室井佑月 膵臓腫瘍と乳がんを乗り越えて得た「気づき」 | FRIDAYデジタル

室井佑月 膵臓腫瘍と乳がんを乗り越えて得た「気づき」

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米山氏(右)と結婚。政治家の妻に

衆議院議員の米山隆一氏(54)と2020年に結婚。政治家の妻という仕事も加わり、多忙な日々を送る作家の室井佑月氏(51)。現在の拠点は、夫の地元・新潟県長岡市だ。

「長岡の家は夫の支援者さんが探してくれたのですが、『幽霊が出るらしいですけど、どうします?』って言われて、逆に私は興味深々で『今まで幽霊見たことないから、幽霊見てみたい!』と思って住み始めました。けど、全然見ない!」

「霊感がないみたい」と笑う室井氏だが、これまで2度の大病を乗り越えた経験を振り返る際はスピリチュアルな気持ちになるという。

「35歳で膵臓の腫瘍がわかったときも、3年前に乳がんがわかったときも、『私って何かに守られてる』という気持ちになったんですよ

室井氏がシングルマザーとして一人息子を育てきたことは多くの人が知るところだが、いまや「息子というよりも人生の同志」のようだという。

「私は、子供のころから健康そのもので、病気をしたこともありませんでした。ただ、骨盤が小さいこともあって、息子の出産に36時間もかかり、超難産で本当に大変でした。そして息子が1歳になる前に離婚しました。一人で息子を育てるためにメチャメチャ仕事を入れて、月の締め切りが60本もありました。そんなある日、みぞおちのあたりを誰かに掴まれているような感覚があって、キリキリと痛むようになりました。仕事が忙し過ぎたせいだな、と思って病院へ行ったのが2005年です」

はやく胃を治して仕事に戻らねば――と受診した病院で、室井氏は思いもよらぬ診断を受けた。

「膵臓に腫瘍があるって言われて『え?』ってなりました。膵臓の腫瘍は悪性ならすぐに状態が悪化する可能性があること、体の奥にある臓器だからすぐ腫瘍を摘出して検査をした方がいいということを説明されました。そのとき、息子は5歳。『息子のために生きていかなくては!』と思ったし、当時、母親へ仕送りもしてたので『絶対、死ぬわけにはいかない!』という思いですぐに手術を受けました。迷うヒマはありませんでしたね」

「生きたい」という一念で受けた手術で膵臓の3分の2と 脾臓を取り出した。8時間ににも及ぶ手術の後、室井氏のとった行動は周囲を驚かせた。

「どうしてもタバコが吸いたくて、点滴の台をガラガラ押しながら喫煙所まで歩いて通い、毎日吸ってました。その姿を見た先生は『すごい。根性あるね』って褒めていただいて」

病気を克服。いまは笑顔を絶やさずに

コロコロと笑う室井氏。だが、周りを驚かせたのはそれだけではない。

「術後、血などを排出するためのカテーテルの管が身体のあちこちについていたんですが、私はその状態で病院からTV局へ通い、番組に出演していたんです。原稿も1本も落とさず書くことができました。心配されましたが、そうやって身体を動かしていたから、回復が早かったのだと思います

幸いにも腫瘍は良性であり、早期の仕事復帰は執刀医が室井氏の意思を尊重したからこそ実現した。だが、医師はこうも言った。膵臓を切除したことで「将来、糖尿病を発症する可能性がある」と。事実、室井氏は糖尿病を発症し、現在も治療を続けている。

「朝起きて血糖値を測ることと、毎日の服薬は習慣になっています。いまでは感覚で血糖の状態がわかるようになりました。『いま、糖分をとっておかないと低血糖がくるかもしれないな』とか。過去に、低血糖になって暗幕がかかったように目の前が真っ黒になってしまった経験があるので、自分で『(問いかけに対して)返事が的確にできていないな』とか低血糖の前兆に気づいたら、ジュースを一本飲んだりして血糖をコントロールしています」

