麻薬密輸で唯一の日本人極刑判決 女性死刑囚が語った涙の肉声 | FRIDAYデジタル

麻薬密輸で唯一の日本人極刑判決 女性死刑囚が語った涙の肉声

ノンフィクション作家・石井光太が日本社会の深層に迫る!

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M子の逮捕現場となったマレーシアのクアラルンプール国際空港

近年、日本人の女性で麻薬の密輸の罪で死刑判決を受けたのは一人だけだ。

青森県出身の、元看護師であるM子である。彼女は09年にマレーシアのクアラルンプール国際空港の税関で、約3.5キロの覚醒剤を持ち込んだとして死刑判決を受けた。【前編】に続いて、M子の死刑にいたる道筋を見ていきたい。

【前編】「異国で死刑判決」驚愕の背景

私が青森県某所で、M子の母親に会ったのは、マレーシアの刑務所の面会から数ヵ月後のことだった。

母親の話では、M子は10代を青森県で過ごし、看護師資格を取って関東の病院で働きはじめたそうだ。そこからずっと関東での生活がつづいており、青森へはお盆や正月にたまに帰ってくる程度だった。

M子は海外旅行が好きでいろんな国へ行っていたらしい。たまに向こうで買ったお土産などをくれることもあった。結婚についての話は出たことがないので、気ままに過ごしているのだろうと思っていたという。

メディアにM子が逮捕されたというニュースが流れた時は、まさに寝耳に水だったそうだ。記者が家に押し寄せ、話を聞かせてほしいと言われたが、そもそもマレーシアという国がどこにあるのかさえわからない。頭を下げて謝るので精いっぱいだった。

逮捕の騒ぎが一段落した後、M子の友人を名乗る女性Aから、M子の私物が送られてきた。マレーシアにいるM子が女性Aに連絡し、都内にあったM子のアパートの整理を頼み、荷物を実家に送ってくれと頼んだらしい。

何者かがパソコンデータを削除

だが、ここで妙なことが明らかになる。都内のアパートにあったノートパソコンのデータがほとんど消されていたのである。おそらく女性Aか、別の人物の仕業にちがいなかった。何か不都合なことがあり削除したのだろうか。

さらに荷物の中からは複数の手紙が出てきて、そこには拘置所にいる女性Bとのやり取りが交じっていた。この女性Bは、マレーシアの事件が起こる少し前に、覚醒剤の密輸入の容疑で成田国際空港で逮捕されていたことがわかった。

一体どういうことなのか――。私は女性Aに連絡を取ることにした。

女性Aは私の取材依頼に難色を示したが、絶対に身元を明かさないなどの約束の元で、都内のカラオケ店で話を聞かせてくれることになった。

最初から女性Aの言動は異様だった。カラオケ店に入った途端に、ガタガタと震えはじめて、なぜ自分のことを知ったのか、何をどこまで知っているのか、と訊いてきた。

二度にわたる取材の末、ついに女性AはM子や逮捕中の女性Bと海外旅行へ行ったことがあると打ち明けた。目的は「荷物運びのバイト」だった。詳細は伏せるが、裏にある男性が関係しており、現地で荷物を預かって日本へ持ち帰れば、お金をもらえたのだという。しかも一回につき数十万円という金額だった。

だが、ある日、突然女性Bが成田国際空港で逮捕されることになった。女性Aは怖くなってグループを抜けた。だが、M子はその後も荷物運びのバイトをつづけていたようだ。彼女がマレーシアで逮捕されたのは、それからしばらくしてからだった。

マレーシアでの事件後、M子から女性Aのところに連絡があり、自分の部屋を片付けてくれと頼まれた。それで言われた通りにして、残った荷物を青森の実家に送ったというのである。

私はその話を聞いて、M子が故意に違法薬物を運んでいたのだろうと思った。後で調べたところ、この麻薬密輸組織の存在もわかった。彼らは同じような日本人女性を複数かかえて、海外へ行かせては「荷物運びのバイト」をやらせていたのである。

一体、なぜ看護師がそんな麻薬密輸組織とつながりを持つことになったのか。こんな疑問がわいたが、M子本人に聞かなければわからないだろう。

この時、私はM子から一つの依頼を受けていた。裁判を闘うお金をつくる必要があるので、貯金や金融商品を現金化して、それに当ててほしいと言われていたのだ。むろん、私にそれをする権利はない。そのため、母親にそれをつたえることにした。

母親は娘のためを思い、金融機関に事情を説明し、それなりの現金をつくった。その金で裁判を闘う準備をしたのである。

母親は私に対して、刑務所にいるM子に会いたいのでマレーシアへ連れて行ってほしいと言った。私は母親の意見を尊重し、もう一度マレーシアへ行って本人と話をしてみることにした。

