元ヘビー級名王者が観た「井上尚弥の真の実力と本当の課題」 | FRIDAYデジタル

元ヘビー級名王者が観た「井上尚弥の真の実力と本当の課題」

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名王者から見ても井上の実力は超一級

「実にいい選手だ。アグレッシブでパンチが強く、そして速い」

元世界ヘビー級チャンピオン、ティム・ウィザスプーンはそう言った。彼の視線の先では、井上尚弥vs.アラン・ディパエン戦の映像が流れている。YouTubeの普及により、名選手のファイトが世界各地で簡単に見られるようになった。

「パウンド・フォー・パウンド、ベストと言ってもいいよね」

実の息子であるティム・ウィザスプーン・ジュニア(37)も相槌を打った。

昨年12月14日のディパエン戦、同6月のマイケル・ダスマリナス戦と、井上尚弥の直近2試合をスマートフォンで目にする父に向って、ジュニアは「僕の家で寛ぎながら、ゆっくり見よう」と促した。

1984年にWBC、1986年にWBAの最重量級王座に就いたティム・ウィザスプーンは、現在64歳。11歳の五女と2人でペンシルバニア州ベンサレムで暮らしている。彼の故郷、フィラデルフィアから北東に32キロメートルの地だ。ジュニアと4人の娘はそれぞれ成人し、14人の孫に囲まれる身でもある。孫よりも末娘の方が年下という家族構成は日本人にピンと来ないが、愛すべきパパとして五女を養っていた。

五女とともに暮らしているティム

元世界ヘビー級王者は、息子の経営するボクシング&フィットネスジムを毎日のように訪れ、末娘と共に軽く汗を流している。今回私は、1年ぶりに元世界ヘビー級チャンプを訪ねた。

ジムから車で10分ほど西に走り、ジュニアのアパートに入る。50インチの壁掛けTVのスイッチを入れると、ウィザスプーンは、2020年10月31日の井上尚弥vs. ジェイソン・モロニー戦、2019年11月7日に催されたノニト・ドネア戦も目にした。1年前にもウィザスプーン親子に、日本で最も期待されるチャンピオンの戦いぶりを論じていただいたが、今回はよりじっくりと観察してもらった。

興奮気味に井上の強さについて語るティム

スターになるための必要条件

一通り見終わった後、元世界ヘビー級王者は語った。

「攻撃に関しては申し分ない。ジャブも右ストレートも鋭いし、左フックのカウンターも巧い。コンビネーションにもバリエーションがある。何より、イノウエは良く練習していて、毎試合、ベストコンディションでリングに上がっている点が素晴らしい」

何度か頷くと、ウィザスプーンは続けた。

「ただ、バンタム級という軽いクラスのチャンピオンが、アメリカ合衆国でスーパースターになるのは難しいな。ジェフ・チャンドラーを覚えているか? 彼もフィラデルフィア出身だ。俺より一つ年上で、実家も近い。車で10分くらいの距離だよ。

ジェフはWBAバンタム級タイトルを9度も防衛したけれど、超有名選手って訳じゃなかった。ボクシング界の人間なら誰もが彼を知っていたし、評価していたけれど、アメリカ社会から認知されていたかっていえば、残念ながらそうでもない。日本人挑戦者と何度も戦ったのは、稼げたからさ」

チャンドラーは、第一戦でドロー防衛した相手、村田英次郎と3度拳を合わせた。

「ジェフはキャリアの最後の方で、1階級上げようとしたんだ。バンタムじゃあまりにも注目度が低かったからな。でも、スーパーバンタム級でのノンタイトル戦で負けて慎重になった。WBAタイトルを懸けたバンタム級での再戦では、同じ相手にKO勝ちしたけれどね。

スーパーバンタム級でアメリカデビューしたマニー・パッキャオが伝説の王者になったのは、増量しながらビッグネームに勝ち続けたからさ。メキシコの国民的英雄であるチャンピオンたち3名を、ことごとく踏み台にしただろう。そればかりか、オスカー・デラホーヤまで引退に追い込んだ。常に話題となる厳しい戦いをこなし、勝者としてリングを降りたんだ。イノウエがライト級やウエルター級まで上げるのは現実的じゃない。でも、ビッグネームとの対戦は絶対に必要だ」

もしも課題があるとすれば…

今の井上にとって、最大のライバルはノニト・ドネアになるだろうか。

「そうだな。ドネア戦のイノウエが一番印象的だし、非常に見応えのあるファイトをした。でも、この試合では、イノウエがパンチを喰うシーンも見られたね。ちょっとガードが下がるところがあるので、ディフェンス面は改良すべきだ。もはや、バンタムにイノウエの敵はいないだろう。将来はより重いクラスにいくだろうから、インサイドで戦う時の防御が課題だと俺は感じる。

打ち終わりの際のガードを意識し、ヘッドスリップを多用すべきだ。また、相手の右ストレートを右のグローブで受ける技術を覚えるといい。すると戦いが楽になる。俺はこれが得意だったよ。フロイド・メイウェザー・ジュニアは、右ストレートを肩で受けるけれど、右でキャッチすると次のパンチを出しやすい。まぁ人それぞれ、得意な動きは違うけどね。

加えて、自分より体の大きな選手と対戦する折には、前腕でブロックする機会が増えると思うのでハンマーでデカいタイヤを打つトレーニングをやるといい。

トレーニングを実践するティム

ジョージ・フォアマンは斧で薪を割っていたけれど、モハメド・アリ、ジョー・フレージャー、そして俺は5キロくらいのハンマーを用いた。アリが5分3セットやっていたので、俺もメニューに取り入れたんだ。物凄く効果的だぜ。前腕や肘で相手のパンチを受けてもへっちゃらになるし、スタミナだって強化できる」

