インスタから拡散「70年前の青森の写真」が世界で反響の理由 | FRIDAYデジタル

インスタから拡散「70年前の青森の写真」が世界で反響の理由

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昭和中期の日本には、こんな日常があった

写真集『青森』には、豊かで自由な「生」がほとばしっている 写真:工藤正市(all photos ©shoichi_kudo_aomori)

「父の撮った、たくさんの古い写真。捨てようかと思ったけれど、捨てなくてよかったです。こんなに多くの世界中の人に見てもらえるとは」

70年前に青森の人々を撮影した写真が話題を呼んでいる。撮影したのは工藤正市さん。青森『東奥日報』のカメラマンだった人だ。工藤さんが撮影した「昭和中期の青森」の写真が、娘・加奈子さんによってインスタグラムで発表され、国内外から大きな反響を呼んでいる。

1929年に青森県で生まれた正市さんは2014年に他界。遺品を整理していたら、正市さんの撮った大量の写真が出てきた。写っていたのは、70年前の青森の人々。

「プリントしてあった大量の写真は、当時の貴重な生活資料として青森県立郷土館に保管してもらうことになりました。一方、プリントされていないネガフィルムは、そのまま押入れに入れっぱなしに」(工藤加奈子さん)

昭和中期の日本の「確かな生」を記録した photo ©shoichi_kudo_aomori

けれど、正市さんが残した写真はそれだけではなかった。2018年、お母様が施設に入ることになり、荷物を整理していたら、タンスの引き出しや押入れの天袋から大小の段ボールに入ったむき出しのネガフィルムがたくさん出てきたのだという。

「最初は呆然としました。父は趣味に熱中するタイプで、植物を育てることや、釣りも好きでした。これまでにも釣り竿が何百本も出てきたり、鉢が何百個も残されていたり。知り合いの方に差し上げたり、処分したり、たいへんだったんです。だから、ネガフィルムが見つかったときも、『フィルムだけあっても困っちゃうよね。どうする? 捨てる?』みたいな感じでした。家族写真か、青森の風景写真じゃないかと思っていて、だったら、いらないかな、と」

それを救ったのは、テレビのカメラマンをしている加奈子さんの夫。

「最近はフィルムからデジタルデータ化して見られる機械があるから、まずそれで何が写っているか見てみようと言ってくれたんです」

父の趣味に対してクールだった娘。しかし、夫は驚いた。

「『これはすごい写真だよ』と言い始めて、みんなが見られるようにスキャンしてくれたんです」

そうやって、父が残した写真を見て、加奈子さんも驚いた。映っていたのは、青森の人々の声が聞こえてきそうな、パワフルでリアルな「生」を写した写真の数々。

「父は生前『人に見せられるような写真は残っていない』と話していたので、こんな素晴らしい写真を撮っていたことに、とても驚きました」

「働く女性」を応援する写真にハッとした

インスタに発表した作品が反響を呼び、2021年秋、写真集『青森 1950-1962 工藤正市写真集』が刊行された。収録されているのは、1950年から1962年までの366点の写真。正市さんが仕事のかたわら撮影し、カメラ雑誌に精力的に投稿していた時期だ。入選したことは何度もあるし、年間1位を獲得したこともある。

「そのころの話は、ときどき出ていましたけど、自慢することもなかったし、こちらから聞くこともなかったし……。でも、改めて父の写真を見ると、本当に、みんなが楽しそうに、生き生き映っていて、写真として完成されているなと思いました。何時間でも見ていられる。

今、青森の町は閑散としていて、人もあまり歩いていない。でも、写真を見ると、駅前の目抜き通りにものすごく人がいたり、街のエネルギーを感じます。おじいちゃんが子どもを背負っていたり、腰の曲がったおばあちゃんがリヤカーを引いていたり、小さい子が赤ちゃんをおぶって遊んでいたり、大人も子どもも年寄りも働くのが当たり前だったんですね。本当にエネルギーにあふれていて、毎日頑張って暮らしているのを感じます」

敗戦から5年後の1950年から、東京五輪直前の1962年。高度成長期の日本の地方都市で、人々がどんな表情で生きていたのか。この写真集を見ると、その勢いのある「生」が迫ってくる。

子どもたちがカメラを見つめている。笑顔で外遊びをしている。女たちが、道端で話している。仕事をしながら談笑している。その1カット1カットから「生」がほとばしる。

子育てしながら働いている母親、肉体労働をしている女性……正市さんの写真には働く女性も多く登場する。

「父が、働く女性を応援するような目線をもっているのに初めて気がつきました」

photo ©shoichi_kudo_aomori

みんな元気だし、笑顔が素晴らしい。今自分にカメラを向けられたら、こんなふうに笑えるだろうか。

「そうですよね。当時は、カメラもフィルムも貴重品で、写真を撮るなんて滅多にないこと。知らない人に撮影させてほしいと言われても警戒すると思います。それが、こんなに笑顔の写真が多いのは、きっと父が笑顔だったからではないでしょうか」

笑顔のお父さん。それは加奈子さんの記憶にも?

「それが、そういう父をあまり知らないんです。私が知っている父は、口数が少なく、家族でおしゃべりするような人ではありませんでしたから」

写真を通して、知らなかった父に出会えたようだ。

 

「うちの村のよう」「かっこいい!」海外から反響続々

そして70年後の今、正市さんの写真に多くの人が心を動かされている。インスタグラムに写真をアップして以来、海外からもさまざまな感想が寄せられているという。

「チリの方からは『今のうちの村の光景そのまま』と言われ、胸が熱くなりました。ほかにもフランスやスペインの方からご連絡をいただきますが、彼らは『懐かしい』というノスタルジックな気持ちより、『この女の子の表情がいい』『漁師さんがかっこいい』などと言ってくださる。写真を認めてくださったようで、ありがたいと思います」

加奈子さんは、テレビ『世界ふしぎ発見!』のディレクターをしている。生前、正市さんは加奈子さんが担当した番組を見てこんなふうに語っていたという。

「父は辛口で、たいていは『面白くない』と言われてしまうんですけど、庶民の暮らしが出ていたり、人間が描かれているときは、すごく褒めてくれました。私も、珍しいものを紹介するだけでなく、各国それぞれの暮らしや、小さな幸せを紹介するほうが面白いのかなと思ったりします。父からとくに仕事のことで教わったわけではないのですが、知らず知らずのうちに身についたのかなと思います」

正市さんの写真には、「明日はきっと、今日よりよくなる」と信じていた昭和中期の日本人の姿が映し出されている。未来を信じられることの強さ、自由さがまぶしい。胸が詰まるような思いすら呼び起こす『青森』の写真。そこには「奇跡の瞬間」がたしかに刻まれている。

「青森・露天市場の女」photo ©shoichi_kudo_aomori
photo ©shoichi_kudo_aomori
「青森・跨線橋界隈」photo ©shoichi_kudo_aomori
「青森・新町通り富士屋デパート前」photo ©shoichi_kudo_aomori
「青森・1956年頃 跨線橋」photo ©shoichi_kudo_aomori
photo ©shoichi_kudo_aomori
女性がふたり、食い入るように新聞を読んでいる。その後ろ姿に胸が熱くなった photo ©shoichi_kudo_aomori

all photos ©shoichi_kudo_aomori(『青森 1950-1962 工藤正市写真集』みすず書房。残された紙焼きとフィルムから366点を収録。青森市街の撮影ポイントを示す地図も掲載され、現在の町の様子と比べることもできる)

  • 取材・文中川いづみ写真工藤正市(写真集『青森 1950-1962 工藤正市写真集』より)

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