普通の看護師が「麻薬の密輸容疑で死刑判決」驚愕の背景 | FRIDAYデジタル

普通の看護師が「麻薬の密輸容疑で死刑判決」驚愕の背景

ノンフィクション作家・石井光太が日本社会の深層に迫る!

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M子に死刑判決を下したマレーシアの裁判所

近年、海外で違法薬物の密輸にかかわったとして死刑判決を受ける日本人が出てきている。ここ15年ほどの間で、中国では7人の日本人が毒薬をつかった死刑を執行されている。

彼らは全員男性だが、日本女性でも死刑判決を受けた者がいる。マレーシアの空港で覚醒剤の密輸で逮捕された、元看護師のM子だ。

マレーシアの連邦裁判所が、M子の覚醒剤の密輸を理由に、一審、二審の判決を受けて死刑判決を確定させてから、今年で7年が経つ。処刑は未だ執行されておらず、彼女はマレーシアで収監されたままだ。

M子は青森県出身で、逮捕時は37歳。独身で病院に勤務していた。これだけ聞けば、どこにでもいる普通の女性だろう。それがなぜ、マレーシアの空港で覚醒剤の密輸にかかわり、死刑判決を受けることになったのか。

そこには底知れない闇の世界が広がっていた――。

M子が逮捕されたのは、0910月のことだった。

東南アジアに位置するマレーシアは、イスラム教徒のマレー系の民族をはじめ、中国系、インド系、それにアラブ系の人たちが多く暮らす国際都市だ。

その日、M子が現れたのは、マレーシアのクアラルンプール国際空港だった。東南アジアのハブともいえる大きな空港である。中東のドバイからエミレーツ航空の便で到着後、彼女は機内に預けていた複数のスーツケースを回収した。

この空港の税関では、日本人の多くがほとんどチェックされずに通ることができる。だが、この日はたまたま税関の取り調べ強化期間の真っ最中だった。そうしたこともあり、税関の職員は、中東から複数のスーツケースを手にしてやってきたM子を怪しいと思って呼び止め、荷物の中身をチェックすることにした。すると、加工されたスーツケースの底から、約3.5キロの覚醒剤が発見されたのである。

2億円以上の覚醒剤

マレーシアの法律では、50グラム以上の覚醒剤所持で死刑判決を受ける可能性がある。実際に、東南アジアの人間や中東の人間、それにアフリカ系の人間が数多く拘束され、死刑判決を受けている。

M子が所持していた3.5キロの覚醒剤は、日本の末端価格で2億円以上に当たる膨大な量だ。その場にいた誰もが、個人の使用が目的でなく、組織が関与した大掛かりな密輸であると考えた。

逮捕直後、M子はこう言った。

「この荷物は、私のものじゃありません。ドバイの空港で外国人から預かったんです」

税関職員は、一体誰から荷物を預かったのかと尋ねた。だが、M子は答えることができなかった。

「わかりません。名前を知らないのです」

荷物を預けた人物がおらず、M子が所持している荷物から覚醒剤が出てきた以上、税関としては彼女を逮捕しなければならない。彼女は身柄を拘束され、取り調べを受けることになった。

逮捕後の取り調べの中で、M子は一貫して同じことを主張した。スーツケースはドバイで預かったものであり、その人物の名前や連絡先については知らない、ということだ。つまり、覚醒剤は自分のものではないと言い張ったのである。

11年、マレーシア国内で開かれた一審でも、M子の主張は変わらなかった。だが、裁判官が下した判決は次の通りだった。

――死刑

裁判官は荷物を渡したとする人物が特定できないことに加え、彼女が3.5キロもの覚醒剤を持ち込んだという事実を深刻に捉え、同国の法律に照らし合わせて死刑が妥当としたのである。

この事件を取材した私は、刑務所でいく度となくM子との面会を行った。最初の面会は、一審の判決が出て間もなくだった。刑務所の面会室に現れた彼女は、死刑判決を受けた人間だけが身に着ける赤と白の囚人服で現れた。そしてアクリル板越しにこれまで通りの主張をくり返した。

「私は何も知りません。ドバイの空港で見ず知らずの外国人に荷物を運んでくれと言われただけなんです。それでスーツケースを受け取って、クアラルンプール国際空港の税関を抜けようとしたら、いきなり逮捕されました。荷物の中に覚醒剤が入っていたなんて、まったく知りませんでした」

