとんどが、インターネット通販で簡単に入手可能だ。

メンズメイク入門書としても最適な一冊になっているのに加え、未知の世界に飛び込んだ一朗の成長譚としても楽しめるのがこの作品の面白いところ。
一朗の周りのキャラクターたちも魅力的で、「メイクの師匠」的な役割を担う女性・タマちゃんや、社内で唯一メイクの話ができる真栄田(マエダ)さん。そして印象的なのが、物語に深く関わってくる友人・長谷部(ハセベ)だ。
セルフケアに気を使い始めた一朗のことを応援しているように見える長谷部だが、それはあくまで「大人の男の身だしなみ」の範疇ならOKというだけ。
物語後半、メイクにのめりこむ一朗に「目を覚ませ」と辛らつな言葉を浴びせる長谷部の姿からは、男性がメイクすることへの風当たりの強さや、偏見について考えさせられる。

「作中でも描いたように、ひとくくりに『メンズメイク』といっても、『身だしなみ』の延長でスキンケアに力を入れる方もいれば、アイシャドウや口紅などガッツリと楽しむ方もいて、人それぞれです。登場人物のひとりである東さんの場合、眉毛が薄いという悩みがあって、描くことで自分の印象を変えています。
男性は周りにメイクしている同性が少ないし、相談もしづらいので余計に『自分がどこまでやるか』の判断が難しいんじゃないかと。メンズメイクへの世間の理解もまだ深まっていないし、『男がそこまでやるのはやりすぎ』と長谷部のような悪感情を持つ人だって、悲しいけど現実にはいると思います。
連載をしていくなかで私自身は、『フルメイク=メイクと思いがちだけど、それだけがメイクじゃないな』と改めて思うようになりました。『自分はここまでやろう』というのは本人が決めていいし、『自分はやらない』という選択肢だってもちろんある。周りが強制したり定義することではないなって。
もっと美容に関して自由にやれるようになったらいいのに、と描きながら思ったし、他人にそれを押し付けず、誰かの選択を自分も受け入れられるようになれるといいなと。だから『メイクをするもしないも、その人の自由でいい』というところに辿り着く、成長していく一朗の姿を描けて良かったです」

連載中、多くの読者から「一朗にすごく共感する」「応援したくなる」という声が寄せられたという。中には「自分ももっとセルフケアに力を入れてみようかな」という反応や、「メイクなんて自分に関係ないと思ってる男性にこそ読んでほしい!」という声も。
メイクが日常の一部である女性目線で見ると、一朗が抱える悩みは身近なものだし、変わっていく自分に対する驚きや感動は、初めてメイクしてみた時のドキドキした気持ちを呼び覚ます。
「一朗たちがどうなっていくのか、というラストの展開は、打ち合わせの初期から『こんな男性たちの姿が描きたい』と考えていた場面です。この漫画がきっかけで、『自分も、まずは洗顔から試してみようかな』と思ってくれる方がいたら嬉しいです」
「このトキメキは男女関係なく、若くなくても芸能人じゃなくてもみんな絶対あるんだよ」という、印象的な作中のセリフがある。
多様性やジェンダーフリーの考え方が広まってきたとはいえ、まだまだ『男性らしさ』『女性らしさ』に囚われがちな日本社会。
メンズメイクという題材を、決して押しつけがましくなく、ある男性の等身大のストーリーとして描ききった『僕はメイクしてみることにした』は、「メイクがみんなのものである」ことを私たちに教えてくれている。

前田一朗、38歳、独身。平凡なサラリーマン。ある日、自分の疲れきった顔とたるんだ体を見てショックを受けた一朗は、一念発起、スキンケアやメイクを始めてみることに……! すべての人に贈りたい、「メンズ美容」をめぐるドキドキの冒険!
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取材・文:大門磨央