マレーシアに到着した私たちは、弁護士と面会した後、刑務所へ行き、M子と面会した。時間制限があったので、母親との涙の接見を5分で終え、残りの15分ほどを事実確認に費やすことにした。

私は日本での取材でわかったことをすべて打ち明け、真実を話してほしいと語った。弁護士からは、一審と同じ主張をしたところで死刑判決が覆ることはないだろうと言われていた。ならばまず事実が何だったのかを確かめなければならない。仮に主犯が別にいるのならば、そのことを二審で明らかにする必要がある。

M子は母親から「真実を話して」と懇願され、涙を流して重たい口を開いた。

「わかりました。本当のことを話します。最初は犯罪に関わっているとは知らなかったし、最後まで何を運んでいるのかわからなかったんです。でも高いお金をもらっていたので、いけないものだということはわかっていた。それで今回逮捕されて初めて、中身が覚醒剤だったと知ったんです」 

話によれば、青森から関東に出てきた彼女が病院で看護師として働いていたのは事実だったようだ。だが、ある病院に勤務していた時、先輩看護師である女性Bから条件のいいアルバイトがあると聞かされる。それが海外へ行き、荷物を預かって日本へ持ち帰るというものだった。一回につき、数十万円をもらえるという。

「怖くて知ろうとしなかった」

M子に判決を下したマレーシアの裁判所

M子は怪しい仕事だと察したが、彼女は看護師をする傍ら、病院には内緒で夜の仕事を兼業していた。そこで金銭感覚や常識が麻痺していたこともあったのだろう。女性Bの話に乗ってアルバイトをすることにする。

後で知ることになるのだが、密輸組織を仕切る男性が、女性Bと性的な関係にあったそうだ。おそらく男性は女性Bを金と性で手なずけていたのだろう。それで女性BがM子をはじめ、知り合いの看護師に声をかけてグループをつくってアルバイトをしていたのである。

だが、最初に女性Bが成田国際空港で逮捕されてしまう。その後、組織は女性Bを切り捨て、女性Aたちも怖くなって逃げる。だが、M子は事情があってアルバイトをつづける。それでドバイからマレーシアへスーツケースを運んだ際に逮捕されたというのが事実だということだった。

彼女はこう言っていた。

「スーツケースの中身が何なのかは怖くて知ろうとしなかった。麻薬なのか、銃なのか、なんか怖い物が入っていると思っていた。それをわかっていたのに、ずっとやりつづけてしまったのは私がダメだから。今更遅いけど、反省してる」

組織からも、友人からも、切り捨てられ、異境の地で死刑判決を受けて初めて、自分の軽率さを実感したのだろう。

弁護士は、こうした話を受けて、裁判で闘う方針を変えた。

M子の友人の証言や証拠を集め、犯罪組織が存在すること、M子が荷物の中身を知らなかったこと、反省していることなどを明らかにし、情状酌量を訴えることにしたのである。

だが、現実は厳しかった。まず日本で逮捕されていた女性Bは、マレーシアの事件には一切関与しないとしてM子を切り捨てた。それ以外の友人たちも同じだった。

おそらく下手にかかわることで自分の余罪が明らかになったり、組織に狙われたりすることを恐れたのだろう。M子が信頼していた人間たちがみな、手のひらを返したように消えていったのだ。

さらに、M子を担当していた弁護士が事故で突如として命を落とした。これによってM子に対する理解者はいなくなり、一から弁護士を捜さなければならなくなった。

こうした中で、二審が開かれたのだが、そこでも死刑判決が言い渡された。そして逮捕から6年目の15年、マレーシアの連邦裁判所(最高裁)は一審、二審を支持して死刑判決を確定させたのである。

死刑が確定した日、私はM子の母親とともに傍聴席にすわっていた。もう二度と会えなくなるかもしれない。そんな状況を慮って、警察関係者がわずか10分だけ特別に別室で母親との面会を認めた。この時、嗚咽しながら母親と別れたM子は、自分がした過ちをどう思っていたのだろうか。

判決から7年が経った今も、M子の死刑は執行されていない。彼女は死刑囚として拘束され、ごくまれに実家の母親と電話で連絡を取ることを認められているが、そのお金はかつて密輸をしてつかんだ金だ。悪銭身につかずというが、今のところ彼女にはそういうお金の使い道しか残されていない。

今後彼女がどうなるのか。マレーシアの国内事情や、国際情勢も絡んでくる問題なので、明確なことは言えない。

だが、彼女が陥ったワナに、他の人たちがハマらないとは限らない。自分とは無関係だと思っていても、看護師だった彼女が陥ったように、少しの誘惑から闇の底へ吸い込まれることだってあるのだ。

そういう落とし穴が、社会には無数にあることを忘れてはならない。

  • 取材・文・撮影石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『レンタルチャイルド』『近親殺人』『格差と分断の社会地図』などがある。

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