ウィザスプーンは今後の井上のターゲットになり得る男として、フィラデルフィア在住の現WBC/WBOスーパーバンタム級王者、ステファン・フルトンの名を挙げた。

「フルトンは真面目で穏やかな男だよ。2冠チャンプだけど、まだ知名度はほとんど無い。知る人ぞ知るってところだろう。WBO王者として迎えた昨年末の統一戦で判定勝ちしてWBCのベルトも手に入れたけれど、圧勝じゃなかった。あの試合のフルトンなら、イノウエの方が上だな。

とは言え、もしイノウエ戦が決まれば、フルトンはかつてない集中力で完璧な準備をするに違いない。今までにない自分を作り上げるんじゃないか。だから、どちらが有利だとか、不利だとか、迂闊には言えない。

フルトンには、イノウエ以上に難があるよ。今の現役選手は、ディフェンスに問題がある選手が多い。ヘビー級のディオンティ・ワイルダー、タイソン・フューリー、アンソニー・ジョシュアもそうだが、不用意にパンチをもらい過ぎる。ディフェンスをしっかり教えられるトレーナーが、ほとんどいないんだ。深刻な問題だ」

ティム・ウィザスプーンは、“男手一つ”で子供たちを育てるために、45歳まで現役を続けた。晩年は家事と育児に追われ、ほとんど練習の出来ない状況ながらも、世界9位にランクされていた。現在もダメージを感じさせないのは、<打たせないボクシング>を身に付けていたからだ。

ティムの生涯については拙著『マイノリティーの拳』をお読みいただきたい

「哀しいけれど、パンチドランクに苦しむ仲間が大勢いる。ジェフ・チャンドラーもその一人だ。彼は今、歩けるし、自分で食事を摂ることも出来る。が、他人とコミュニケーションが取れる状態にない。会話がまったく成立しないんだ。それはやっぱり現役時代に受けたパンチの影響だよ……。

1980年にアリがカムバックしてラリー・ホームズと戦った折、俺はスパーリングパートナーに任命された。あの時、絶対に顔面は打つまいって決めていた。アリの動きはスローだったし、喋り方もおかしかったからね。自分のパンチで、アリが脳にダメージを負ってしまったら…って怖くなったよ。ボクサーは極力パンチを喰ってはいけない。オフェンス以上にディフェンスを磨くべきなんだ。イノウエもそうだ」

ウィザスプーンは、画面の中で井上の傍らに佇む真吾トレーナーを指差し、「彼がイノウエのコーチか?」と訊ねてきた。

実父であり、幼稚園児だった井上がボクシングに興味を持ったのは、真吾氏の練習風景を見たことがきっかけだ、と応じると、ウィザスプーンの目が輝いた。

「美しい話だな」

かつて私が井上をインタビューした時の内容を、ウィザスプーンに告げた。井上がWBAバンタム級タイトルを獲得し、初防衛戦が決まったばかりの2018年7月の言葉である。井上は、最も影響を受けたボクサーは父だと話した。

<父の背から学んだことを言葉にするのは難しいですが、『自分に嘘をつかない』『やると決めたらやる』ということを見てきました。最初は、教えてもらうというよりも、一緒に練習をしていたという感じです。父は日々の練習に絶対に嘘をつかずに、必死でやっていました。やるなら、このくらい本気でやらねば、と感じましたね。

父の教えで、胸に刻まれているのは『練習は仕事と思ってやれ』という一言です。小学校の高学年の頃から、常にそう言われて来ました。当時はまったく理解できませんでしたが、中、高と年齢を重ねるに連れ、父の言葉の意味を理解するようになりました。今は、そういう日々の姿勢がどれだけ大切なのかを噛み締めています。>

元世界ヘビー級チャンピオンは、何度か映像を停止し、真吾氏とWBA/IBFバンタム級王座の姿を凝視しながら言った。

「親子関係が良好ってことは、育て方が良かったんだろうな。イノウエは父が苦労している姿や、自分への愛情をずっと感じながら生きて来たんだろう」

当時のインタビューで、井上はこう結んでいた。

<父の指導は大きいです。今は特に会話は無いのですが、普段の練習から気が抜けません。指導者が他人だった場合、世界チャンピオンを指導するトレーナーはあまりキツイことを言えなくなる部分があると思います。でも、自分らは親子ですし常に一緒にいますから、まったく気が抜けないんですよ。自分自身、まだまだという気持ちですし…。

最も尊敬する人間は父ですし、父がいてくれたからこそ、ここまで来られたと思っています。僕にも息子がいますが、父ほどに真っ直ぐに自分の子供に何かを伝えられるかなという思いがありますよ。やっぱり難しいでしょうね。息子が自分の道を決めた時に、父のように真っ直ぐに生きてほしいと願っています。>

ウィザスプーンは井上の発した言葉を、目を閉じて聞いていた。そして、徐に言った。

父の気持ちも理解できる

「その一言だけで、父親の人生は勝ちだな。イノウエの強さが分かった気がする。もっともっと大きく羽ばたいてほしい」

元世界ヘビー級チャンピオンの表情にも、親として乗り越えてきた苦しみの欠片のようなものが見えた。彼も、井上親子の戦いもまだまだ続く。WBA/IBFバンタム級王者は、次のリングで何を見せるか。

《ティム・ウィザスプーンの壮絶な人生については拙著『マイノリティーの拳』をご覧下さい》

  • 取材・文林壮一写真林壮一

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