急増中の「模倣犯罪の連鎖」を断ち切るためのひとつの方法
最初の分かれ道…
「犯罪は模倣される。犯罪学では当たり前のことです」
小田急線や京王線で起こった放火&死傷事件後、「これらの事件の真似をした」という事件が起こっている。やはりインパクトのある事件だったからか? そんな疑問に立正大学犯罪学教授の小宮信夫氏は、あっさりとこう言った。
「100年以上前、犯罪は遺伝的なものという考え方が一般的でしたが、1890年にガブリエル・タルドが『模倣の法則―社会学研究』を発表し、それ以来犯罪は模倣によって行われるという考え方が、犯罪学では一般的になっています」(小宮信夫氏 以下同)
けれど、同じ事件を見ても、真似する人と真似しない人がいる。
「人間の行動は、周囲にどのような人がいるか、どのような情報を得るかで決まってきます。
たとえば、リストラされても、『たいへんだね』『一生懸命やってるのにね』などと同調してくれる人がいれば、フラストレーションは解消されて凶行に及ばなくてすむわけです。ところが、だれも聞いてくれる人がいない、言っても『自分のせいなんだよ』と言われたら、だれにも相談しなくなる。
だれもわかってくれない、自分はもっと評価されてしかるべきなのにと、いったんスイッチが入ってしまうと、そこから先は犯罪の学習になる。最終的に社会に対して反撃してから終わりたいと思ってしまう。
反撃は大きければ大きいほど価値がある。最後の打ち上げ花火のスケールが大きいほど周りの人に認められると思うから、情報を検索しながら、どれがいちばん大きな花火になるか考えるわけです」
悩みを聞いてくれる人がいるか、いないか。愚痴をこぼしあえるような仲間がいるか、いないか。これが最初の分かれ道だと言う。
いつもなら、仕事帰りにお酒でも飲みながら愚痴をこぼせたかもしれないが、コロナ禍で飲む機会がすっかり失われた。それも引き金の一つになったのではないかと言う。
ネット社会の弊害。偏った情報が犯罪を生む
情報の取り入れ方にも問題があるとか。
「犯罪を抑止するには、想像力も大切です。いろいろなことを学習すれば想像力も膨らむ。
たとえば火をつけたらどうなるか、その被害の大きさや、傷つく人のことを想像したら、ふつうはできない。多角的な情報を取り入れれば入れるほど、想像力は膨らんでいく。
けれど、自分好みの情報しか入れていないと、火をつけたらどうなるか想像することができなくなってくるんです」
今はネットを使えば、さまざまな情報を手に入れることができる。反面、自分が興味のあることしか検索しない傾向も……。
「それがネットの最大の問題です。だから、分断は進むし、犯罪も増えると思います」
ええ! どうすればいいのだろう。
「ITの教育をしっかりやることです。今はテクニカルなことばかり教えているけれど、リテラシーが大事。
単に読み書きできるだけでなく、物事を自分の頭で理解・解釈し、それらを活用すること。さらに情報源の信頼度をどう評価するか。そのようなことを教え、学んでいく必要があります」
リアリティーを感じられる情報を提供することも大切だと言う。
「日本人には見たくないものは見ないでおこうという気持ちがあるのか、リアリティーに蓋をする傾向があります。
たとえば、東日本大震災でも、美談はたくさん語られるのに、どれだけ悲惨だったかはあまり公開されない。それでは、真実や本質を追求する姿勢は育まれないし、想像力を養うこともできません」
欧米は徹底的にリアリティーを追及する。
クリント・イーストウッドが監督して制作した映画『15時17分、パリ行き』は、2015年8月21日にヨーロッパの高速鉄道「タリス」で起こった無差別テロ「タリス銃乱射事件」をモチーフにしているが、主役を演じたのは、そのとき現場に居合わせて、犯人を取り押さえた3人の若者。リアリティーが出るように、プロの俳優ではなく、本人たちを起用したのだ。
映画『羊たちの沈黙』では、FBIが全面協力し、語られる手口はすべて本当にあった話。主役を演じたジョディ・フォスターは、実際にFBIで研修を受けた。
「アイスランドでは交通事故でめちゃくちゃになった事故車が、道路わきに展示されているのを見ました。そうやって事故の悲惨さを見せ、事故を防止しているんです。その結果、アイスランドは、交通事故死者数の人口比が世界最小です」
“犯罪者自身”より“周囲の人間”を変える
「犯罪に限らず、人は模倣します。犯罪者を生まないためには何を模倣させるかを考えなくてはいけません」
虐待されて育った子は、自分の子どもも虐待してしまう傾向があるというのはよく知られているが、欧米では“親業”訓練が盛んに行われているとか。
「子どもを虐待している親は、子どもから引き離し、親業訓練のクラスに出るよう、裁判所から命令が下される。そこを修了したら、子どもを返す。
それと同じように、今海外では、犯罪者に対しても、“犯罪者自身”を変えようとするのではなくて、“犯罪者の周りの人間”を変えることに重点が置かれています。
刑務所から出所したら、一緒に暮らす家族、友人、職場の人たちにどうやって受け入れるか指導する。一度罪を犯したけれど、立ち直っている人間にメンター(あこがれの先輩)になってもらったり。全部が全部成功しているわけではありませんが、そのような方向で更生させるようになっています。『心を治す』ということよりもむしろ、『心が治る』ことを念頭に置いていると言えるかもしれません」
小宮信夫 立正大学教授(犯罪学)。社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。
代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。テレビへの出演、新聞の取材、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。
- 取材・文:中川いづみ
ライター
東京都生まれ。フリーライターとして講談社、小学館、PHP研究所などの雑誌や書籍を手がける。携わった書籍は『近藤典子の片づく』寸法図鑑』(講談社)、『片付けが生んだ奇跡』(小学館)、『車いすのダンサー』(PHP研究所)など。