病気と長く付き合う上で室井氏が心がけていることがある。

「医療に関してはド素人なのでプロに任せること。だからこそ医師を選ぶ目が大事。以前、糖尿病学会の講演に呼ばれたときに最先端の治療をしている病院を紹介していただいて、そちらに通っているのですが、診察がとても丁寧で毎回、血糖値や検査値をみながら薬を細かく調整してくれます。美容室だって自分に合うところを探しますよね。病院だってそうすべきだと思っています。医師とも人間的に合う合わないがある。勉強している医者のほうがいいのは間違いないし、患者は医者を替えていいと思います」

2019年、室井氏は乳がんを公表。早期で、術後の経過は順調だ。

「乳がんを発見できたのは、漫画家の友人と食事に行ったのがキッカケでした。友人のアシスタントが乳がんで亡くなったと聞いてとてもショックで、食事を終えて帰宅した後、入浴するときにも乳がんのことを考えていました。その日、お風呂の栓の調子が悪くて、お湯が抜けてしまっていました。仕方ないから、お湯を張り直している間、自分の胸を触ってみたんです。すると小さなシコリが指に触れました。慌てて友人に電話をしました」

いつもは穏やかな友人が、そのときは強い口調で病院へ行くよう指示した。

「『明日、病院へ行かないと絶交する』って。すぐに診てもらえるかどうか不安でしたが、とりあえず、翌朝1番で電話することにしました。起床すると大雨。予約でいっぱいだろうなと危惧していたのですが、大雨でキャンセルが出て、すぐ診てもらえることになりました。乳がんの権威といわれる先生の診察を受けることができた。先生は触診をした瞬間、『がんで間違いない』と断言しました。検査の結果は乳がんのステージ1。小さながんでした。早期だったため転移もなく、手術と放射線治療を受けるこになりました」

普段なら手術の予約にも一苦労するところだが、ちょうどお盆の時期だったため、ベットが空いていた。主治医がお盆休みをズラしていたのも幸運だった。

「乳がんの発見から治療まで、まるで用意されていたかのようとんとん拍子で進んだ。何かに守られている気がしました。私は若いときに食塩水の入ったパックを胸に入れる豊胸手術をしています。乳がんの手術の際に、そのパックを取り出してもらいました。すると長年の悩みだった肩こりも治って、豊胸手術が身体に負担をかけていたと気づきました」

美容整形はファッションのようになりつつあり、一般人でもSNS等で整形を進んで公表するなど、そのハードルは下がっている。しかし、豊胸手術をすると、乳がんのマンモグラフィー検査受けることができないといった弊害もある。

「政治家にはなりません! モテなくなるから(笑)」

「放射線治療の影響もあって胸はかなり小さくなってしまいました。最初は気になって、形成外科にいってヒアルロン酸で形を整えたりしましたけど、やっぱり崩れてきちゃって……がん治療という観点では『胸の形が崩れるのがイヤだ』といっても理解してもらえない。でも女性にとって、がんを取ることも大事だし、胸を保ちたいという気持ちも大事なんです。ただ、胸のことはもう気にしないことにしました。いまは乳がん検診と糖尿病の治療で定期的に病院へ通っているおかげで、ちょっとした身体の変化に気づくことができるようになりました。病気をする前より健康な気がしています」

一人息子は大学生となり、室井氏の手を離れた。

「寂しくなるなぁと思っていたところに夫が現れました。友人の紹介だったんですけど、2回目のデートで『結婚を前提として付き合ってください』と言われました。私はいつまでも『モテたいん』です。政治家になったらモテなそうだらか、政治家にはなりません! それに物書きって最強なんです。罪を犯して牢屋に入ってもできる仕事ですから! もちろん冗談ですけどね(笑)」

  • 取材・文吉澤恵理

    医療ジャーナリスト/薬剤師

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