M子が捕まったマレーシアのクアラルンプール国際空港

面会の中で、彼女はくり返し、嘘はついていない、自分はだまされたのだ、それなのに、誰一人として助けてくれないと言いつづけた。

私はアクリル板越しに、彼女の真剣な眼差しを見ているうちに、もし本当なら死刑という罪はあまりに重いのではないか、と思った。

実際に海外の空港で、私も怪しげな外国人に声をかけられ、「私の荷物を君の荷物として運んでくれないか」と頼まれたことがあった。それも1度や2度ではなく、アジア、中東、アフリカで合計5回以上あった。

なぜ、そんなことを頼むのか。飛行機の機内に預けられる荷物の重さは一人当たり何キロと決まっており、超過した場合は超過料金を取られる。彼らはそれを理由に、自分の荷物の超過した分を、同じ便に乗る別の乗客の名前で機内に預けてほしいと頼むのだ。

「無実を晴らしたい」

空港には各国の言葉で申告すべき物と金額が表示されていた

だが、こうした話のほとんどは犯罪がらみだ。荷物とは名ばかりで、本人には内緒で違法薬物を忍び込ませるのは、密輸組織の常とう手段なのだ。彼らはそのようにしてスーツケースを異国へ運ばせ、成功すれば空港を出たところでそれを受け取り、失敗すればトカゲの尻尾切りのように逃げ去る。

私はこのことを知っていたので、海外でそうした話を持ちかけられると、犯罪を疑って拒否した。相手が子連れだろうと老人だろうと、自分の身は自分で守るしかない。

だが、もしM子がそのことを知らなかったとすれば、相手を疑わずに善意でドバイで荷物を預かってしまったことになる。それで死刑判決を受けたのだとしたら、自己責任とはいえ、不憫な話にはちがいない。

刑務所での面会で、彼女はこうも話した。

「実はこれから二審を闘わなければならないのです。でも、弁護士を雇って、裁判を闘っていくだけのお金がありません。私は無実を晴らしたい。だから、私の実家の親や友人に連絡をとって、手伝ってくれるようにつたえてくれませんか」

私はM子の主張を信じていいのかどうかわからなかった。だが、目の前に死刑判決を受け、無実を主張して二審を闘おうとしている日本人がいる。その人から手伝ってくれと頼まれて、むげに断るわけにもいかない。

私はできることはするという約束をし、刑務所を後にした。

刑務所での面会を終えた後、私は事実を確かめるために、マレーシア国内と日本で取材をすることにした。M子は「手伝ってくれるなら」という条件で、マレーシアや日本にいる友人を紹介してくれた。私はその情報を元に、友人を一人ずつ当たって話を聞いていったのである。

だが、取材をすればするほど、真実が何なのかわからなくなってきた。

マレーシアでは、M子の現地の知人だという中東出身の外国人男性の行方を追った。この人物にM子のマレーシアでの行動を聞けば何かがわかるのではないかと思った。

たとえ子どもや高齢者でも、空港で話しかける見知らぬ外国人を信用するのは危険だ

私はマレーシアの中東出身者が多く暮らす地区へ赴き、男性を捜した。M子が逮捕された直後、男性はなんとか彼女を釈放できないか奔走したようだが、それが不可能だと知って間もなく、なぜか消息を絶っていた。

私は仕方なく、その人物の周辺を調べることにした。すると、この人物が麻薬密輸のシンジケートとかかわっていたことが明らかになりはじめたのである。しかも、その組織は、現地の警察さえうかつにかかわれないようなところだった。私はそこでマレーシアでの取材を断念せざるをえなかった。

日本に帰国した後、今度はM子の周辺を取材することにした。すると、マレーシアの時と同様に、怪しい交友関係が浮かび上がってきた。

話によれば、M子は10代まで青森県で過ごした後、看護師資格を取得して関東にやってきた。それから15年強、彼女は独身のまま病院で看護師として働き、たまの休暇に海外旅行を楽しみ、37歳で今回の事件に巻き込まれたはずだった。

だが、彼女が日本で付き合っていた関係者を一人ひとり当たっていったところ、あまり筋の良くない人間に行き当たったのだ。風俗店の経営者や、覚醒剤関連で逮捕歴のある人間。中には、覚醒剤の密輸の罪で、成田国際空港で逮捕され、身柄を拘束されている人物もいた。

普通に、病院で看護師として働いているだけでは、こうした人たちと知り合う機会はないはずだ。なぜ、彼女の周辺にこうした筋の人間が多数いるのか。

私は、青森に暮らしていたM子の母親と出会うことで、その理由を知ることになるのである。

その詳細については【後編】をお読みいただきたい。

  • 取材・文・撮影石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『レンタルチャイルド』『近親殺人』『格差と分断の社会地図』などがある。

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